2.2.6 夜襲/新しい生命

――ザエラ六歳 秋 男との模擬試合から一週間後、深夜のザエラ家


訓練場で出会った男との再会は早く訪れた。


「ギッ、ギッ」

ラピスが僕を揺さぶり起こす。目を擦りながらベッドから起き上がると、服を引っ張られる。何か事件が起きたのだろう。僕は慌てて武器を手に取りついていく。


玄関の扉を開けると、蜘蛛の糸に巻き取られた男性が暴れている。


人族ヒューマンの社会では深夜に見知らぬ人を訪問するのが流行っているのかな?」

僕はその男性に近づくと、蜘蛛の糸を切り、彼を解放した。


ラピスは男の殺気を感知して、玄関に近づいたところで捕まえたのだろう。月明かりで次第に男の輪郭がはっきりしてくる。


「先日オルガと模擬試合をした人族ヒューマンですね。今度会ったらお手合わせをお願いしたいと思っていました」

僕は長巻を鞘から抜いて構える。


男は無言で立ち上がり、両手に小刀を握りしめ、小声で魔法を唱える。男の姿が滲み、複数の姿となる。僕を囲むように円形に移動しながら距離を詰めてくる。


僕が長巻を振り下ろすと、一瞬消えて次の瞬間、前後・左右・上方から男が一斉に襲い掛かる。しかし、魔力糸を張り巡らせれば、分身し高速に移動しようとも本体の位置を把握するのは容易だ。もう一振りの長巻を糸で操作し本体の位置に差し込んだ。


ガキン、男は小刀で長巻を受け流し、後ろに飛び跳ねる。


「なんだお前は!」

家の中からオルガの声が聞こえる。声に意識を取られた瞬間、男は姿を晦ました。僕は急いで家に入り、二階のオルガの部屋へ駆け上がる。僕が部屋に入った瞬間、黒い影が窓から出ていく。


「ああ、待て、畜生」

オルガは悔しそうに舌打ちをする。僕が階段を下りる音で目が覚めたため、窓から忍び込んだ不審者に寝首を掻かれずに済んだようだ。


家族が皆起きて部屋に集まる。僕はじっと窓の外を見つめていた。


◇ ◇ ◇ ◇


人族ヒューマンに襲われたことを街長オサに伝えたところ、彼女はすぐに動いた。警備担当者を増やして、街中を定期的に見回るようにした。また、深夜、人族ヒューマンが街中を出歩くことを禁止した。違反した場合はギルドに通報され、当人だけでなく所属する血盟クランは二度と地下迷宮へ入れないという厳しい罰則が課された。


僕たちの事件だけでなく、街の居住区画まで入り込みアルケノイドに付きまとう男の人族ヒューマンが後を絶たないため、強硬な対応策に踏み切ったそうだ。


人族ヒューマンとの共存は難しいね」

街長オサの最近の口癖だ。


――ハフトブルク辺境伯の居城、窓のない隠し部屋の一室


クロビス辺境伯当主代理にザエラたちを襲撃した男たちが報告をしている。


「そうか、封書の情報は正しかったということだな。なぜ暗殺は失敗したのだ?」

クロビスは膝を震わせながら、苛立ちを隠さずに問い詰める。


「はい、いかに素早く飛ぶ虫も蜘蛛の巣に絡められると身動きが取れません。相性が悪いですな。頑丈な外骨格と破壊力を持つ甲虫をご用意されることをお勧めします」


「私に指図は不要だ、口を慎め。報酬は実績分のみだ、指輪をこちらへ」

お互いの赤い魔石の指輪(契約の魔導具)を近づけ、魔法を唱える。


男たちが退席したあと、クロビスは爪を噛みながら目を閉じて考え込む。近接職の冒険者を集めながら、暗殺以外の手段を考えるか……準備に時間が掛かりそうだな。


――ザエラ七歳 春 ザエラ家


僕らはリビングで落ち着かない様子で椅子に座っていた。


「母ちゃん、大丈夫かな」

オルガ、カロルは不安そうに呟く。キリル、イゴールはうつむいたままだ。


街長オサ、ミーシャ、サーシャが母さんの寝室に入ってから、二時間は過ぎただろうか。母さんの苦しそうな息遣いが次第に強くなる。


「みんな、生まれたよ、産湯の替えを持ってきて」

産湯が満たされた桶を全員で持ち、慎重に素早く三階の母さんの部屋まで運ぶ。


街長オサは血が付いた大きな卵を産湯に漬けて布で丁寧に拭く。ミーシャとサーシャは母さんの身だしなみを整えている。すぐに卵にヒビが入り、赤ちゃんが出てきた。


「アハハ、アハハ」

じっと見つめる僕たちが可笑しかったのだろうか、第一声が笑い声だ。


街長オサは取り替えた産湯で赤ちゃんの体を拭き、産着を着せた。そして、母さんへと渡す。母さんは赤ちゃんに頬ずりした後、僕たちにゆっくりと渡してくれた。


どれぐらい力を入れたらいいかわからず、戸惑いながら順番に赤ちゃんを抱いていく。キリルとイゴールは抱いた赤ちゃんに顔を近づけてじっと見つめる。赤ちゃんは何が面白いのか、ただただ笑っている。


「それ以上やると赤ちゃんが怖がるだろう、私に貸して。これでもゴブリンの子供の世話で慣れているから」

オルガは手慣れた様子で赤ちゃんを抱きかかえる。小唄を歌いながら手で赤ちゃんのお尻を軽く叩く。


「きゃあ」

突然、オルガが彼女らしくない声を上げる。街長オサが笑いながら赤ちゃんを受け取る。


「お乳を触られたか、お腹が空いているんだろう。卵の殻を砕いて授乳の準備するから皆は部屋から出ておくれ」

僕たちはぞろぞろと部屋を後にした。


――数日後のザエラ家、中庭に設置された魔法障壁を持つ簡易訓練場


全身を漆黒の鎧で覆った女戦士に、二匹のホブゴブリンは盾を前面に構え突撃する。彼女は両腕を交差させ受け止めた後、唸り声を上げて盾を弾き飛ばす。


二匹は棍棒を叩き込むが、女戦士の周りを浮遊する鎧の一部とみられる漆黒の盾に防御される。棍棒の打撃を受け止めながら、彼女は下半身をねじり、彼らの盾めがけて拳を振りぬく。


ドカン、と吹き飛ばされた二匹のホブゴブリンが魔力障壁にぶつかり気を失う。


「ふう、ようやく調子が出て来た」

と言いながら、女戦士は隅で見学していた僕の隣に座る。


女戦士はオルガ、ホブゴブリンはキリルとイゴールだ。カロルが二匹の手当てを行う。投影魔法で生成した防具を鍛えることで、全身を覆う鎧を身に纏うまでに成長した。さらに、防具の一部を浮遊させ、遠隔操作までできる。ただし、鎧を脱いだ彼女はいつも浮かない顔をしている。


「どうしたんだい、オルガ」

「なんでもないよ、今度はザエ兄が相手をしてよ」

オルガは僕の手を引き、訓練場に連れていく。僕は苦笑いをしながらついていく。


―― 同日同時刻、オルガの部屋


窓から差し込む光に影が映り一瞬で消える。

ベットの上に一通の封筒を残して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る