第15章 滅亡を防ぐために

第1話 多重記憶プロテクトの先にある最重要機密情報

 ・・1・・

 孝弘達が決死の戦いを繰り広げ、日本軍が奪還地域の拡大を止めてから三日後の三月二七日のこと。

 戦場から遠く離れた九州は福岡の某所で、戦争の趨勢を変えるもう一つの戦いが繰り広げられていた。

 銃弾は飛ばない。砲弾も飛ばない。もちろんミサイルも飛ばない。強いて言うのならば魔法は使うが、殺すための攻勢法撃ではない。


 もう一つの戦いとは捕虜の尋問。

 その中でも最も重要な情報を握っているとされており、実際に機密情報にあたるシュレイダーの居場所を知っていたエルフィーナの尋問はまだ続いていた。彼女が意図的に自らの記憶に対して魔法記憶封印措置マジック・プロテクトを施していたからである。

 しかも記憶の封印場所は深層記憶。並の尋問担当官では易々とは触れられぬ場所で、ベテランの能力者尋問担当官でも解除に気が遠くなるような時間を要するシロモノだった。


「だからって私がこうも長期間働かされるとは思わなかったんですけどねえ.......」


 そこで引き続き彼女の尋問、もとい記憶の引き出し作業を担当することとなったのが璃佳が『戦わないSランク』と称した人物。ちょうど今、想定外に仕事が長引いていることを自分の執務室でボヤいた高嶺秋人たかみねあきと魔法大佐だった。


「尋問は好きですよ。ええ好きですとも。ただねえ、物事には限度があるんですよ。同じ人物を半月以上も尋問とか、面白みがないですって。これだけやり続けてたらね、絞り尽くした柑橘類みたいなもんですよ。なーんも残っちゃいやしない」


 高嶺は背が高く程よく鍛えられた身体つきをしており静かにしていれば女性人気がありそうな見た目をしているのだが、現実はそうではなかった。彼が最早性癖といっても差し支えない水準で尋問(拷問ともいう)が大好きだからだった。

 その高嶺はわざとらしく不満げそうな顔つきをしたと思ったら、急に上機嫌な表情に変わった。


「と、昨日までなら思ってたんですけどね。やっぱ無理でした?」


「はっ。はい。高嶺大佐が昨日お気づきになられてから私共でやれるとこまでやろうと思いましたが、初っ端からお手上げです。敵ながらお見事と言わざるを得ません」


「先日送った最重要機密ですら引っ張るのに時間を食わされた女ですからね。私もまだまだと気付かされたんですが、中々面白いですね。くくく、私がやりましょうか」


「はっ。よろしくお願いします」


「いいでしょういいでしょう。プロテクトの中身は私も気になって仕方ないですからねぇ。ふふふ、待っててくださいねえ、エルフィーナちゃん」


 高嶺は報告をしに来た部下に対して機嫌良く返答すると、彼はハンガーにかけてあった白衣を着て部屋を出た。

 部下は彼の言動には慣れたもので、まだ三○そこそこで若いの部類に入るし黙ってりゃイケメンなのに今日も言動が残念すぎる変人だ。とため息をつきながら後を追い始めた。


稲生いのう大尉。皆さんでどこまで進められましたか?」


「入口を発見し一七のプロテクトが多重で掛けられているところまでは分かりました。全容が分かったときにはあまりに多種多様で笑っちゃいましたよ」


「一七のプロテクト! そんなにいるかってくらいの数で尋常じゃありませんねえ! なあにが隠されているんでしょうねえ楽しみだ楽しみだ」


「この数ともなると、私も同意見です。何が封じられているのか、誰もが気になりますよ」


「でしょうねえ。ところで、この件はまだ上には伝えてませんよね?」


「はっ。はい。いつも通り、事後報告か直前報告のつもりです」


「完璧です。ド素人に口は出されたくないんでね。コトの難易度を理解もせずに締切をふっかけてくる馬鹿みたいなのが軍の上にはいないと思ってますけど、だからって余計な口出しもされないとは限りません」


 露骨に嫌そうな顔をする高嶺と、彼の発言に対して強く頷く稲生。前職は民間企業だった稲生にとって理解もせずに締切をふっかけてくる馬鹿というのに苦い思い出があったからだ。


「実際に診てみないと分かりませんが、一七のプロテクトは強度次第では丸一日の長丁場かそれ以上になります。今日と明日、私には一切の予定を入れないよう秘書官に伝えておいてください」


「了解しました。伝えておきます」


 稲生は基地の地下区画へ入る前に無線連絡を終え、二人はエレベーターに乗りエルフィーナが収容されている区画へと向かう。

 地下三○メートル程の深さにあるこの施設に収容されているのは比較的重要な情報を持つとされている神聖帝国軍士官クラスで、その中でも最重要機密を持っているエルフィーナは最も厳重な警備がされている所にいた。


 彼女がいる部屋に入ったのは高嶺と稲生の二人だけ。

 高嶺は垂直に立てられた台に多重拘束と多重魔法封印措置をされて身動き一つ取れなくなっているエルフィーナをじっと見つめていた。


「ぁ.......、ぅ.......、ぇ.......」


「前も思いましたけど、この姿を人権派に見られたら憤死しそうですよねえ。相手は条約締結国の軍人じゃないですから、捕虜取扱に関する条約なんざ知ったことではありませんけど」


「無知な兵士クラスや恭順の意思を示した士官クラスならともかく、コイツは例外でしょう。こちらの後方奥深くまで潜ってきた上に、全員しょっぴけたからいいものの部下まで入り込ませてたんですから」


 二人の前にいるエルフィーナはかつてとはかけ離れた姿になっていた。簡潔に言ってしまえば廃人寸前だった。高嶺が尋問用の精神汚染系魔法や精神操作魔法に加え、記憶抽出魔法を何度も行ったからだ。


「作業前に確認しますよ。上の方針は廃人にはしてもいいけど、記憶が引っ張り出せる程度には人間性を残しておけ。でしたよね?」


「はっ。はい。ということは、もしかて.......」


「廃人にします。多重プロテクトを外すには少々強引な作業が必要ですからね。まあ彼女は自身が生まれたことを後悔することになるでしょうが、大丈夫。それすらどうでも良くしますからねえ」


「..............」


 稲生は良くないスイッチが入った高嶺を見て、「あーあーもう知らない。俺は何も見てないぞ」と、部屋の隅にある椅子に座って傍観を決め込むことにした。


 それからは最初から最後まで大抵の尋問担当官が引くほどの記憶封印解除作業が行われた。


「ぃぁ、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」


 と悲鳴が上がるのはまだいい方でしかも開始から一時間半か二時間くらいまで。以降は声にならない声しか聞こえてこなくなり、しまいには何も言わなくなり涎に鼻水やあらゆる体液が外に出る有様になってしまった。

 ところが精神面にここまでしても記憶封印のプロテクトは強力で、二時間半経っても解除出来たのは七つ。高嶺としては少々強引で美しくない手法を取ってもなかなか作業は進まなかった。


「いやぁ、手強い。個数が多いだけじゃなく一個一個が随分と強固だ。もしアナタが仲間ならば、いい友人になれたでしょうに。残念です。ええ、とても残念です」


(いい友人にはなれんだろ.......。)


 と稲生は心中で思ったが当然口に出しやしない。彼はこのように高嶺と自身とをしばしば比べて常識人ぶっているが、エルフィーナの悲鳴や断末魔に似たナニかをかれこれ一五○分聞いているのに平然としているあたり、どんぐりの背比べである。


「高嶺大佐、昼食はどうしますか?」


「今いいとこなんで後で構いません」


「パン系とおにぎりどっちにされます?」


「パン系で。カフェモカもください。あったかいやつを」


「はっ。了解しました」


 記憶封印解除作業が始まって五時間半が経過すると、さすがに高嶺も魔力消費率が高くなってきて余裕が無くなりつつあった。解除できたプロテクトは一二。あと五つである。


「一三個目は随分とややこしいのを置きましたね。相手に幻覚を見せて躊躇させる手法ですか。巧妙ですが、騙されませんよ」


「いったい何を見せられたんです?」


「コイツと夫婦で子供までいることにされてました。さっき五分ほど悩んだかのように手が止まった時があったでしょう?」


「あの時ですか」


「ええ。危ういところでしたよ。騙されたフリして家ごと燃やしましたが」


「うわぁ.......」


「並の尋問担当官ならここでやられてたでしょう。洗脳されてコイツの拘束を全解除して連れ出すとか.......?」


「うぇー.......。そいつぁ高嶺大佐でないと厳しいですね.......」


「ええ。私でよかったです」


 一三個目のプロテクト解除には一時間近くを要したが、一四個目と一五個目はすぐに終わった。


「あと二つぅ!! なぁにを見せてくれるんでしょうねぇ!! こんなプロテクトしておいてカスみたいな情報だったら二度と喋れない身体に.......、してましたね.......」


「大佐、そろそろ休みませんか.......?」


「..............三○分だけ」


 一六個目の解除は軽い休憩を取ってから行われた。解除作業を始めてから七時間半が経って一六個目のプロテクト解除が終わり、ついにあと一つとなった。


「やはり丸一日潰れますね。ですが、あと少しで終わりです.......!」


 作業開始から八時間。生きてるだけのナニかと成り果てたエルフィーナをよそに、追い込みをかける高嶺。

 そしてついに。


「全プロテクト解除完了!! よぅし、情報を引き出しますよ!!」


 高嶺は嬉々とした表情で記憶の抜き取り作業を始める。欲しかった最新のおもちゃを目の前にした子供のようにキラキラと笑顔であった彼だったが、途中から表情はガラリと変わる。険しい顔つきから青ざめたものに変わった時、稲生は高嶺が尋常ではない情報を手に入れたのだと悟った。


「伊丹との秘匿通信を手配しますか?」


「..............お願いします。コイツが持っていたのは、知りたくなかったけれども今日知って良かった情報で、もっと早くに得た方が良かった情報でしたよ」


「分かりました。すぐに準備に取り掛かります」


「よろしく、頼みました.......」

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