第12話 神聖帝国軍大崎・古川司令部奇襲作戦の概要とは

 ・・12・・

「敵司令部への少数精鋭による奇襲……。真の司令部の場所が掴めたということですか」


 孝弘は紙の資料に書かれた文字の列をじっと見て、唾を飲み込んでから言う。アルストルムで少数精鋭での奇襲、つまりは断頭作戦に従事したことはあったが、遂にこの戦争でも行われることになるとはと感じる。どうやら戦況は自分が思っていたより芳しく無い方に進みつつあるらしい。とも。


「うん。昨日の夜に速報が届いて、今日の朝に詳細が届いた。例のネズミがいたでしょ? あれの尋問、つーか拷問に近いか。なんとか記憶を引っこ抜くことが出来てね」


「記憶の抽出とは、担当官は随分優秀な方ですね。洗脳を得意とする対象から抜き取るのは骨が折れたでしょう」


「それなりに苦労したとは聞いた。戦わないSランクといえば分かるかな。九州にいる情報部の担当官さ」


「私の階級であれば情報にアクセス出来ますが、深くは詮索しないでおきます」


「そうしておきな。えげつない人だから。担当官の事は置いといて、敵の真の司令部だけど。位置は資料にある通り。そら仙台の街中を耕す勢いで爆撃しても機能が生きてるわけだよ」


「大崎市古川ですか。なるほど、道理で」


 資料の地図に直径約五○○メートルの円が描かれている。古川駅から西にやや離れた場所。そこが敵司令部の位置のようだった。


「本当の敵司令部の位置が割れこのまま仙台市中心街で市街戦を繰り広げた場合、人的被害と物的被害の双方が看過出来ない数になる。そこで立案されたのが、貴官に渡した作戦資料ってわけ。元々あった奇襲作戦プランを古川に当て嵌めただけだから、決行が既定路線みたいなもんでもまだ本決まりじゃないけどね」


「手際が良いのはそういうことでしたか。そして、本作戦の投入兵力が我々特務小隊を想定している、と」


「上としてはね。記憶の抜き取りで得られた情報によると、敵の古川司令部は私達を欺く為にあえて防衛兵力を減らしてるみたい。数は多くても約二○○。付近にCTは存在せず。上空からの強行偵察でバレるのを防ぐ為だろうね」


「ただし魔法兵と非魔法兵の割合までは不明。要注意点は敵司令官の護衛部隊が約五○。司令官はセルトラが話していた公爵ですから当然といえば当然ですね」


「まあね。さて、こっからは作戦についてだけど先に目を通して貰っていいかな?」


「はっ。はい」


 孝弘は作戦の進行についての部分を読んでいく。そこには以下のような事が書いてあった。


【神聖帝国軍司令部奇襲作戦概要】

 1,本作戦実行にあたり、投入を想定している第一○一魔法旅団戦闘団特務小隊を現在の前線から下げ、福島経由で山形県酒田市方面へ移動させる。なお、この際に欺瞞情報(将兵が捕虜になった際、情報を抜き取られないようにする為。)として特務小隊は長時間の戦闘による身体・魔力疲労を原因とする一時的休息措置を流した上で移動させる。


 2,作戦本部手配地まで移動した後に待機。作戦開始と共に大崎市古川へフェアルを使用し移動。途上までは上空約二五○○から三○○○を飛行し、作戦区域上空付近まで到達次第低高度侵入へ移行。敵司令部該当地区を奇襲。


 3,第一対象人物たる敵司令官フィンセンフィルト・ドゥシェ・ルータイル・シュレイダー及び第二対象人物ルクシェール・ドゥ・モルハルト・エイトールを発見次第これを拘束。ただしこれが難しい場合は殺害してしまっても構わない。


 4,第一対象及び第二対象を捕縛もしくは殺害し、敵司令部機能を喪失させた後、神聖帝国軍仙台・石巻方面展開部隊へ降伏勧告。東北地方南部の敵戦力を無力化させる。


「読み終わった?」


「はっ。はい。一通りは」


「上としては貴官達だからこそ実現可能な作戦としてるけど、率直に聞くね。やれそう?」


「…………やれと言われればやります。ただ」


「ただ?」


「必ず拘束出来る保証はありません。作戦状況によっては殺害せざるを得ない可能性の方が高くなるかと」


 孝弘は作戦書を読んでの感想を璃佳に言う。

 敵司令部機能の喪失と対象の殺害は、敵戦力がやや曖昧な点を除けば彼等からしたら比較的簡単なことだ。手段はともかく殺せばいいのだから。それに、Sランク能力者の力を持ってすればAランク相当までならどうにかなるし、A+ランク相当の敵もSランクが四人いれば対処は容易い。A+ランクかAランクばかりで構成されている特務小隊全員を作戦兵力として使うのなら作戦は成功するだろう。

 だが、拘束となれば話は別である。


「だよね。だから殺害もやむ無しって書いてあるわけなんだけど」


「上は可能な限り拘束を望んでいる。ですね」


「貴官の察しの良さにはいつも助けられてるよ。そういうことになるね」


「…………分かりました。拘束の方法については大輝とも相談してみます。作戦が決行となった場合、いや、ほぼ既定路線ですね。実行に備えて作戦中の行動も特務の中でこの手の作戦に慣れているであろう鳴海達や金山に相談してみます」


「帰還組だね。確かに貴官を含め帰還組は少数での潜入や断頭作戦とかにも慣れてるだろうからそこは任せたよ」


「了解しました。ただ一つ、よろしいでしょうか」


「可能な範囲なら」


「特務小隊全員に新しい遺書をしたためさせます。敵地奇襲は何が起きるか分かりませんので。もちろん、誰一人死なせませんし私を含め皆で帰ってきますが」


「…………分かった」


 孝弘の覚悟を込めた発言に、今度は璃佳が唾を飲んで返答した。

 孝弘からこの言葉が発せられることは十分想定していた。それでも、実際に聞くとやはり身構える。自分と同じ最高位能力者たるSランク能力者が言うから、尚更に。


「ありがとうございます。七条閣下」


「礼はいらないよ。米原中佐。貴官の覚悟は私が受け取った。だから私も覚悟を決める。作戦決行となった場合、特務の事は全力でサポートするし古川にいる間こっちは私達に任せなさい」


「任せました。あ、すみません。二つ目がありました」


「何かな?」


「作戦が決行となり成功したら、特務小隊全員の願いを何か一つ叶えてやってください。もちろん、出来る範囲で構いません」


「構わないよ。例えば貴官は?」


「既に考えていますが、帰ってから言います」


「ん? どうして?」


「今言ってしまうと縁起でもない事が起きてしまうので。ちなみに結婚式とかじゃないですよ。ご存知の通り、式は戦争が終わってからのつもりなので」


 いわゆる死亡フラグと呼ばれるものである。確かに縁起でもないなと璃佳は思いつつ、


「ふふ、りょーかい。また後日聞くことにするよ」


 と孝弘に言うと、彼は微笑んで頷いた。


 この会話の翌日夜。作戦実施が正式に決まり、孝弘達特務小隊が実行部隊に選ばれたことによって翌々日には仙台から移動。当初の予定通り長時間の戦闘による休息と情報が出回ったことで、現場では「いくら特務小隊でも人だもんな。休まねば持たないだろう。ただ、仙台市街突入前に頼もしい味方が一時的とはいえいなくなるのは心もとないな……」と少々の愚痴が混ざりながらも概ね受け入れられていた。


 しかし、真相を知る者達の心の中は穏やかではなかった。


 北海道奪還作戦に悪影響が出る前にどうかケリを付けてくれ。

 特務なら成功してくれるはずだ。

 しかし、特務とはいえ敵中奇襲となると無傷じゃ済まないだろう。無事ならばいいが。


 これが偽らざる彼等の懸念であった。

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