第13章 仙台方面奪還作戦編Ⅰ
第1話 宮城県北中部某所にて
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二月二七日に発生したキラービー及びキラービークイーンとの戦闘で勝利を収めた日本軍角田盆地方面軍。その日こそ砲弾薬と魔力の消耗が激しかったことから大きな前進をしなかったものの、翌二八日は今度はこちらの番だと言わんばかりに攻勢を強めていった。橋頭堡の構築を完全に終えた上に物資弾薬と将兵達が続々と到着したからである。
対して角田盆地方面に展開する神聖帝国軍は二七日の強気が嘘だったかのように防戦一方となる。
神聖帝国軍としてはキラービーやキラービークイーンを波状攻撃で投入し、橋頭堡構築途上の日本軍角田盆地方面軍を撃破。その後、前線に向けて山地を進む各軍を叩こうとしていた。
ところがこれらの部隊に近づくことはおろか、橋頭堡の司令部すら到達出来ず殲滅させられたのでは作戦の根底が崩れてしまっていた。加えてキラービーとキラービークイーンの強襲攻撃と協調して多数のCTを投入させたが、これも強大な火力――重砲火力と法撃火力――で叩き潰されてしまえば作戦は破綻である。
角田盆地方面軍に想定外の消耗をさせた以外に大した戦果を得られなかった神聖帝国軍は方針を転換せざるを得なかったのだろう。二八日には南角田以北まで戦線を下げざるを得ず、両者は角田市街と周辺で激戦を繰り広げていた。
主戦線たる第一戦線方面軍も順調に部隊を前に進め、二八日には白石市街まで到達。角田盆地方面軍がキラービー及びキラービークイーンの奇襲を受け第一〇一魔法旅団戦闘団の一部の部隊が半日の進軍停止――魔力回復と体力回復の期間として――となった事で第一戦線方面軍の一部を一日限定で支援部隊に充てることになった以外はさしたる支障もなく、このまま蔵王含めて制圧は可能という情勢になっていた。
太平洋方面を進む日本軍第三戦線方面軍も予定から大きく遅れることはなく山元町まで到達。
唯一の懸念はマルトクに関する情報だった。
そもそも戦地である東北地方でたった一人の対象を捜索するのには無理がある。だからだろうか、各部隊から情報が上がってくることは無く、依然としてマルトクは行方知れず。璃佳にしても孝弘にしてもはた迷惑な存在だとは思いつつも、今は早期に角田盆地を制圧して主戦線部隊と合流を果たすべく、そちらに集中している状態だった。
二七日のキラービー及びキラービークイーンこそ予想外だったものの以降の進軍は順調で、璃佳が「角田盆地や白石は早々に見切りをつけて岩沼や名取で本格的に迎え撃つんじゃないかな」と言うくらいには神聖帝国軍は遅滞戦術をとって日本軍と交戦を続けていたのだった。
そのように事態が進む中で、宮城県のある地ではとある二人が今後の戦争の行方を話していた。
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2037年3月1日
宮城県某所
ここは宮城県仙台市ではなくそのさらに北に位置する大崎市。今は神聖帝国軍の完全勢力下にある宮城県中北部の都市だ。その中でも以前は古川市に位置している某所に富豪が住んでいた住宅があるのだが、そこに二人の人物がいた。
一人は男性にしてはやや長い明るい金髪で、軍人というより貴族といった方が良さそうな立派な衣服を身に纏っていた。年齢は四〇代前半くらいだろうか。太すぎず痩せすぎずの体つきで柔和そうな面持ちをしているが、貴族らしい威厳も持ち合わせているような様子だった。彼は座り心地の良い椅子に座って、机に広げてある地図をじっと見ていた。
もう一人も男性だが、こちらはまだ若く青年くらいの年齢にみえる。彼はやや痩せ型の体躯で神聖帝国の軍服を着用していた。髪色は暗めの茶色。髪の長さはやや短めにしていた。階級は年齢にはそぐわない高さで、日本軍の階級で表現するなら大佐だった。彼は金髪の男性の隣に立っていた。
金髪の男性は暫く地図を眺めると、ふう。と息をついて温かい紅茶のようなものを口につける。それから彼は訛りのない綺麗な神聖帝国語共通語で話を始めた。
「ふうむ。こちらが用意した蜂とその女王は召喚士ごと跡形もなく消し飛ばされた、か。やったのはやはり奴等かね?」
「は。はい、閣下。探り屋が収集し纏めた要警戒敵国軍人一覧の筆頭格。その五人です」
「聖戦の途中から突如現れ我等が散々いいようにされている四人と、見た目は子供だがとてつもない魔法の力を持つ女のことか。気の短い貴族や軍人連中なら頭の血管が切れる程に色々とやってくれる彼等……。全くもって厄介な存在だ。その証拠に、お前が立案した蜂と女王達による奇襲。これも失敗に終わるとは」
「誠に申し訳ございません、閣下。報告で耳にしておりましたが、よもやここまでの力を持つとは思わず。策を力でねじ伏せられた気分でございます」
「よい、よい。私も強敵を早々に討つための名案だと思い作戦書に判を押したのだ。お前が過度に責を感じる必要は無い」
「ご配慮痛み入ります、閣下」
青年が深く頭を下げると金髪の男はその行為をたしなめたが、男の言葉の中には少し慰めもあった。青年が言うように力でねじ伏せられてはどうしようもないからである。
「むしろお前には感謝している。連中は当初の見立てより一筋縄ではいかない相手だ。センダイとやらにはあくまで前線司令部を置くだけにし、中枢はこのフルカワだったか。この地へ巧妙に本拠機能を隠した手腕には感心しておるからな」
「奴等の空中戦力は悔しいですが圧倒的です。以前は魔法阻害装置で魔法等による索敵を防いできましたが、どうにも最近は奴等が飛べば早々に発見されるような状態でして。そのような戦況下です。閣下の御身に何かあれば大事ですから……」
「いくら障壁があってもトウキョウ失陥後の大爆弾らしきものなぞくらいでもしたら蒸発であろうからな」
「ええ……。アレ以外にも、別の大陸を侵攻中の管区方面軍で報告のあった猛毒大爆弾の攻撃でも受けたらひとたまりもありません」
青年のいう猛毒大爆弾とはアメリカが使用した複数の戦術核の事である。神聖帝国では技術的水準からウランの存在こそ知られていても兵器転用などには到底至らず、核分裂の結果による諸々の身体的悪影響についても未知であるから、ただ単に猛毒大爆弾と呼称されていた。
「――話は変わるが、お前が立案したもう一つの作戦。そちらの方はどうだ?」
「『皇帝陛下の一五人衆』が一席、エルフィーナ第九席が遂行中の作戦でございますか」
「うむ。第九席は長けている能力の関係により単独行動が多いとはいえ、連絡は取れておるのだろう?」
「はっ。はい。二日ほど前に連絡役にしていた兵から良い伝言を受け取りました」
「ほう。なんと?」
「近日中には実行可能だと」
「重畳だ。正攻法で勝てぬのなら、やはりこの手に限る」
「はい。真正面からが難しいのであれば搦手を使うまでです。その為に第九席には危険を承知で愚かな操り人形を手に入れて貰ったのですから」
青年は南の空に視線を移す。貴様らはこの一手を防ぐことができるかな? と不敵な笑みをうかべて。
日本軍が戦略を練り策をめぐらせ戦うように、神聖帝国軍もまた策を講じて対抗しようとしていたのであった。
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