第14話 愚かな勇者の旅路と同行者
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孝弘達が角田盆地で激戦を繰り広げている頃から少し時間は遡る。
孝弘達がいる宮城県南部から北北西の方角、距離も離れた東北地方中部のとある山中。二月下旬故に雪は積もっており、朝方の今も小雪がちらついていた。
森の切れ目には山小屋があった。かつては登山道の休憩所としても使われていたが、今や利用者は誰もいない。だが、その中には青年が一人いた。黒い厚手のコートを羽織っていて、アウトドア用のストーブを使ってコーヒーをいれていた。左手にはチョコレート味のカロリーバー。口がパサパサしてしまうが貴重なカロリー源であるから文句も言わず、しかしもそもそと食べていた。
「寒い……。けど、我慢出来る寒さだ。でもまあ、軟禁されてたあそこに比べりゃずっといいさ。僕は今、成さなきゃならない目的があるんだからな」
青年は独り言を陰気にボソボソと呟く。青年は公安や魔法情報の軟禁から逃亡して行方をくらましていた山岸だった。彼はとある者の手引きで幾日かを経てここまでたどり着いていたのである。
山岸はおもむろに地図を広げる。東北の地理はさほど詳しくなかったが、同行者のおかげで大まかな位置は掴めていた。
山岸はぽそりぽそりと何かを言うが、今は一人だから返答してくれる相手はいない。もうじき帰ってくるから、戻ってきたら話せばいいかと彼はぽそぽそとこぼすと地図をしまった。
彼はコーヒーを一口飲む。砂糖が無いからブラックだが十分だ。眠気はあるが、少し目がさえた気がした。
ひとここちついていると、山小屋のドアがノックされる。続いて聞こえてきたのは凛々しく澄んだ声だった。
「わたしです」
「入っていいよ」
声の主が同行者だと分かると、瞳は濁っているが以前と違って覇気のある顔つきをした山岸の声が少し明るくなった。
ドアが開くとそこにいたのは、肩より少し下まで伸びた明るい茶髪で、柔和な雰囲気を持つ厳冬期用の黒いコートを羽織ったやや長身の若い女性だった。
「ここを出てから必要ですし、水をくんできました。ついでに哨戒も。異常は無かったです」
「ありがとう、セレネ。何から何まで助かるよ」
「いえ、このくらいなら楽勝ですよ。勇者様」
山岸がセレネと呼ぶのはともかく、山岸が勇者と呼ばれるのは不可解極まりないが、二人はそれを全くおかしいと思っておらず当たり前のように言葉を交わしていた。
「セレネ、外は寒かったろう。ほら、コーヒーだ」
「まあ。ありがとうございます。頂きますね」
セレネと呼ばれた女性は熱いコーヒーを口につけると、ほふぅ、と温かさを感じながら息を漏らした。
「勇者様、お加減はいかがですか。昨日は少ないとはいえバケモノ達に襲われましたから、予定が崩れて夜も歩くことになってしまいました。無理はなさっていないかと」
「この程度なんともないさ。でも、ちょっと眠たいかな」
「ならば、少しゆっくりしていきましょう。ですがその前に、今日明日の予定を話してもよろしいですか?」
「もちろんだ。地図を出せばいいか?」
「はい、お願いします」
山岸はバックパックから先ほど出していた地図を広げる。
「今はこのあたり、だったな」
「はい、勇者様。たまにある看板などを参考にすると、大体の位置はそこになります」
「なるほど。となると、目標のここまでは距離的にもまだかかりそうだな」
「ええ。探知魔法を使った結果、点在程度ですがバケモノ達がいました。少なくとも今日は最短経路で進むのは難しいかと」
「構わないよ。目的の事を考えればあまり消耗したくない。ヤツらは強力だからな。僕でも易々と相手できる連中じゃあない」
「そんなことを仰らないでください。貴方は勇者様なのですから、誰であろうと勝利を掴める力をお持ちです。これまでもそうしてきたではありませんか」
「ああ……。ああ、そうだったな」
「はい、勇者様。ですが、貴方様の言う通り警戒しなければならない相手であるのは確かです。相手は勇者様をあのような目に遭わせるだけでなく、類稀な力を持つ人達ですから」
「全くだ。このような危機の最中に己が力を使うだけならいいのに、身内で足を引っ張り合う為に使うなんてな……。僕が力を持っているのが邪魔だから軟禁していただなんて、愚の骨頂だ」
孝弘達が聞いたら卒倒しそうな、めちゃくちゃな
だが、セレネと呼ばれた女性は真相を知らないのか山岸の発言を全肯定して彼を励ましていた。
「とにかく、僕は目的を成さねばならない。出来るだけ消耗を避けて進もう。来るべき時に、全力を尽くす為にもな」
「さすが勇者様です。私も全力を尽くしましょう。その為に私はココに来て、再び貴方様にお会いしたのですから」
「本当にありがとう、セレネ」
「とんでもございません。出発までしばし時間があります。勇者様は身体を休めてください。私が見張りをしていますから」
「そうさせてもらうよ」
山岸は夜間も歩いてせいで疲れていたから、横になると静かに寝息を立て始めた。
しばらくして。セレネは山岸が寝たのを確認すると外に出た。雪は相変わらず降っていたが、小雪がちらつく程度からあまり変わっていなかった。
彼女は山小屋からは見えなくなる程度の少し離れた所まで歩くと、人影が木々の隙間から現れた。本来ならば人が出てきたことに警戒すべきだが、彼女はそのような素振りは見せず、むしろ自分であることを示すかのように手のひらを相手に向けて振っていた。
現れた相手――三〇手前の男で、厳冬期用の外套を着ていた――はセレネに向かって神聖帝国式の敬礼をしていた。
「任務お疲れ様です、エルフィーナ様」
「アナタもご苦労さま。こんな所まで悪いわね」
二人は神聖帝国共通語で挨拶を交わす。
セレネと山岸に呼ばれていた女性は全く違う呼ばれ方をしたが、二人のやり取りからしてどうやらエルフィーナの方が本当の名前らしい。雰囲気も先とは違い、柔和というより妖艶という言葉の方がずっと似合うような様子だった。
「とんでもございません。『皇帝陛下の一五人衆』の一席たるエルフィーナ様にお会い出来るのは、名誉なことですので」
「あらそう」
「早速本題となり恐縮ではありますが、そちらは順調なようですね」
「ええ。一つの綻びもなくわたしの術中よ。会った時から精神的に不安定だったもの。あっさりかかってくれたわ。私が思い通り出来るお人形さんのようにね」
「流石でございます。であれば、この先も問題無さそうですね」
「ええ。そのように伝えてちょうだい。ああでも、『こと』は予定より少し遅れそうだわ」
「御意に。では、私はこれにて失礼します」
男はそう言うと、すっと姿を消した。
「私が何に視えているのか知らないし知りたくもないけれど、哀れなお人形さんよね。せいぜい愚かに踊って踊って、引っ掻き回してくれればいいわ。それが皇帝陛下のお望みなのだもの」
エルフィーナは山小屋へ戻る途中、口角を少しだけ上げてそんなことを呟く。
彼女が言葉に滲ませた計画の真相は。彼女は山岸に何をさせようとしているのか。
日本軍だけでなく孝弘達でさえも、予想などしているはずも無かった。
雪は強く、降り始めていた。
※ここまでお読み頂きありがとうございます。
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引き続き作品をお楽しみくださいませ。
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