第10話 郡山市街戦(3)

 ・・10・・

 二月五日。日本軍は郡山市への包囲を徐々に狭めていた。前日の四日には神聖帝国軍は勇猛果敢な事に残存CT群のかなりを各戦域に投入。日本軍の攻勢を少しでも遅らせようと残り少なくなりつつあった大型CTを含め全力でぶつけさせていた。

 日本軍はこの攻撃に対して開戦以降暫くしてから確立させ、発展させていた対CT戦術を駆使してこれを撃破。加えて市街地の殆どを重砲の射程内に捉えていたことから市街地への砲撃も同時並行で行っていた。

 この頃になると郡山市街におけるエンザリアCTの出現はほとんど無く、日本軍は敵軍がエンザリアCTが払底したと判断。戦闘機・攻撃ヘリ・フェアル部隊を持って航空攻撃を敢行。敵の攻撃力・防御力をみるみるうちに削っていった。

 その結果二月五日の昼前までには郡山市街の三割五分を制圧し、神聖帝国軍のCT群はほぼ枯渇に至る。郡山市街戦は終盤を迎えようとしていた。



 ・・Φ・・

 2037年2月5日

 午後1時過ぎ

 福島県郡山市・奥羽大学西方付近


 郡山市街を包囲攻撃する日本軍各部隊と同様に、孝弘達もまた郡山市街への攻撃を強めていた。二月四日には敵召喚士部隊を丸ごと吹き飛ばし、残存CT群を一掃。郡山市北部及び北西部方面の神聖帝国軍部隊の攻勢能力をかなり奪っていた。

 二月五日午前になると奥羽大学方面の制圧を完了。この日に定められた任務の一つをこなした孝弘達特務小隊の面々は拠点構築を兼ねてこの地に一旦留まっていた。


「ようやく奥羽大学を押さえられたな。ったく、平押しばっかりだった今までに比べたら別の意味で面倒だったよ」


「ホントにね。昨日といい、一筋縄でいかない展開が多いったら無かったわ。そんな中で特務小隊には一人も欠員が出ていないのだから、運が良かったのかも」


 水帆の感想に孝弘は同意の意味で頷いた。

 彼女の言う通り、郡山市郊外での戦闘から今日に至るまで敵は伏せていたカードを何枚も切ってきた。それらは二つ首の龍を除けばいずれも圧倒的な脅威とまでは言えないものの、自分達が嫌がる事を一々されていた気がしてならなかった。いや、事実されていた。特務小隊に欠員ゼロという結果は本当に幸運といえるだろう。状況次第、戦力配置次第では一歩間違えれば何人か死んでいたかもしれないのだから。

 ただ、孝弘はそれも終わりに近いと感じていた。


『SA3よりSA1へ。奥羽大学の臨時防御陣地はこんなもんでいいか?』


「ああ、それで構わない。もうすぐ終わりそうか?」


『おう。あと一〇分もあればオレが担当した分は終わるぜ』


「了解。お前が提案した時に工兵部隊が随分感謝してたからそれが終わったらもういいだろ。そろそろ休もう。昨日から動き詰めだ」


『だな。ボチボチ休憩が欲しいぜ』


 孝弘が大輝とやり取りをしていると、続けて無線が入ってきた。声の主は璃佳だった。


『セブンスよりSA1。手は空いてる?』


「SA1よりセブンス。はっ。はい、ちょうど奥羽大学の広場にいます」


『おっけ。貴官の部隊は朝から動きっぱなしだからそこで休憩と補給をするように。別命あるまで待機でよし』


「了解しました。助かります。部隊へ先に知らせてもよろしいでしょうか?」


『もちろん』


 璃佳から明るい声音の返答が届いた孝弘は、部隊の全員に補給と休憩をするよう伝える。特務小隊の面々からは喜色の声が混じっていた。


「終わりました」


『よし。急で悪いけど今からそっちに行くから少しだけ待ってて。前線視察を兼ねて話をしてきたい事があってね』


「はっ。了解しました」


 孝弘は璃佳がこちらに来ることに別段驚きはしなかった。これまでに何度もあった事だからだ。

 数分後、璃佳は孝弘のいる奥羽大学にやってきた。護衛は数人だけで熊川中佐はいない。近くにはいるらしいが、副官として色々こなすことがあるからだそうだった。


「ここまでご苦労だったね、米原中佐。部隊に戦線離脱者はいないようだけどみんな無事?」


「はっ。はい。かすり傷程度なら二人ほどいますが、次の日には治る程度だと言っていました」


「なら良かった。貴官達特務小隊には休憩して良しと言ったけど、郡山についてはもう出番はほとんど無いと思うよ。私がここに来た理由の一つがそれを伝える為でもある」


「失礼ながら七条准将閣下。いくら昨日に比べて幾分か力を失っているとはいえ、敵はまだ頑強な抵抗を続けておりますが。まさか」


「うん。郡山での戦いは今日か明日にはケリを付けさせるってこと。もっと明確に言うと、一撃を与えてから降伏勧告を出す」


「中身をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 孝弘は璃佳の言いたい事を理解はしていたが、どのような手段を用いるのか聞くためにあえて質問した。璃佳もその辺は察しているようで、続けて彼女はこう言い始めた。


「まず結論から言うね。一五〇〇時、空軍の爆撃機か敵の物資弾薬集積箇所と思われる地点を二三式地中貫通型爆弾で攻撃することを上は決めた。場所はここ。開成山公園付近。敵地下司令部があると思われる場所から西に数百メートルのとこだね」


「なるほど……。敵が立てこもる際に必要なブツを焼き払うわけですね。確かにここが叩かれれば敵は継戦能力を大きく失います。一兵残さず死ぬ気で戦うつもりでなければではありますが」


「それは無いと思いたいね。地中貫通型爆弾を使うのは何も物資弾薬を焼く為だけじゃなくて、司令部も叩けるからな。って脅しだから。それが何を意味するかは郡山にいるであろう有能な敵指揮官じゃなくても分かるはず。敵指揮官がポンコツだったとしても理解出来るでしょ? なら、郡山にいる指揮官ならすぐ分かるはず」


「まあ、確かに……」


 手法は非常にシンプルだった。地中貫通型爆弾というのは数メートルの鉄筋コンクリートの壁を貫通させる能力があり、これに加えて魔法障壁で防護したとて貫く攻撃力を持つ兵器だ。

 物資弾薬が集積されている地点は調査によると地下十数メートルにあるようで、魔法障壁による防護はされているがコンクリートでは固められていない。地中貫通型爆弾ならば容易く攻撃出来る場所となる。

 それは敵司令部も似たようなもので、ようするに神聖帝国軍からしたらいつ司令部も壊滅させられるか分かったものではない状態になるのだ。

 となれば、今の状況で指揮官がどう判断すべきかは言うまでもない。絶望的な戦況だが最後の一兵まで戦うか、降伏勧告を受け入れるかである。


「幸いな事に、郡山市街における戦闘では敵の自爆攻撃がほとんど無い。降伏する者も少数だけどいた。てことは、敵指揮官は少しは人道的な知見を持っていると考えらる。これが降伏勧告を出す理由の一つだね」


「一つということは、別の理由もありそうですね」


 孝弘の発言に璃佳は小さく頷いた。


「米原中佐は郡山の奪還作戦が何日遅れてるかもちろん知ってるよね?」


「ええ。現時点で四日です」


「損害と弾薬消費、それに魔力回復薬消費量は?」


「昨日の詳報では死傷者は当初想定の約一一〇パーセント。砲弾薬の消費量は約一一五パーセント。魔力回復薬は約一一七パーセントです。許容は出来ますが看過したくない数値でありますね。郡山単一ならともかく、今後も考えると」


「向こうで指揮官の経験があると話が早くて助かるよ。上も米原中佐と同じ考えってわけ。南東北戦役は何も郡山だけじゃない。まだ福島があるし、本命の仙台も控えてる。これ以上物と時間を消費したくないってさ」


「それでバンカーバスターを使って脅し、降伏勧告というわけですか。それなら特務小隊の出番もここら辺で大体終わりなのも頷けます」


 実のところ、後方の兵站基地では郡山市街で戦う日本軍が要求する物資弾薬を捌くにあたってギリギリのラインが近づいていた。数日後や十数日後なら那須方面の中継基地を拡大しているから対応出来るが、拡大途上の今だと際どい状態にあり、輸送人員もカツカツに近かったのである。

 また、四日の作戦遅延というのもそろそろ許容の範囲を越えるところであった。仙台でならともかく、この地は福島ですらなくその手前の郡山。前哨戦で時間を食うのはいただけず、軍上層部としては早くケリを付けたくて仕方が無いのである。


「七条准将閣下、自分としては敵指揮官が降伏勧告を受け入れてくれることを望みます」


「私もだね。特務小隊はともかく旅団戦闘団を預かる身としては少々自分の部隊を使いすぎてる。ここいらで一息入れないとちょっとしんどいかなとは思ってるよ」


 いくら最精鋭を集めた第一〇一旅団戦闘団とて、人の集まりだ。一般人より魔法で多少は無理が効く能力者だとしても限界がある。だから璃佳は、指揮官としてそろそろ部隊を休ませたいのが正直な心境だった。


「米原中佐。もし敵指揮官が降伏勧告を受け入れなかったら、最後の数十メートルまで郡山市街で戦うことになる。一応備えはしといてね」


「はっ」


 結果から先に述べると、孝弘達がこれ以上市街戦を戦うことは無かった。

 午後三時。小雪が散らつく中で空爆作戦は実行された。二三式地中貫通型爆弾は目標の爆撃に成功。弾薬に引火した事で周辺は大きな穴が作り出されることになった。

 午後四時過ぎ。日本軍は神聖帝国軍に対してビラを撒いた上で拡声魔法で降伏勧告を通達。同時刻に一時攻撃を停止した。

 直後、神聖帝国軍指揮官は『検討する為、二時間待たれたい』と拡声魔法で日本軍に伝達。賢者の瞳を通して翻訳されたから、すぐに日本軍司令部にも伝わった。

 そして、午後六時半。神聖帝国軍から降伏勧告に対する返答があった。


『神聖帝国軍は降伏する。よって、これより一切の攻撃を停止されたし。小官の命と引き換えに全将兵の生命の保障を求めたい』


 日本軍は即時これを受け入れた。

 こうして、郡山の戦いは幕を閉じたのだった。

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