第7話 七条真之との会談
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井口市文教区東部
九条術士・七条家本邸
七条家の本邸は外見が和風寄りではあるが内部は和洋折衷ともいえる作りになっていた。これから孝弘達が向かう応接室は洋室とのことなので、内装等は一部洋風も取り入れているのだろう。こういう形式を何て言うんだっけか。と、孝弘は学生時代の記憶を掘り起こそうとしていたが、思い出せなかった。
応接室に向かう途中、家屋にしては長い廊下を進むと見えたのが庭園である。アルストルム世界でも貴族なら個人の邸宅に大きな庭園があったが、あちらは西洋に近い文化だったから和風の邸宅は見たことが無かったし、和風に近い国はあったものの中華風とミックスしたような雰囲気で純和風といった感じでは無かった。
だからこの光景を見た時に孝弘が真っ先に思い浮かんだのは京都の寺社にある庭園だった。
そういえば京都は通り過ぎただけだったな。などと庭園の景色を眺めながら歩いていくと、応接室に着いた。大きなテーブルがあり、見た目だけでも座り心地がいいと判断できるソファがあるなど、部屋の様式は洋風だった。
大きなテーブルには湯気がふんわりと立ち上っている温かい紅茶と、クッキーなどの茶菓子が置いてあった。
全員がソファに座る――孝弘達四人の向かい側に真之と璃佳が座っていた――と、最初に話をしたのは真之だった。
「今日は急な予定変更にも関わらず快く受けてくれて感謝する。いくら七条といえど戦時だからかつて程のもてなしは出来ないが、今日はゆるりとしていってくれ」
「とんでもない。こちらこそ、七条本家に訪れる機会を得たことを名誉に思います。四人を代表して、私からもお礼をば」
孝弘が礼を言うと、真之は微笑んで、気にしないでくれ。堅苦しくせず、もう少し肩の力を抜いてもらっていい。と返した。
孝弘達はその言葉を聞いて少し楽にした。次に口を開いたのは水帆だった。
「私からも感謝のお言葉を。七条家の宝物庫より頂きました魔法長杖には何度も助けられました。特に東京都心におけるCT大群決戦では、魔法長杖の効果が無ければ、魔力切れを起こしておりました。本当にありがとうございます」
水帆の礼には感謝の念が強くこもっていた。同じく魔法長杖を譲渡された知花と、活躍の機会が多かった召喚符を供給し続けられていた大輝も頭を下げる。
「我が家の蔵にあった魔法具達が役立って何よりだ。猛者達に使ってもらえたのなら、彼等も本望だろう」
少しの間こういった話や雑談が続いたが、真之は本題を切り出してきた。
「今日君達を我が家に招いたのは礼を述べる為だけではない。幾つか君達から話を聞きたくてね。昼食は別として歓迎の会は夕方からで、午後はくつろいでもらえればいいから、その前に色々と、な」
「承知致しました」
「うむ。ありがとう。では早速。――君達のことは璃佳からどんな人物かある程度耳にしているが、詳細までは知らなくてね。単刀直入に言おう。帰還者として、異世界で何を経験し、何を目にしてきたか。話せる範囲でいい。聞かせてくれないか?」
四人は顔を見合わせると、少し間を置いて孝弘が代表して話すことにした。
「私達が異世界にいたのは六年間ですから細部までとなると果てしない時間になってしまいます。大まかでも宜しければ、お話出来ますが」
「それでも構わない」
「わかりました。それでは、お話致しましょう」
それから孝弘は異世界アルストルムで起きたことを語り始めた。
異世界に転移した直後から、向こうの戦争でどんな事があったか。激しい戦いと、出会いと別れ。時には残酷な決断をせねばならなかったこと。親交の深かった者の死。戦争で得たものと、喪ったもの。
しかし、決して悲観に暮れることばかりでなく、学んだことも多く、また喜びもあったこと。
孝弘からだけでなく、水帆の視点から、大輝の語りから、知花の知見からと四人の角度で補足を交えながら語られていった。
孝弘達が異世界アルストルムの話をした時間は三〇分から四〇分程度だろうか。ことを掻い摘んで言っていったとはいえ六年分ともなればこれくらいの時間はかかる。いや、むしろコンパクトに収まっているといえる。
真之は四人の話を終始集中して聞いていた。時に質問をし、応答を受けると頷いたり色々な反応をした。
璃佳も初めて聞く話があったのか、ティーカップに口をつけながら耳を傾けていた。
「なるほど。君達も他の帰還者達と同じく、壮絶な運命を経ていたのだな。よく生きて帰ってきてくれた。帰還したら故郷がコレだから、九条術士の一角として不甲斐ない思いだが」
「帰還した先が前線に近い富士山麓で助かったのは事実ではありますが、日本軍が精強だったお陰です。私たちはすぐに合流することができ、今こうしていられます。もし帰還先が北海道の、それも道央や道東だったなら私達とて無事で済まなかったかもしれません」
「ぞっとする話だな。――君達にもう一つ聞きたい。君達はなぜ戦う? なぜ再び戦争に身を投じた? いくらかの帰還者が前線に向かうのを拒否したように、君達にも権利はあったはずだ。異世界でそれだけの経験をしてもなお、なぜ戦い続けることを選んだんだ?」
真之はあえて孝弘達に問うた。帰還から既に三ヶ月もの間、四人は数々の戦いで多くのCTや神聖帝国軍将兵を屠ってきた。
だが、聞きたかったのだ。己の耳で、己の目で、四人がどう答えどのような眼差しで言うかを。
孝弘は答えた。
「大層な理由はありません。ただ、故郷を守るため。ただ、大切な人を守るためです。誰かが傷つくのを見過ごすことは出来ませんし、大切な人が傷つくなんてもってのほか。それに、私達は今Sランク能力者です。Sランク能力者となった私達には、力を持つ者として果たすべき責務がある。そう、考えます」
孝弘の言葉に続き、水帆達三人は強く頷く。璃佳が何度も目にしている、力強い決意に満ちた瞳だった。
「ほう」
真之はそれだけ言うと、しばしの間、黙っていた。何かを考えているようだった。
真之は心中で、こう思っていた。
(なるほど、な。娘が多少の職権乱用をしてでも引き入れた理由が分かった。彼等は真の軍人で、高位能力者としての矜恃と義務感を持ち合わせている。今の日本にとって、いや、世界にとって得難い人達だ。これまで資料を通して、この目で見てきた帰還者とは一線を画す存在。絶対に無くしてはいけない存在だ。ならば、ならば任せられる。)
さらに数秒、間を置いてから真之はようやく口を開いた。
「立派。立派だよ。本当に君達は、軍人で能力者だ。七条家当主ではなく、個人として君達のことを尊敬に値する人達だと思った」
「もったいないお言葉です」
「そんな事ないさ、米原君。なぜなら、君達は十分以上に責務を果たしてきたのだから。故に、一つ頼みをきいてほしい」
「なんでしょうか?」
「璃佳を、頼みたい」
「お父様……?」
「彼女は少々無茶をするタチでな。部下の為ならば命を賭すことも躊躇わない。上官としてそれは立派なことで、誇りに思うが、父としてはどうしても心配になることがあってな」
「ちょっとお父様! 私はもう大人もいいところですよ!」
「まあまあ、いいから聞きなさい。璃佳」
「……はい」
璃佳は抗議の視線を父親に送りはしたが、それ以上は何も言わなかった。いよいよ将官になるというのに、随分過保護な事を言い始めたのだから璃佳の発言は最もなのだが、そこは父親だからだろう。孝弘達を認めたからともいえるが。
「米原君、高崎君、川島君、関君。君達はこれからも戦い続けるのだろう?」
『はい』
「ならば、璃佳を支えてやってくれ。恐らく、戦いはこれからもっと激しくなる。北関東を奪還し、東北を奪還し、北海道も取り戻さねばならない。その時、第一特務は槍の穂先となる。これは、米原君達が高位能力者だから頼める話だ。璃佳は間違いなく、君達にもしもがあれば命懸けで守る。だから、君達も璃佳にもしもの時があれば守ってほしい」
「その任、引き受けました。七条准将閣下には恩があります。帰還したばかりの頃から今まで、戦いで不自由なくやれました。私に父としての気持ちまでは察することが出来ませんが、部下として、全力を果たします。ただ」
「ただ?」
「もしもが無いのが一番です」
「く、くっ、はははっ!! まったくだ!! もしもが無ければ一番いい。もちろん、君達もね」
「ええ」
孝弘は頷くと真之はくつくつと笑い続けていた。璃佳は、まったく……。お父様ときたら、部下に何て話を……。とブツブツ文句を言っていた。それに対して真之は、すまんすまん。と謝り、璃佳は聞こえてるし……。とまたブツブツと言っている。
孝弘達はこの様子を見て微笑ましく思っていた。七条家が特殊なのかもしれないし、彼等が自分達を信用してくれたから内々にしか見せないような立ち振る舞いをしているのかもしれないが、それでも七条家のことを今までよりずっと身近に感じたような気がした。
「さて、冗談の言い合いは程々にしておいて、我が七条家がタダで頼みはしない。相応の見返りはするつもりだ。見返りは二つ。一つは米原君を除く三人の新しい武器だ。米原君は既に新式魔法拳銃を引き渡したが、君達のは少々時間がかかってな。これまでの戦闘記録を参考に、今より最適なモノを選ばせてもらった。高崎君と関君は魔法長杖。川島君の薙刀はそのままだが、召喚符はより上等な物になる。降ろす際に違いは感じられるだろう。近日中に伊丹へ届けるから、ぜひ使って欲しい」
「今のより最適……?」
「上等って……。今でも十分助かってるんだけどな……」
「これよりいいモノが、あるの……?」
水帆、大輝、知花は目が点になるどころか落ちそうな程に驚いていた。一体七条の宝物庫はどうなっているんだとも。
「使わずに置いておくなど宝の持ち腐れだからな。ああちなみに、米原君には新式魔法拳銃に使用可能な新式銃弾をウチの研究所から届けさせる。もちろん定期的な供給もする。これまでより魔力を充填可能な弾薬だ。三六式の耐久力には余裕があるから、問題なく使えるだろう」
「ありがとうございます。しかし、今より魔力を充填可能となると、一般的な魔法拳銃の威力を凌駕してもはや戦車砲かそれ以上の威力になりますが……」
「使いこなせるだろう?」
「え、ええ……、まぁ……」
ここまで来るともう何と反応したらいいものか孝弘は困惑していた。ありがたい、ありがたいのだが戦車砲や野戦砲クラス、下手すればそれ以上の威力を放つ魔法拳銃とはいったい……。彼がそう思っても当然だった。
(最大火力の時は気をつけて使うことにするか……。)
と、孝弘は心の中で独りごちていた。
真之による見返りの説明はまだ続く。
「二つ目。君達の家族についてだ。今後は七条家の名において密やかにではあるが、護衛をしよう。機密保持があるとはいえ、これからどうなるかは分からない。報道の面だとか、不審者の面だとか、ほぼ有り得ないだろうが敵性勢力の襲撃だとか、そういった者からは我々七条家が守ろう。無論、君達も対象内だ。様々な便宜は図らせてもらう」
この見返りは孝弘達にとってもありがたいものだった。自分達が生きていた事が分かれば様々な面で家族に不自由をかけさせかけない。その際に七条の名前が出てこれば抑止力になるし、護衛については直接的に効果を発揮する。家にいられないことを踏まえれば、ぜひお願いしますと言いたいことだった。
「ありがとうございます。何卒、宜しくお願い致します」
「うむ、任せてくれ。まあ、ざっと話はこれくらいだな。固い話が続いたし、もう正午過ぎだ。昼食にしようか」
七条真之との会談は終わり、それからは和やかな時間となる。七条家からのもてなしを受けた四人は快適な一日を過ごすのだった。
「米原中佐」
「はっ。はい」
「さっきお父様がしてた、君達に頼んだ話なんだけどね」
「ハイ」
「ホント、ホントに内密にね? 三人にも言っといてね?」
「ハイ…………」
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