第14話 理性のある敵から得た情報は
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璃佳の中級闇属性魔法『地獄針の筵』は魔法障壁が薄くなりがちな――全周展開するにしても足元は後回しにされがちであることが多い――地面から漆黒の針が筵のように生える。まずこれで不意打ちをかけるつもりが不意打ちを食らった人らしき者達の半数が死んだ。
直後、大輝が発動したのは『土壁監獄』。後方に逃げられないよう、左右も含めて展開されたことで空いているのは前面のみとなった。
こうなると、対象の逃げ道は正面しか無くなるので攻撃する他ないのだが、待ち構えられた側では時既に遅しである。
攻撃動作に入った瞬間、川崎の部隊員が法撃。魔法障壁を容易く貫通してこれでほぼ全滅に。残ったのは指示をしていた隊長格のような人物と、隣にいた成人男性に思えるような人物のみ。その青年に見える者は何かをまくし立てて、攻撃動作に移る。
「――!!」
「貫通術式セット。ショット」
しかし極めて短縮した詠唱の孝弘に早さで勝てず、胸の辺りを銃で撃ち抜かれて地に伏した。
残るは隊長格のような男性のみ。敗北を悟ったのか、持っている杖を川に落として、両手を広げた。
「おや、『理性のある敵』には降伏を表す手法があるんだ。これは助かったね。とはいえ、罠かもしれないからっと。茜」
「任せい。拘束術式、『
どこからともなく現れたのは茜だった。
隊長格に対して拘束術式を発動。両手足を縛り川面に倒れる前に浮かせ、土手にやや荒っぽいが着地させた。
「ありがと。他に敵はいた?」
「いんや、おらなんだの。こやつらは潜入兵じゃろ」
「おっけ。じゃ、簡易的に尋問タイムだね。でもその前に。なんかガタガタ言ってうるさいから、黙れ」
目付きを鋭くさせた璃佳は拘束された隊長格に対して拷問で使われる程度の雷属性魔法を浴びせる。
悲鳴が上がり、まだ何か言っているようだが多少は静かになった。茜は「おお、儂の主は怖い怖い」とわざとらしく言い、璃佳はジト目で返す。
璃佳は川崎達に周辺警戒と本部への報告を任せ、知花には引き続きの探知を。水帆と大輝にもしもの際の反撃を命じて、孝弘だけを呼んだ。
二人は隊長格に近づくと、
「米原少佐。念の為聞くけどさ、アレの言語は分かる? 見た目はただの人間っていうか、こっちにいてもわかんないくらい普通っていうか、西洋人っぽいくらいだけど」
「いえ、さっぱりです。分からない事に安心する日が来るとは思いませんでしたが。見た目についてはあっちでも似たようなことがあったので驚きませんよ。ひとまず、あっちの人でなくてホッとしました」
「分かれば君の顔つきが変わるもんね。はぁ……、こいつの話す言葉は類似言語でも無さそうかぁ」
「そうですね。賢者の瞳の言語解析機能を使うしか無いでしょう」
「やるっきゃないかぁ」
ブツブツと言い続けている隊長格に対して、璃佳は賢者の瞳の言語解析機能を起動させる。
賢者の瞳には翻訳を目的として言語解析が実装しれており、これには古来の地球言語だけでなく全世界の魔法言語が登録されている。さらに今回に備えて帰還者達から聞き取りをした異世界言語――入手経路は不明だが海外の帰還者から得たモノもある――もデータに入っている。璃佳は操作して、隊長格の言語を拾った。
『言語解析中。………………地球言語に九〇パーセント以上で該当する言語は無し。該当率を下げて解析中』
「そりゃそうか。高けりゃ分かるもんね」
「――! ――!」
『解析途上ですが、対象の言語はSOV型。SOV型に絞り、解析続行』
「マジか。日本語と同じ型じゃん」
これには璃佳も驚く。SOV型は日本語がこれに該当する言語で、平叙文だとSVO型に見えるがドイツ語やオランダ語もSOV型だ。こうなると解析もしやすくなる。
『完全該当言語は無い為、言語をミックスします。通常言語、古式言語、魔法言語、異界言語全てを自動的に対象化。…………解析率五〇パーセントですが、ある程度の意思疎通は可能な為、簡易解析を完了。データをセンターに送信します』
「オカシ――ダロ。ハナシ――チガウ。マホウ――ツカウ――スクナイ――ウソカ」
「おお、すご。ある程度分かるじゃん。賢者の瞳、適用言語で会話を可能にするように」
『意思疎通調整。…………完了』
数分程度は要したものの、賢者の瞳は簡易解析を終了。すると、隊長格の言語はかなりカタコトではあるものの言葉が通じるようになった。
璃佳は会話には苦労しそうな気がするけど。と思いつつも、こっから先は言語学者の仕事か。と諦めることにした。
孝弘も賢者の瞳に入っている言語解析機能に感心していた。アルストルムでは異世界転移の際のギフトだったのか言葉に困ることは無かったが、本来は言語が通じないという初手で最悪な可能性もあったのだ。今回などまさにその例で、もし全く通じなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂で終わってくれて感心の次に安堵を孝弘は感じていた。
「よし、じゃあ相手に話すかな。――おい、こっちの言語は分かる? 翻訳でめちゃくちゃに聞こえるかもしれないけど」
「ナンデ、ワカル!? ハナシデキル!?」
「当然の反応だよね。技術の力とだけ伝えておくよ」
「…………オソロシ。アイツラ――ウソ――イッタ」
「嘘……? まあいいや、詳しい事は後で聞こっと。ひとまず、だ。お前は捕虜になった。分かる?」
「ホリョ……?」
「捕まった」
「…………アア。テイコウ――ムダ。ジブン――ヒトリ――タタカエナイ」
「降伏をする文化はある、と。んじゃ次。所属、階級、名前」
「モクヒ――。――ジョウヤク、――ケンリ――アル」
「そっちにも捕虜に関する条約条項あり、と。でも、こっちは結んでないよ侵略者。喋らないとどうなるか、分かるよね?」
璃佳は冷たい瞳で隊長格を睨むと、大鎌を首筋に向ける。
「ヒッ……!!」
「条約がある位には文化的なんだろ? 辿った歴史が同じなら、分かるだろ?」
「…………。ワカッタ」
「所属、階級、名前」
「――グン、――ゾクリョウセントウダン――ブタイ。カイイ、ショウチョウ。ナハ、ルシェスロ」
「理解できるけど意味が掴みづらい言葉がチラホラあるね……。詳細は後々にする尋問か……」
璃佳はため息をつく。軍と戦闘団までは分かるがショウチョウとは何かカイイが階位ならおおよその意味は分かるが、現代日本の階級に当てはめるとどれかが分からなかった。
ただし、一つ確信が持てる事があった。それを孝弘が質問しようとする。
「七条大佐、自分も質問してもよろしいですか?」
「ん? いいけど。私も気になった言葉あるし、それについてでしょ」
「はい。――自分が質問する。いいか?」
「ダレデモ、イイ」
僅かながら翻訳精度が上がっているのは賢者の瞳の機能なのか、孝弘はリアルタイムでも解析していることを感じながら隊長格に、
「属領とは何だ? 貴官の国は、どこかの国に支配されているのか? 答えにくいのなら、そうなら首を縦に振れ。違うなら横に振れ」
「…………」
隊長格は首をゆっくりとだが縦に振った。
「はー、属領国の軍人が確定かー……。ますます詳細尋問で聞くことが増えたね……。しっかし属領国となると、情報は限られるよ。ま、今の私達には何でも情報になるけど」
「とりあえず質問は続けましょう。――話を続ける。ルシェスロだったか。この地に他に仲間はいるか? 黙秘すれば貴官の部下か同僚かは知らないが、死ぬぞ。貴官も然るべき処置を取る」
「……………………イル」
「どれくらいだ?」
「ゾクリョウ――、ヒャク。シンセイテイコク――ジュウ」
「場所は?」
「トリデ……? シロ……? ミタイ、アトダ……」
「だそうです、七条大佐。甲府城跡のことでしょう」
「おっけ。本部に情報共有しておこうか」
孝弘はこのルシェスロという人物がペラペラと機密情報を喋ってくれたことに感謝していたし、璃佳も手間が省けたと口角をほんの少しだけ緩めた。また、捕虜がこれだけ筒抜けにしてくれたことで属国領の軍人の扱いが良くない事、シンセイテイコク(神聖帝国?)なる別国があることも二人は読み取ることが出来ていた。
しかし、問題は残る。取り急ぎでも確認したいことはあった。
次は璃佳が質問をした。
「詳しくは後で聞くけどさ、あの化け物は何?」
「――モトハ、タダノイキモノ。シンセイテイコクハ、タミ――エラブ。ワレワレハ、ヒトデアリヒトデナイ。ダガ、アレハ、モットヒドイ。アレハ、イキル――カンジョウナシ、ヘイキ」
「極度の選民思想ね……。お前の話が本当なら反吐が出る話じゃない」
璃佳は吐き捨てるように言う。彼の話だけなら、常識を疑うような選民思想が『理性のある敵』もとい神聖帝国には存在し、生物兵器として運用されたのが二ヶ月前に現れたCTということになる。
何故地球へ侵略してきたのかは相変わらず謎だが、どうせ後の尋問で分かること。今ここは最前線でいつ何が起こるか分からない以上、あまり長く話すのは得策では無い。故に璃佳は次の質問で最後にした。
「最後に化け物について質問。感情無い生物兵器なら、あれをどうやって指揮してる? この二ヶ月戦って、簡単な指揮なら受けてそうな雰囲気だったけど」
「シンセイテイコク――スコシ――アヤツル。カンゼン――デキナイ」
「完全で無いって……。そんなん運用してんのかよ。道理で中途半端な動きをたまにする訳だ。方法は?」
「ワカラナイ……」
「そ。――じゃあこっちからも伝えておく。処遇についてだけどお前はこれから司令部に送られる。捕虜に対する尋問だ。拷問される可能性は低いけど、多少は手荒くされるかもね。お前が属国人だか何だか知らないけど、私らの国だけでもたった二ヶ月で軍民合わせて二〇〇〇万人も死んだんだ。さらに国民の半分近くが故郷を失った。手温く済むとは思うな」
「カクゴ、シテイル」
「あっそ。ま、お前がこの国にいて良かったね。日本はさ、まだ捕虜の扱いが優しいんだよ。条約非締結国に対してはどうか知らないけど、貴重な情報源を殺しはしないと思うよ」
「…………」
「松代、小田井、笹子、多田。そいつは司令部員があと一時間もかからず引き取りに来るから監視しといて」
『了解』
「熊川、今の話を司令部に伝えておいて」
「はっ」
命じられた四人は敬礼し、丁寧ではないが荒っぽくもなく捕虜になったルシェスロを西の方に連れて行った。熊川は会話の内容を司令部にまとめて報告する為、連絡を取り始める。
「米原少佐」
「はい」
「属国と宗主国の関係、向こうじゃあった?」
「帝国と自治領、属領の関係に近いかと思います。ただ、彼の話を信用するなら、自分がいた方ではあそこまで酷いものでは無かったです。まして、CTが生物兵器等となると最早常識外というか……」
「じゃがあやつ、ウソはついては無さそうじゃったぞ。存外、真やもしれぬ」
じっと会話を見続けていた茜は、今は自身の尻尾の一つを手で梳きながら言う。
「茜が言うなら本当の可能性が高いかもね。しっかしそうなると厄介だね……。倒すべき相手が増えたって事になる」
「じゃの。化け物だけではなく、人とも戦うわけじゃ」
「人とはいっても人間だけではなく、今後エルフに近い種族やドワーフに近い種族なんてのも想定した方がいいかもしれません。この際なんでもありで考えないと想定外だらけで心労が尽きませんし」
「上どころか全世界が頭を抱えるだろうね。化け物以外に属国人がいて、さらに神聖帝国とやらまで。捕虜尋問次第でまるっきし戦略が変わってくるんだから」
璃佳はタバコに火をつけ、上へ向けてゆっくりと紫煙を吐き出す。
孝弘は璃佳が考えていることは分からなかったが、軍人としてだけでなく七条という国の中枢に近い家の者としても、何か思うところがあるのだろう。と、彼女の姿を捉えていた。
捕虜の確保とわずかな時間とはいえ貴重かつ大量の情報を手に入れた事は、璃佳達の予想通り日本軍も戦略の根幹を変えざるを得なくなってゆく。
だがそれは今は誰も知る訳もなく。目の前の戦いに集中することが第一だった。
夜明けまでさらなる襲撃は無かったが、孝弘達はやや寝不足のまま朝を迎え作戦二日目に入ることとなるのであった。
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