第6話 軍人との接触
・・6・・
午後2時半頃
静岡県富士宮市北部
南進中の日本魔法軍装甲偵察車両内
「敵情の強行偵察中に強力な魔力反応をキャッチしたから覚悟して来てみたら、まさか君ら民間人だったとはな……。民間人がどうしてあんなとこにいる ただとか、この戦況下で単独行動していたろうに小綺麗な格好をしているだとか、そもそもどうしてあんなに強力な魔力反応源が君らだとかツッコミどころが多すぎるが、何はともあれ無事で良かった」
「あはは……。こちらこそ、助けて頂きありがとうございます」
日本魔法軍の装甲偵察車の車内。助手席に座るこの部隊の隊長である曹長の階級章を襟につけている男――年齢は三十代半ばくらいだろうか――が若干の呆れを伴いながら生存者がいた事を喜ぶ。
孝弘はあの場で継戦しても倒しきれていたとはいえ面倒な事になりかねなかったこともあって、四人を代表して感謝を示した。
「自分は彼等が民間人とはとても思えないっす、桑名曹長。普通の民間人はあんな多数の『ヤツら』を相手にしたら発狂して逃げるだろうに、逃げるどころか戦闘していたんでしょう? しかも、あの様子か見るに一個大隊相当かそれ以上を相手に一方的に優位に見えました。ハンパな能力者じゃ無理ですよ」
「それについては海津伍長、お前に同意だ。俺は君達をただの民間人だなんて思っていない。たった四人で魔法もロクに使ってこない雑魚とはいえ一個大隊以上のバゲモノ共を屠ったんだ。もし民間人がそんな芸当を全員出来るんなら、今頃こうなっちゃいない。俺達魔法軍でも君らと同等の戦闘行動が出来る人が限られる。十二分に戦える民間人は民間人として扱えない以上、一度前線司令部に来てもらうが構わないな?」
「はい。大丈夫です」
「問題ありません。私も今のことについて詳しく聞きたい事がありますから」
平然としている孝弘と、一般人なら司令部という言葉で緊張するはずなのに逆に聞きたい事があると言ってのけた水帆に桑名曹長は口をぽかんとさせ、海津伍長は目を見開いてから、
「二人共肝が据わってんなあ。曹長、もしかして彼等って魔法軍に所属してないだけで、凄腕の能力者だったりして。アレからもう二ヶ月も経つのに今を知らないですし、富士の裾野で修行でもしてたんじゃ? ほら、噂話ですけどそういうのもいるってたまに聞きますし」
「どうだかな。何にせよ、強行偵察した域外エリアでの久しぶりの生存者だ。司令部に来てもらうのは必須になる。既に上には連絡済みで、すぐに『気になる点しかない故に、必ず該当は連れてくるように』と返信が来た。それも古川少将閣下直々にだ。末端の俺でも有り得ない尽くしの君らだから、当然といえば当然だが」
桑名曹長が言うことも最もだった。
四人にとっては未だ状況のほとんどを掴めていないが、一個班相当で一個大隊以上の敵を蹴散らしたとなれば、普通の指揮官クラスであれば興味を持たない訳がない。
その四人の一人である孝弘は、少将であれば
(富士宮北部が『域外エリア』と呼ばれているのなら、俺達がいた所はあの訳の分からないバケモノの勢力下だったってことか……。道の駅の方まで行って初めて接敵したあたり高密度に敵がいる訳じゃないにしても、富士山周辺は敵の圏内。そして富士宮周辺に前線司令部が所在しているから、ここから東は敵の影響下と考えていい。つまり、神奈川や東京どころか東日本や北日本も、って考えた方がいいのか……)
孝弘は極めて冷静に断片的な情報で戦況分析を行う。彼が自分達がいる場所の北がもう敵の影響下にあると判断したのはともかく、東日本や北日本までと予測したのは最悪のパターンでの可能性だ。
孝弘達が乗る偵察車両は富士宮市街の北部まで進んでいたが、空を飛ぶ航空機は北だけでなく東に向かっていくものが多かったのがその理由である。
つまり、敵は富士宮やひいては富士市より東にいると孝弘は考えたのである。四人は真相をこの後すぐ知ることになるが、孝弘の予測は当たらずとも遠からずであったことを記しておく。
偵察車両は富士宮市街に入ったが見かけるのは軍人と軍関係者ばかりで、民間人は数える程度しかいなかった。その数少ない民間人も老人がかなり多かった。
(富士宮市街にいるのは軍人がほとんど。民間人の大多数は避難したんだろうけど、残った民間人のかなりが老人である辺り、自分の土地から離れたくないとか言ったんだろうな……。まあ年寄りはともかくとして、軍人の表情だ。絶望するほど暗くは無いけど、明るくもない。戦況は良くないのかもしれないな……)
「孝弘さん、だったか」
「はい。えっと、桑名曹長」
「桑名さんでいいよ。能力者としては民間人とは思えんが、軍人じゃないからな」
「はい。桑名さん。どうしました?」
「隣にいる女性、名前は」
「高崎水帆です」
「いい名前だな。――孝弘さん、水帆さん。不躾な質問だったらすまないが、二人は交際中か?」
「ええ。将来的には結婚しようと思っています」
「彼となら幸せな人生を歩めると思っていたんですけどね。世界の方がこうなるなんてと思ってますよ。実感が全く湧いてないですけど」
「そうだろうな。でも、これだけは覚えておいてくれ。こんな世界になっちまったんだ。分かり合ってるだろうが、二人共が二人共を大事にしろよ」
桑名曹長は強く心を込めた語気で二人に言う。
孝弘や水帆は転移先の帰還からまだ数時間しか経っておらず、水帆の言葉通り現実に対する実感はほぼ無かったが、それでも桑名曹長の言葉を聞いて理解した。
帰還した日本はもしかしたら、アルストルムより不味い状況になっているのではないか。と。
「ええ、ありがとうございます」
「心に留めておきますね」
しかし二人は、心中を声には出さない。礼を述べるに留まった。
装甲偵察車は市街地を進む。
五分程経つと、目的地に到着した。
「到着だ。ここが、今の我々の前線司令部。『富士宮方面前線司令部』だ」
着いた先は、元は司令部の名前とはかけ離れた施設。市民達が楽しむ場所であり、生活を営むのに便利な施設。
転移前の彼等でも見知っていた、ショッピングモールだった。
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