第66話 打ち合わせ①

 夏休みが終わり、一週間ほど経過した。

学校生活にも慣れてきた所である。

俺の担当編集者である、朝桐結花から着信があった。


「はい、もしもし」

『先生、いきなりすみません。打ち合わせの件でお電話させていただきました』


 結花の大人の女性らしい声がスマホから聞こえてくる。


「はい、大丈夫ですよ」

『ありがとうございます。それで、今週末辺りでどうでしょうか』

「ちょっと待って下さいね」


 俺は、通話をスピーカーにすると、カレンダーを確認する。

週末はどちらにも予定は入っていなかった。

自分で言っていて少し悲しくはなるが。


「土日も予定は入っていないので、どちらでも大丈夫ですよ」

『青春してないですねぇ。高校生なのに。では、土曜日でもいいですか?」


 一言余計だと思いつつ、俺は土曜日の打ち合わせを了承した。


「土曜日ですね。分かりました」

『では、土曜日の13時に、先生の最寄り駅までお迎えに参りますね』

「分かりました」


 なんと、最寄の駅まで来てくれるという。

俺としてはありがたい。


『では、当日はよろしくお願いします』

「はい、こちらこそ」


 そこまで言うと、通話を終了した。


「さて、今日の作業はこれくらいにしておくか」


 そう呟くと、道具を片付け、リビングへと降りた。

そこには、紗良が座って、テレビを眺めていた。


「あ、兄さん、お仕事はいいんですか?」


 俺の顔を見ると、紗良は嬉しそうな表情を浮かべていた。

どうやら、一人でテレビを見るのに飽きてきたんだろう。

そんな表情を見せられたら、お兄ちゃん惚れてしまいますよ?


「うん、今日はもう大丈夫だよ」


 そう言うと、俺は紗良の隣に座った。


「最近、忙しそうですよね」

「ああ、アニメ関係もあるし、自分の出版のこともあるしね」


 正直、やることは山積みであった。


「今週の土曜、また打ち合わせに行ってくるよ」

「あまり、無理しないで下さいね」


 紗良は、本気で心配そうな目を向けてくる。


「ありがとう。大丈夫だよ」


 そう言うと、俺は紗良の頭をそっと撫でた。



* * *



 土曜日、打ち合わせの当日である。

俺は、待ち合わせの時間の10分前には駅に到着していた。


「先生、すみません。お待たせしちゃいましたか?」


 待ち合わせ時間の5分前に、担当の朝桐結花が現れた。


「大丈夫ですよ。まだ、5分前ですから」


 そう言って、身に付けていた腕時計の文字盤を見せた。


「良かったです。では、打ち合わせに行きましょうか」

「はい、どこか、喫茶店とかで大丈夫ですか?」


 朝桐が言った。


「ええ、僕は大丈夫ですよ。いい喫茶店なら知っているんで、そこに行きましょうか」

「助かります」


 俺は、ここから歩いて数分の所にある、喫茶店へと向かった。

以前、紗良とお茶をしたところである。


「ここです」

「おぉ、いかにも喫茶店という感じですね」  


 朝桐は感心していた。


「ここは静か何で、結構居心地がいいんですよ」


 二人は、店内に入ると、比較的空いていた。

今日は、マスター一人らしい。


「空いている、お好きな席にどうぞ」

 

 マスターが渋い声で言った。

余談になるが、ここのマスターはいかにも喫茶店のマスターという職業が似合う、ダンディなおじいさんである。

白髪交じりの頭を見ると、60近いのではないだろうか。

ちなみに、マスターが淹れるブレンドコーヒーはめちゃくちゃ美味い。


「ここにしましょうか」

「はい」


 俺と朝桐さんは、空いているテーブル席に腰を下ろした。


「先生は、お好きなものを頼んでください」


 そう言って、メニューを渡してくるが、もう、注文は決まっている。


「ありがとうございます。僕は決まっていますので」

「あ、っそうなんですね。では、私も」


 俺はマスターにブレンドコーヒーを。

朝桐さんはアイスコーヒーと注文した。


「それじゃあ、始めよっか」

「はい、よろしくお願いします」


 こうして打ち合わせが開始された。

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