第131話 崩壊の中で

 時刻は夕方に差し掛かり、日が落ちようとしている。神皇国ラヴァーズでは酒が禁止され、就寝時間も徹底されている為、夜に街が騒がしくなるような事はない。が、この日だけは例外で、ラヴァーズの首都全土が喧騒で包まれていた。首都の中枢であった城の跡地・・にて、二人の怪物達が激戦を繰り広げていたのだ。白を基調とした荘厳なる城は綺麗さっぱり破壊され、今は瓦礫の山と化してしまっている。


 ―――ガァン、ゴォ―ン!


 剣戟というには重く、鈍い音が絶えず首都中に鳴り響いていた。異様な音はラヴァーズの住人達に恐怖を与え、早くこの悪夢を終わらせてくれと、彼らを祈りに駆り立てさせた。本来は戦力と呼ぶべき聖騎士や兵隊達も、住民達と同じように祈っている。怪物達とのあまりの実力差に、彼らはそうする事でしか故郷を護る事ができなかった。


 ―――ズゥン!


 そしてその夜、漸く彼らの祈りは神に通じた。そう、怪物達の戦いに決着がついたのだ。


「かふっ……!」


 倒壊した城の跡地に倒れ伏したのは、白かった衣服を真っ赤に染めたアイであった。彼女は口や目、人体の穴という穴が血を流し、だが満足そうに笑顔を作っていた。満身創痍、風前の灯火、正にそんな言葉を体現している状態だというのに、異様な笑顔は全く崩れない。


「ハ、ハハハッ…… いやあ、マジで強ぇな、アンタ……! タイマンで負けるなんて、初めてだぜ……? それとも、俺の腕が鈍っちまったのかね……?」

「ハァ、ハァ…… い、いやいや、これで鈍ったとか…… 何怖い事を、言ってくれてるんですか……!?」


 対するジークは、アイを見下ろしながら立っていた。が、決して無事とは言えない状態だった。全身が傷付き、左腕に関しては肩より先が潰されている。息も絶え絶え、正直なところ今にも倒れてしまいそうだ。振り絞るように言葉を吐けば、一緒に吐血までしてしまう。


 死闘を乗り越え、戦いに勝利したジークであるが、ここまで負傷したのは計算外だった。アイを護る信者さえ排除してしまえば、後は戦う事もなく事が運ぶと踏んでいたのだ。その結果がこれでは、たとえ戦いに勝利したとしても、採算が合っているのか微妙なところである。


「というか、今更だけどラヴァーズの聖女様だよね、君? 私、これでも世界最強の一角を自負していたんだよ? 何で対等に張り合えるの? おかしくない?」


 だからこそ、こんな質問を投げ掛けてしまう。ジークの頭を過ったアイ影武者説、もし本当にそうだった場合、更にここから本物のアイを捜さなくてはならなくなる。ジークとしては、それだけは本当に勘弁してほしかった。


「へ、へへっ…… 安心しろよ。俺こそがアイ…… 『慈愛』の駒、アイ・ラヴァーズだ。偽物なんかじゃねぇって」

「……それにしたって、最初と雰囲気変わり過ぎじゃない? 何か裏があるとは思っていたけど、流石にここまでの変貌は私も予想してなかったよ?」

「……前の世界で俺はよ、伝説のレディース総長、鬼山愛子として生きていたんだ」

「レディー……? ごめん、何だって?」

「あ゛ー、チームみたいなもんだ。まあよ、間違ってもこんな豪華な場所で、良い子ぶってお祈りかましてるような人間じゃなかった。教養なんて全然なくてよ、粗暴で暴力に明け暮れた、全くの別人だった。そんな俺が聖女として扱われてんのは、まあ、アレだ。てめぇと同じ、神さんから貰ったスキルのお蔭だよ」


 アイは自身のスキルについて、全てを明かした。仕草や言葉遣い、雰囲気までをも望むものとする『演技』の力。声を届けた相手を説き伏せ、心を揺るがす『先導者』の力。そして自身に少しでも心を許した者を対象に、多大な幸福感を与える『慈愛』の力。アイはこれらの力を駆使して信者を集め、ラヴァーズの国力を高めていったのだという。


「俺と対面した奴らにこの能力を使えば、崇拝心や恋心を操るのは簡単だった。マジでだせぇ戦い方だったけどよ、それがうちの神さんの注文だったんだ。やり方はどうであれ、神さんは俺をこの世界に転生させてくれた。その恩義に俺は応えた訳よ」

「ふーん…… でもさ、自分の能力をそんな簡単に明かして良いのかい?」

「俺はもう敗北者だ。隠して地獄にまで持って行くような、そんな大層な情報でもねぇさ」

「潔いねぇ。だけどそのスキルじゃ、あのふざけた戦闘力の説明にはなってないかな。その辺に転がってる…… えっと、宣教師だっけ? あの人達よりも数段強かったよ、君?」

「へっ、そこは地力の差よ…… と言いたいが、まあタネも仕掛けもあるんだわな。最後に言った『慈愛』のスキルってのは、言ってしまえば脳内麻薬を操作する力なんだよ。普段は信者共の信仰心を高める為に使っていたが、こいつは俺自身も対象にできんだ。肉体の限界を超えた集中力と身体能力の向上、そこに俺の武力が加われば、天下も取れるってもんさ。特に俺はよ、俺自身を世界で一番信頼している。だからこそ、その効果も顕著に表れる…… 筈だったんだがなぁ。世の中にはてめぇみたいな奴もいる。ここまでボロボロになるまで使って負けるたぁ、世界は広いわ。ハハハッ!」


 血を吐きながら笑い続けるアイ。ジークも釣られて愛想笑いをする。彼もまた、「世界広いわぁ」と内心で思っていたりしていた。


「ハハハ…… じゃ、敗北を認めてくれたって事で、次の質問にも答えてくれると嬉しいかな。君の持つ秘宝はどこだい? 大人しくそれを渡してくれれば、今後悪く扱うような事はしないと約束しよう。どうだい?」

「ハッ! んな約束しなくたって、素直に教えてやるさ。ほらよっ」


 アイは胸元から何かを取り出し、それをジークへと投げ捨てた。ジークは残った右手でキャッチする。


「これは…… ブローチかな? これが君に与えられた秘宝?」

「ああ、その通りだ」


 そう言うアイの様子を見る限り、ジークには彼女が嘘を言っているようには思えなかった。しかし、秘宝は他の駒が接触した瞬間に奪ったものと判定され、勝利した駒には多大な恩恵が与えられると、ジークは『秩序の神』より聞いている。ジークが彼女の言う秘宝に触れても、変化らしい変化は未だに起こらない。ジークは暫く熟考してから、アイに新たな疑問を投げ掛けた。


「……このブローチ、元からこんなデザインだったのかな? 僕の目には、これが壊れているように見えるけど?」

「ああ、よく分かったな。それ、元はハート型だったんだよ、ハート型。けどよ、硬派な俺にハートって似合わないだろ? だからよ、こう好みの形になるように、バキっと真っ二つに割った」

「わ、割った!? 自分の秘宝を!?」

「おう、これならギザギザなハートでよ、少しかっけぇ感じになるだろ?」

「か、格好良いって言ったって……」

「ああ、もう一欠けらの方はここにはないぜ? 褒美の前払いって事で、国を出て行った他の宣教師に持たせてやったからな!」

「………」


 ジークは唖然とした。今日は色々と予想外の出来事が起こったが、その中でも特に驚かされた。何せ、神の駒である自分達の命とも呼べる秘宝を、アイは自ら破壊してしまったのだ。そんな事をしてしまったら、一体何を起こるか分かったものじゃない。最悪の場合死んでしまうかもしれない。しかも、アイはデザインが気に入らないという、安直な理由でそんな愚行を働いたのだ。呆れを通り越して、どう解釈すれば良いのか分からない。堪らず、ジークは天を仰いでしまう。


(秘宝を破壊したとなれば、私が触れても正常にルールが適用されないのも頷ける。この場合に、彼女の処理はどうするのが正解だ? その行為自体が秩序に反しているのは、もう疑いようがないけど、ううーん……)


 折角勝利を収めたというのに、問題は山積み。最大の戦利品であった筈のブローチを握り締め、気落ちしながらジークが頭を悩ます。


 ……彼の握っていたブローチが淡く光り出したのは、その次の瞬間の事であった。

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