第118話 魔王の攻撃
魔導船より本日三度目となる砲撃音が周囲に伝搬する。主砲の矛先は最初と同じ、小さな謎の反応だった。それが何なのかはまだ分かっていない。現状判明している事といえば、砲撃での破壊が可能、海上に浮かんでいる、一定間隔ごとにその反応が出現する、くらいなものだ。攻撃らしい攻撃は未だにない。
「まーた例の謎の反応か? そろそろ敵さんに出迎えてもらいたいものだぜ。黒い海ってのも珍しいが、こうもそればっかだと、流石に飽きちまうってもんだ」
「ロックス宣教師、滅多な事を言わないでください。魔王がどのような防衛体制を敷いているのかは分かりませんが、陸地とは違い、海上での進軍とは気付かれ難いものです。何事もなく敵本拠地に接近できるのであれば、それは願ったり叶ったりというものですよ」
「ハァ、パー宣教師の話はマジでつまらんのな」
「そもそも、面白くしようとはしていませんので」
「……でも、ここまで何もないのも少し違和感があるような。魔王といえばモンスターを統括する存在。海を住処とするのであれば、海のモンスターを配下にしていても、何らおかしくない筈です。船でなくとも、モンスターを迎撃に送り込むくらいの事は、あってもおかしくないと思うのですが」
「あー、魔王の配下でないにしても、野良のモンスターとも接敵してねぇもんなぁ。この海、本当にモンスターいんのかよ? クラゲのクの字も見当たらねぇぞ」
「………」
二人の言葉を受けてパーが顎に手を添え、何かを思案し始める。
(確かに、ここまで何もないと少し不気味ですね。船の機器は生物と物質、そのどちらにも探知可能となっている。だと言うのにこれだけの距離を進み、掴んだ反応は例の3つのみ、他は海上どころか海中に至るまで全くない。実際この暗黒海に入る前は、何度もモンスターの生体反応を掴んでいた。となれば、この状況は意図的なもの? いや、しかし―――)
―――ォォン……!
思案するパーを邪魔するように、どこからか発砲音に似た何かが聞こえて来た。それは魔導船の主砲が放つ轟音とは比べ物にならないほどに小さく、酷く頼りない音。いや、音の残滓しか聞こえないほどに遠くから放たれた、と言った方が正しいだろうか。旧式のカノン砲を一発撃った方が余程迫力がある、そう思わせる程度の音だった。
「何だ、敵船からの発砲か? 周囲に反応は?」
「いえ、そのようなものは―――」
―――ドガアアァァン!
パーの部下が報告を言い終えるよりも早くに、状況が大きく変化し始める。先ほどとは比べ物にならない大きさの爆発音が、パーが乗る魔導船の前方から聞こえて来たのだ。
「せ、戦艦ラクラスが被弾! 炎上しています!」
「何っ!?」
正体不明の攻撃を食らったのは、船団の一番前を進んでいた魔導船だった。沈没こそしていないものの、甲板から大きな火の手が上がっているのが、パーらのいる艦橋からも目視できた。
「全艦、障壁展開!」
各魔導船の煙突から大量の魔力が溢れ出す。その直後、魔導船の周囲に淡い青色の幾何学模様が記された、巨大な壁が発生する。
「どこからの攻撃だ!? 位置の特定を急ぎ、特にその方向に対して障壁を厚く調整せよ!」
「そ、それが、敵影らしき反応がありません。辛うじて察知した先ほどの攻撃は恐らく砲弾ですが、こちらの探知可能範囲外から出現しています。これは、その……」
「馬鹿なっ! この船の魔導機器は自らの主砲の射程範囲、それを丸々補えるほどの探知能力があるんだぞ!?」
それはつまり、敵の砲撃はこちらよりも射程が遥かに上であると、暗にそう言っているようなもの。そこまで言葉として出かけたが、パーは踏み留まる。事実としてそうだとしても、世界最強の船を創造したプライドが、なかなかそれを認めさせてくれなかったのだ。
「魔王といえども、力に頼る者達に我々を超える技術力があるとは思えない。ならば、もしや今の攻撃は砲撃ではなく、魔王自身の手による魔法攻撃? なるほど、それならば辻褄が合うが―――」
「―――パー宣教師、すっげぇ早口な独り言が通信機越しに漏れてんぞ」
「っと、これは失礼しました。僕とした事が……」
「ですが、お蔭でパー宣教師のお考えを知る事ができました。今の攻撃は魔王によるもの、そうお考えなのですね?」
「え、ええ、その通りです。全世界において、この船は間違いなく最新最強です。あらゆる面において、むしろ未来に進み過ぎているくらいで、それは何度にも及ぶ調査でも実証―――」
「―――ストップストップ! パー宣教師のご高説はまた後で! それよりも、障壁云々の話はなんだったのさ? さっきの攻撃、船に直撃したように見えたけど?」
「……基本的に障壁は、敵との接敵後に発生させる手筈になっていたんです。障壁は強固ですが、その維持には大量の魔力を必要としますので」
「なるほど、魔力を節約する為に平時は展開させていなかったのですね?」
「その通りです。この船には遥か先を見渡し、対象を察知する『魔導の目』が備わっていましたから、それでも問題はない筈でした。しかし、敵の攻撃は僕の予想を超えて、その更に先から仕掛けて来た。これは明確な脅威です」
「噂通り、魔王は災厄に匹敵するという訳ですか。我らの神が敵視するのも納得ですね」
「だがよ、今は結界を展開したんだろ? なら、もう不意打ちされようが大丈夫なんだよな?」
「ええ、その点はご心配なく。先ほど展開した結界は、魔導船の主砲の直撃にも耐えられるものです。魔王の攻撃が如何に正確で射程が長くとも、これを貫くのは不可能でしょう。加えて、次に来るであろう攻撃から、敵の位置を計算で割り出す事もできます」
「へー、頭の良い奴はすげぇのな。んな事もできんのか」
ロックスによる感心の声を鳴らす通信機。珍しい事ではあるが、彼は純粋にパーを褒めているようだ。
「フッ、世辞はいりませんよ、僕としては当然の事ですから。次に、先ほどの攻撃が魔王の放ったものであるとすれば、我らを射程外から攻撃する事が可能な敵は、魔王のみである筈です。逆に言えば、その攻撃位置さえ割り出す事できれば―――」
「―――なるほど、魔王を発見する事ができるってか!」
「そういう事です。シザ宣教師、最大火力で反撃する為に、そして制空権を得る為にも、貴女の力を貸して頂けますか? 何、守りについては我々にお任せください。障壁を発動させた今、魔導船は真の意味で鉄壁の要塞と化したのですから!」
パーは自信満々にそう言い切る。そして、次なる魔王の攻撃が襲来したのは、彼がその言葉を口にした直後の事だった。彼方より、小さな発砲音が再び遅れてやって来る。
「パー様、敵弾来ます! 戦艦レオルードに直撃コース!」
「障壁を発生させた今、回避行動は必要ない! それよりも、敵の位置の確定を急げ!」
「了か―――」
―――ォォン……!
「ッ!? ほ、報告! 別方向からの攻撃を新たに探知!」
「な、なに!? 馬鹿な、その攻撃は魔王だけのものではないのかッ!? し、しかし、障壁の前には全てが無意味だ!」
発砲から着弾までの時間は刹那、パーはこの間に驚きと分析と指示、その全てを同時進行で行わなければならない。そして驚くべき早口で、その台詞全てを言い切ったパーは、ある意味で凄まじいと言えるだろう。しかしそれと、彼が思い描く結果に繋がるかどうかは、全く別の話であった。
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