第38話 お話をしよう

 モルク・トルンク。サウスゼス王国って国を拠点に奴隷を使った商売を行う豪商、そして闘技場からアークを買い上げた張本人でもある。まさかアークを捜す船団の中にいるとは思っていなかったが、これは情報を仕入れる好機。トマやリンは船で留守番させている事だし、今後の為に色々と知っている事を吐いてもらうとしよう。


「……お前がアークを誑かした、幽霊船の親玉か? 弁が立つ大した口を持っているようじゃないか、ええ?」

「何だ、思ったよりも元気そうじゃないか。もっと怯えているもんかと思ってたよ」

「うん、さっきまで散々震えていたわよ? 今はすっごく我慢してる感じね!」

「お、おいっ!?」

「へ~」


 突然のアークによる密告に、慌て出すモルク。まあ、ここまで船団をボロボロにされたら、震えない方がおかしいってもんだ。モルク氏の名誉の為にも、そこだけは擁護しておこう。


「フ、フンッ! 貴様はまだ自分の立場が分かっていないようだな。このアークはワシが奴隷として正式に買い取り、輸送していた正真正銘の所有物だ。大胆にも輸送船を襲撃して、アークを上手く嗾けたようだが…… これは不法行為以外の何ものでもないぞっ! 更には国より捜索の任を受けた我々を襲うとは、悪行を働くにもほどがある!」

「いやいや、その輸送船が先に俺らを襲撃したんだからね? その辺分かってる? あと、うちの船員に大砲の先制攻撃を食らわしたのもアンタらだし」


 スカルさんを待機モードにして無傷で済んだ事は、もちろん伏せておく。どっちにしたって、うちの備品になっていたボート(奴隷船の鹵獲品)を破壊した事には変わりないしな。引き返すよう丁寧に何度もした警告は無視されたし、俺らは自衛しかしていないのだ。ま、自衛とは言え生易しい反撃じゃこういった輩には意味がないし、油断したところで寝首を掻かれる恐れもあるだろう。そんな事になったら、うちの仲間に何してくれとんじゃ、われぇ! で、ある。だからこそ、こうやって徹底的に潰させてもらったんだけどさ。


「船員だと? あんな骸骨はモンスターでしかないだろう! 海上で出くわしたモンスターを討伐して、何が悪いというのだ! こちらは十何隻もの船が、騎士団副団長のサズ殿までが被害を被っているのだぞっ! 貴様らの罪は重い!」

「うへー、ああ言えばこう言うおっさんだな。口達者なのはどっちなんだか……」

「余計なお世話だ! 大体、いつまでそのフードを被っているのだ!? ワシと会話をするのなら、第一にその薄汚いフードを取るのだなっ!」

「んー、フードを取ったら会話にならないと思うけど?」

「ハッ! その面がたとえ髑髏だったとしても、ワシは驚かんっ! 幾多の苦難を乗り越えた、このモルクを舐めるなよっ!」

「そっか。じゃ、お言葉に甘えて……」


 そこまで言うのなら、モルクの為に被っていたフードを取るとしよう。


「ほら、取ったぞ」

「フン! どんな醜い顔が出てくるかと思えば、地味な…… ななななん、なんんっ!?」


 これまで平静を装っていたモルクの声と体が、同時に激しくぶれだす。あ、目の焦点までもがぶれ始めた。


「なん、何で魔王がこんなところにぃ!?」

「魔王じゃないよ。人間だよ」

「ううう嘘をつくなぁ! その頬の紋章はどこからどう見てもどこまでいっても間違いようもなく確信を持って魔王の証ではないかぁ!」


 息継ぎもなしによく言えたな、その長台詞。逆に俺がビックリしたよ。


「マスター。ここからどう説明しようとも、この方は考えを変えないかと……」

「んー、見た目頭硬そうだもんな。じゃ、この際魔王でも何でもいいよ。好きなように思ってくれ」

「魔王以外に何があると言うのだよ! あのアークをこうも簡単に従えた謎もすっきりさっぱり解決して、ワシの艦隊が壊滅するのも納得だわいっ!」

「何でキレ気味になってるんだよ…… ん?」


 ふと、モルクの指にはめられた指輪に目がいった。青く輝く鮮やかな宝石で飾られた、とても綺麗で美しいと思える指輪だ。普段の俺ならばそう思う程度で、これ以上どうこうする事はなかっただろう。しかし今この時においてだけは、その指輪をモルクが持っている事にある種の強い違和感を覚えてしまう。理由は分からないが、いつの間にやら俺は指輪について言及していた。


「その指輪、何か妙な感じがするな。また何か、変な事でも企んでいるんじゃないか?」

「こ、これは魔王なんぞには関係のないものだっ! 触れるなっ!」


 俺が指輪に手を伸ばそうとすると、モルクはそれを遮って抱え込むようにして指輪を隠してしまった。鎖で縛り付けられている中で無理に動いたから、色々と肉が食い込んでいる。この必死な様子、かなり怪しい。


「アーク」

「あいさー!」


 ちゃんと指輪が見えるよう、アークの力で強制的に手が見える位置にモルクを固定。こうなってしまえば、抵抗も全くの無意味である。


「おい、止めんか! こらぁ!」

「ちょっと見せてもらうだけだよ。安全が確認できたらちゃんと返すからさ」

「や、止めろぉ―――!」


 力の限り握った拳を無理矢理開かせて、モルクの汗ばんだ指より指輪を引き抜く。ついでに消毒しておきたいところだが、まあいいか。んー、見ただけじゃ普通の指輪なのか判別できん。一度宝箱にしまって、メニューによる補足で確認、し、て……


「……マスター?」


 俺の隣で呟かれたクリスの声が、嘘みたいに遠くに感じられた。夢の中へと潜るように、俺の意識が深淵へと引っ張られる。深く、深く、宝石の中へと吸い込まれるように―――



◇    ◇    ◇



 体が重い。感触が冷たい。だが、不思議とこの感覚を俺は体験した事がある気がする。夢の中のように曖昧だが、直前のクリスの表情は鮮明に覚えている矛盾。一体これは何なんだ? モルクの指輪を手にした瞬間、なぜか意識が遠くなって、それから…… ここに飛ばされた、のか?


(私、私ね、貴方と一緒に死ぬのなら、何にも怖くないよ)


 どこからか、女の子の声がした。懐かしく、前に聞いた時よりもハッキリとした女の子の声だ。 ……懐かしい? 前に聞いた? あの海の上で目覚める以前の記憶、なのか?


(だから、■■■も怖がらないで。私、とっても嬉しかった)


 声だけでなく、今度はぼやけた映像が脳内に再生される。映像全体がピンボケしていて、とてもじゃないが状況を理解できるものではなかった。それでも何者かが二人、強く抱き締め合っている事は分かる。恐らく、片方は声がする女の子だろう。では、もう片方は……?


『んー、今回はここまでかな? まだ一つ目だし、あまり見せ過ぎるのもつまらないもんね』


 さっきの女の子とは違う、別の女の声の乱入。これも不思議な事に、俺はどこかで聞いた覚えがある気がした。ただそれ以上に、文句の一つでも言ってやりたい気分になる。


『ごめんね~。私、マニュアルを作るだけ作って満足しちゃって、肝心な説明の事を一切合切するのを忘れちゃってて。えへへ、うっかりうっかり。それでも予想以上に頑張ってるみたいだからさ、私も安心しちゃったよ。ふ~、これなら一息つけるね』


 なぜだろうか。一つどころかもっと言ってやりたい気持ちが強くなる。


『でもね、ここでの時間ももうないから、とてもじゃないけどお話してる暇はないのよねぇ。めんごめんご。あれ、これってもう死語だっけ? っとと、もう時間だ。ともかく、これからも私の為に頑張って。ファイ!』


 おい、結局どうでもいい話がほとんどじゃないか。お前は何者なんだ?


 ……などと問い質しても、もう女の返事は返ってこない。代わりに、足下から急激に落下するような感覚に蝕まれた。

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