38.おやつの時間

 想いが重なっても、すぐに何かが変わるわけじゃない。

 強いて言うなら寄り添う距離が少しだけ近くなったかもしれない。あと……今までにないくらい、気持ちが落ち着いている。


 ラザフ平原も、デルメルン大森林もすっかり秋から冬へと装いを変えてきている。

 黄色、赤色、緑色。木々が色を変えていく様は何だか可愛らしい。屋台でも温かいものがメインで販売されるようになってきた。いまの売れ筋は肉まんらしくて、わたしもひとつ食べてみた。日本で食べていたものより皮が厚くてボリュームがある。中のお肉も味が濃い目で美味しかった。


 冬物の衣服も、わたしとラル、それぞれのものを買い足した。

 去年は何を着ていたっけ? なんて思うのは日本でもこの世界でも変わらないみたいだ。


 日が暮れるのも早くて、去年は寂しい気持ちが強かったのに。今年はそんな寂しさを感じる事が少なくなるかもしれない。

 そんな事を思いながら、わたしの向かいに座るラルを見つめていた。



 ここはギルドの隣にある食堂。早めに仕事を切り上げたわたし達は、おやつを食べてから帰る事にしたのだ。

 お昼は過ぎているけれど、夕暮れまではまだ時間がある。そんなおやつの時間にも関わらず、仕事上がりの冒険者は派手に飲み騒いでいる。


「……食べたい?」


 わたしの視線を勘違いしたのか、ラルがフォークにクリームを載せて、わたしの口に寄せてくる。違うんだけど、まぁいいか。

 遠慮せずにそのクリームを食べたわたしは、思わず笑みを零していた。


「すごい栗感が強いね。美味しい」


 ラルが食べているのはモンブラン。わたしの前にはカボチャのタルト。お返しにとわたしのフォークにタルトを載せて、ラルの口元に近付けた。それをぱくりと食べたラルは満足そうに頷いた。


「それも美味しいね」


 二人で分け合って、美味しいと笑い合う。たったそれだけの事なのに、ひどく愛しい。



「てめーら! またいちゃつきやがって!」


 騒音とも言える程の大きな声に肩が跳ねる。そちらを見なくても、その声の主が誰のものかなんて分かりきっている。

 無視しようと絶対にそちらを見ないと決めていたのに、ライノはわたし達のテーブルの近くにやってきては、隣のテーブルをガタガタ言わせながら引っ張ってきている。まさかテーブルをくっつけるつもり?


「ふふ、仲良しでいいわね」


 にこにこと笑いながらシャーリーさんが、わたしの隣に座る。その隣にはメイナードさん。ラルの隣にはライノが座った。

 ライノを止める気は、シャーリーさんにもメイナードさんにもないらしい。


「仲良しですよ。ねぇ、アヤオ」

「うん」


 ラルがにっこりと笑いながら口にする。わたしも頷くけれど、絶対にラルはライノを意識している。挑発された事に気付いているのかいないのか、ライノがテーブルをどんどんと叩いた。


「喧しいぞ」


 メイナードさんの一喝でライノが小さくなったところに、店員さんがライノ達の注文品を持ってきた。エールで満たされたジョッキが三つ、それからおつまみを数種類。この人達は水の代わりにエールを飲む。


「……でも本当に、二人の雰囲気が変わった気がするのよね」


 エールを飲みながらシャーリーさんがわたしとラルをまじまじと眺める。雰囲気といわれても……。わたしは戸惑いながらも、温かい紅茶を口に運んだ。薔薇のお砂糖を落としたから、ふんわりと花の香りがする。


「そう? 自分じゃ分からないけれど」

「ヤったの?」


 シャーリーさんのあまりにも直球過ぎる問いかけに、わたしは紅茶を吹き出していた。同じタイミングでライノもエールを吹き出している。わたしの正面にいるラルは苦笑いだ。

 わたしはポケットからハンカチを取り出すと、濡れた口元をそれで拭った。

 ライノはラルの表情に、顔を歪めている。


「なんだよその反応! ジェラルド! まさかてめー、本当にアヤオに手ェ出したんじゃねぇだろうな!」

「ライノうるさい」


 そういう事を大きな声で言わないでほしい。


「出してないよ。……まだ・・

「そういう一言付け加えるんじゃねぇ!」

「うるさいってば。ラルも煽らないの」


 ラルは面白がっているな? 挑発すればするだけライノが騒がしくなるんだから、やめて欲しい。幸い賑やかな酒場では、わたし達のやり取りは喧騒に溶けているけれど。


「はぁい」

「だって、アヤオ……お前、ジェラルドと……」

「恋人同士の雰囲気に見えるな」


 尚も言い募ろうと、わたしとラルを交互に指差すライノを黙らせたのは、メイナードさんの一言だった。それを耳にしたライノは、今にも外れてしまうのではないかと思うくらいに、口を大きく開けている。


「やっぱりナッドもそう思う? あたしもそうじゃないかなって思ってたのよ」


 おつまみのチーズを口にしながら、シャーリーさんが大きく頷く。「で、どうなの?」とわたしの口元にもチーズを寄せてくるものだから、それにぱくりと齧りついた。


「まぁ、そう……うん、恋人、だよね?」

「オレとしてはもっとはっきり言って欲しいんだけどな」


 言葉にするのが恥ずかしくて、ラルへと目を向ける。ラルは青藍の瞳を優しく細めて笑ってくれた。


「……善処します」


 ああ、まただ。

 自分の気持ちを認めてから、ラルが今まで以上に格好良く見えて仕方がない。今もそうで、顔が赤くなる事を自覚していたら、ライノが呻くような声をあげた。


「うぅ……いちゃついてんじゃねぇ……。俺のアヤオが……」


 涙目でエールを呷っているその姿は何とも物悲しいけれど、わたしはライノのものじゃないぞ。


「ライノさんはいつからアヤオの事が好きだったの?」

「お、聞きたいか? 俺とアヤオの恋物語を」

「わたしとライノの間には物語に出来るような事は一切ないでしょ」


 わたしの言葉を聞いているのかいないのか、ライノは上機嫌で話し始める。何を言っても無駄だと思ったわたしは、諦めてタルトを食べる事に専念をした。


「出会いはアヤオがこの街に来た時……もう一年になるか? 寒くなってきた頃だったな。俺達が依頼を終えてギルドに戻ってきた時、冒険者登録をしているアヤオと出会ったんだ。……アヤオは可愛くて、まるで雷に打たれたみたいに俺の体は震えて、痺れて動けなくなったんだ」

「あんたあの時、麻痺の状態異常に掛かってたじゃない。痺れて動けなかったのはそのせいでしょ」


 うっとりと言葉を紡いでいくライノに対して、シャーリーさんは呆れたように突っ込みを入れる。

 そうだそうだ、麻痺はわたしのせいじゃないぞ。


「麻痺はそうだったかもしんねぇが、俺はあの時、アヤオに一目惚れしたんだよ」


 うんうんと一人でライノは一人で頷いている。聞いたのはラルなのに、あまり興味を引かれなかったのか、ラルは黙々とモンブランを食べ進めていた。


 いったいこの空間は何なんだろう。

 漏れそうになる溜息を紅茶と一緒に飲み干したのに、ふぅとやっぱり溜息が出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る