30.王都へ向かう為の依頼
吹き抜ける風が、日に日に冷たさを増していくようだ。
花壇で咲く釣鐘型の藍色の花がふるりと風に揺らされている。
「今日は特に寒いねぇ」
「うん……今年は冬になるのが早いかも。ラルは寒いのは平気?」
「オレは元々北の方に住んでいたからねぇ」
賑わう馬車着き場の端っこに、わたしとラルは並んで立っている。
老若男女、人種も問わず。到着する乗り合い馬車を待つ人達の表情は朗らかだ。
わたし達も乗り合い馬車を待っている。目的地は王都――ギルドマスター直々の依頼を受けている。といっても、その依頼の詳細はタパスさんから受けたのだけど。相変わらずギルドマスターは飛び回っていて、今はデルメルン大森林の封印を見ているらしい。
その依頼とは、王都のギルドマスターへお届けものをするというもの。難しくもないし、別にわたし達じゃなくてもいい。転移座標を計算してそれに見合うだけの魔力もあれば、そこに瞬間移動する事の出来る魔導師だっている。噂ではギルドマスターはその魔法を習得しているとも聞くし……。
だからこれは、王都にわたし達を向かわせる為だけの依頼。ギルドからの配慮なのだと分かっている。
あの数日後に、またタパスさんから呼び出しを受けたわたし達は、里で見つかった遺体が王都の共同墓地に埋葬されていると聞いた。そこを管理している教会では、亡くなった人達の顔も絵に描かれて保管されていると。いつか身元を確認出来るようにと。
その話を聞いてからの、この依頼だ。
薬草類も今のところ足りているから、ゆっくり王都を見てきたらいい……なんて、旅行扱いじゃないか。だから依頼をさくっと終わらせたら、すぐに教会に行くつもりだ。
ラルにとって辛い思いをする事になるけれど……それでも、お墓参りはした方がいいと思ったから。ラルもそれに同意してくれた。名前もないであろう墓石に、生きていた証を刻んであげたいと。
わたし達が拠点にしているこの街ぺルレアルから王都までは、馬車を乗り継いで四日ほど掛かる。途中にある街や村で宿泊して、朝になればまた馬車に乗る事を繰り返す。わたしがこの街に来た時もそうだった。
ギルドからの依頼とはいえ、魔獣討伐でも採取でもない。だからわたしはいつもの仕事着ではなくて、くすみピンクの薄いニットに膝下丈のラップスカートを合わせた。足元は少しごつめのショートブーツ。靴底厚めが、この世界では流行っている。それだけだと寒いから、カーディガンも羽織っている。
ラルは黒の細身パンツに白シャツ、立てた襟が特徴的なグレーのケーブル編みカーディガン。いつもはうなじで束ねているだけの髪を、今日はわたしが三つ編みにして背中に垂らしている。
ただでさえ長身でいけめんなラルがそんな格好をしていると、やはり目立つ。馬車を待つ女性陣の視線がちらちらと向けられているのに、ラルは全く気にする素振りを見せない。
いつもならそんなラルと周囲を観察したりするわたしだけれど……今日はそんな気持ちにもなれなくて憂鬱さから溜息が零れた。
「……調子悪い?」
「ん? ああ、ごめんね。全然元気……今は――っ」
ラルが心配そうにわたしの顔を覗き込む。わたしが首を横に振った時、強い風が吹いた。思わず身を縮こまらせるも、すぐに風を感じなくなる。見ればラルが風上に立って、風を避けてくれているようだ。
「大丈夫だよ。それじゃラルが寒いから」
「オレは寒さに強いからねぇ」
気にするなとばかりに笑みを向けられ、有難く甘える事にした。
「今はって事は……この後、調子が悪くなりそう?」
「うーん……わたし、馬車酔いするんだよね」
わたしの憂鬱の原因、それが馬車酔いだった。
「地竜は揺れが少ないから平気なんだけど、乗り合い馬車ってすっごく揺れるんだよ。お薬は用意してきているんだけど、酷い馬車に当たっちゃうとそれでも酔うんだよね」
馬車は馭者によって乗り心地が全く異なる事を、わたしはこの世界で初めて知った。いや、馬車自体が初めてなんだけど……王都からペルレアルに向かう馬車で、こんなにも差があるのかと驚いたくらいだ。
もちろん地方の道路が王都ほど整備されていないという事もあるんだけど。
それでも王都、それから近郊を走る馬車は改良がされているらしくて、揺れが少なくなったそうだ。地方にその技術が回ってくるのは、まだ先の話になるだろう。
わたしの話を聞いたラルは、何かを考えているかのように黙り込んだ。
地面が揺れる感覚。土煙。
そちらを見ると馬車が到着したようだった。座席が用意されているわけではなく、空いた場所に詰めるようにして乗るタイプ。日本の満員電車を思い出して少しげんなりしてしまう。
この街が目的地の人が、馬車を降りる。それを待ってから、次の町行きの人達が乗る。そう、わたし達もだ。
「行こっか」
足を踏み出そうとするも、ラルに腕を引かれてしまって立ち止まった。
「ラル?」
「高いところは平気?」
「え、平気だけど……馬車行っちゃうよ」
ラルはにっこり笑ったままで、動こうとしない。
「兄さん方、乗らないのか?」
皆もう乗り込んでしまって、残っているのはわたし達だけだ。乗車料金を受けとる馭者がわたし達に声を掛ける。
「用事を思い出して。悪いけどやめておくよ」
「おう」
忘れ物でもしたんだろうか。急がないとは確かに言われているけれど……。
わたしの疑問も置いていくように、馬車は走り去ってしまう。あー……行っちゃった。明日にするのかな。
「ごめんね。でもアヤオが馬車酔いするのは嫌だし」
「でも乗らないと王都に行けないよ。お薬を飲んだら大丈夫かもだし、ちょっと王都まで歩いていくのはしんどいなぁ」
「オレに任せて」
そう言うとラルはわたしの手を引いて歩き出す。このまま歩けば街を出て、ラザフ平原の方に向かうけど……。ラルの中ではもう決まっている事らしく、その足取りに迷いはない。
「それに、ちょっと人が多すぎて。あんなにぎゅうぎゅう詰めの馬車にアヤオを乗せるのはちょっとね」
「確かに今日は人が多かったかもだけど……?」
「わざとじゃなくても、アヤオに誰かが触れるかもしれない。それが嫌だって思っちゃった」
「え、と……」
それは過保護の一環なのか、それともヤキモチ的なアレなのか。上手く言葉を返せないでいると、ラルが低く笑う。
ちょいちょいこういうのをぶっこんでくるものだから、わたしの心臓はだいぶ参っていると思う。
人の気も知らないで、ラルは繋ぐ手を上機嫌に揺らしていた。
辿り着いたのはラザフ平原の側に広がる小さな森。
木々は少し葉を落としてしまったようだ。残る葉も端から色を変えている。緑と黄色が入り交じる木漏れ日の中、葉擦れが耳を擽っていく。
「ちょっと待ってね」
わたしの手を離したラルが目を閉じる。ラルの魔力が高まっていくのが、わたしにも感じられた。森で休んでいた小鳥達が一斉に飛び立つ程の圧倒的な存在感。
ラルの足元から渦を巻いた魔力が、本流となって光の柱を形作る。それにラルが包まれて――光が弾けた。
そこにいたのは、白と黒、灰色の羽を持つ一羽の鷲。見上げる程に大きなその鷲は、青と紫が混ざった優しい瞳の色をしていた。
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