本編

第7話 普通の女の子になりたくて

 登校を終えて教室にたどり着いた私たち三人は、今朝の話題で持ちきりだった。


「いや~、朝からすごかったね。男の人にビッチなんて言われたの初めてだよ~。それに……あの人、たぶんすごく強い人だよね?」

「笑い事ではありませんよ、シャイニ! 確かに何者か気になりましたが……でも、あの発言は看過できません!」

「そうよ! あの男……今度会ったらとっちめてやるんだから!」


 いや~、本当に今朝は衝撃的だったよぉ。通学途中で出会った人にいきなり「ビッチ」なんて呼ばれちゃうんだもん。

 まぁ、ちょっとおのぼりさんみたいな人だったから、ああいう人には親切にしないといけないのに笑っちゃったこっちが悪いんだけどね。

 でも、実年齢=彼氏いない歴の私にヒドイと思うし!


「本当に失礼な方でした。常に清廉潔白質実剛健を意識し、規律と規則を重んじる学生である我々にいわれのない中傷……いえ、先に笑ったのは私たちではありますが……それでも、思い出しても腹立たしいです」


 今朝のことが衝撃的だったのは私だけじゃない。

 幼馴染のアネストちゃんは未だにプンプンしてる。

 スレンダーでまっすぐできれいな青い髪で、何よりもカワイイ美人。

 私が男の子だったら絶対彼女にしたい……と思う反面、昔っから真面目というか堅物というか、それで昔からよく怒られてるのもあるけど……あっ、でもでもちょっ恥ずかしがり屋なところもまたギャップでそそられるというか……



「でもさ~、ビッチか~……私たち彼氏もいないのに……あれ? でも、そういう風に見えるぐらい私たちって大人びたセクシーってことかな?」


「何を満更でもなさそうな顔をしているのです! いいですか、シャイニ。私たちはいずれ世界を救う勇者となるべく、そして何よりもお父様やお母様たちの顔に泥を塗らぬよう、常に周囲を意識して生きねばなりませぬ。公衆の面前で、び、ビッ……ビッ……あ、あのようなことを言われてヘラヘラしていてはなりません!」


「どひー、言うんじゃなかった~」



 あ~、また始まった……っていうか、私が何で怒られるの~? ほんと、アネストちゃんは小さい頃からお父さんたち勇者の子供としてどうのこうのっていうところがあるな~。

 でも……


「ふふん……アネストちゃんや。実は今日私はこういうものを持っておりまして……」

「なんです? ん? その本は……俺のモノは新妻の尻を貫く……ッ!!??」

「お父さんのベッドの下から拝借してきたのだ~」

「な、なななな、なん、お、お下品です! こ、こんな、こんな裸にエプロンで、う、後ろから胸を、あ、あァ、愛する殿方に蹂躙され……わ、す、炊事場でこのような、あ、ダメです! まだ火が……あぁ、わ、私も結婚すればこのようなことを愛する夫に……はっ!?」

 

 私にはこれがある。勇者だけどスケベなお父さんの秘蔵エッチ本。

 本当はエッチなことに興味津々なアネストちゃんには入手できないもの。しかも、今日のはアネストちゃんドストライクの新妻モノ!


「ちょっと、アネスト! あんた、教室で何をガン見してんのよ! 皆に見られるわよ!? それじゃァ、今朝のあの男が言ってた通りじゃない!」

「は、い、いえ、私は……っ、シャイニーッ!」

「にひひひ、いいじゃ~ん。貸してあげるから怒んないでよ。本当は勇者じゃなくて、お嫁さんに憧れるアネストちゃん♪」

「うぅ……卑怯ですぅ……」

 

 ああ、かわいいよ~。私が男の子だったら絶対にお嫁さんにしてたね。

 勇者より、お嫁さんに憧れる私の可愛い幼馴染、アネストちゃん。


「でも、今朝のあいつは許せないわ。今朝はビックリして言葉を失って呆然としちゃったけど、次に会ったらタダじゃ置かないわ! 何だったら、パパに言いつけて酷いことしてやるんだから!」


 そして私のもう一人の幼馴染でもある、ディヴィアスちゃん。

 私はいつもディーちゃんって呼んでる、パパ大好きな女の子。

 肩口で切られたピンク色の髪が超キュート。ただ、かわいいけどちょっとツリ目でいつも睨んでいるから、仲のいい人以外は近寄りがたいところがあるかも。

 でも、クラスの男の子とかは遠目から眺めて憧れているのがよく分かる。まっ、ディーちゃん本人はお父さん以外の男の人に興味ないんだけどね、昔から……勿体ない……二人とも、ちょっとかわいく色目使えばモテモテになるのに、っていうか私が抱きしめたい!



「ディー、いつもいつもお父様たちの威光で大きな態度を取ってはなりませんよ? 『聖勇者たち』と呼ばれしお父様たちの血を引く私たちは、その威光を着るのではなく、その血に恥じぬよう常に己を高め―――—」


「あ~、もう煩いわね。いいじゃない、別に。私たちは女よ? 勇者なんてパパたちの仕事。私は将来ケーキ屋になりたいの! パパの言いつけで仕方なく魔法学校には入ったけど、私は将来帝国兵になる気なんてこれっぽっちも無いんだから!」


「またあなたはそうやって……今の世界情勢を、そして私たちの立場を理解していないからそんなこと言えるのです!」


「あんただって、平和な世の中になればお嫁さんになって、子供いっぱい欲しいとか言ってたじゃない!」


「い、いっぱいなんて言ってません! 最低、娘と息子一人ずつです! 娘とは、姉妹と間違われるように仲良く、そして息子はちょっとやんちゃでも根性があって、そして少し大きくなったらベッドの下に隠している艶本を母親である私が見つけ、そこで――」


「はいはい、そこまで聞いてないわよ」


 

 そう、笑えば二人ともかわいいのに、二人とも目をギロリとさせてこうやってツンツンぶつかり合ってばかり。子供のころからずっとそう。まぁ、喧嘩するほどなんとやらではあるんだけど……


「シャイニ、あなたも分かっているのですか?」

「シャイニも私の気持ちわかるでしょ?」

「うぇ!?」


 そして急に振られる……とは言っても、アネストちゃんには悪いけど……


「いや~、私も将来はサーカス団に入って、みんなを喜ばせた――——」

「シャイニーっ! あなたは代々受け継がれた勇者の才能を何だと思っているのですか!?」

「なんでよー、サーカス団はすごいんだよ!? 見たら誰もが絶対に最高の笑顔になるんだよ!?」


 そう、私も正直勇者とか帝国兵とかになる気はない。アネストちゃんにもお父さんたちには悪いけど、戦争だとか魔界だとか関係ない。

 一度きりの人生だもの。

 自分のやりたいことをやりたい。なりたい自分になりたい。

 だから、子供のころお父さんに連れて行ってもらってから憧れたものをいつまでも……



「まったく……何でこうなのでしょう? そんなことですから、今の私たちの世代は『歴代最低』とか『谷間の世代』と呼ばれているのですよ!」


「「うっ…………」」


 

 そう。現在私たち三人の他、魔法学校に一つ上の代に二人と、私たち勇者の子供が五人いる……まぁ、正確には『娘』なんだけどね。

 そして、私たちは陰では『歴代最低』とか『谷間の世代』なんて呼ばれてる。

 私やディーちゃんのように勇者になる気が無かったり、そもそも飛びぬけた超天才とかいるわけでもない。

 それなのに、これからの世代を率いて魔王軍と戦えって言われても困るし……



「おい、大変だぞー! 今日、闘技場で帝国兵入団試験と一緒に、魔法学校編入試験が行われたんだけど……スゲーのが現れたってよ!」


「「「?」」」



 そのとき、クラスの男の子が血相を変えて教室に飛び込んできた。

 編入試験? へぇ、今日ってそんなのやってたんだ……


「試験内容で、あのナイフ奪い合戦が行われたんだけど……」


 ナイフ奪い合戦? ああ……思い出した……


「アレか~、懐かしいね。私たちもやったよね」

「ええ……チームワークを見るための試験。限られた本数のナイフを試験者たちが早い者勝ちで奪い合う……と見せて、己の利害に関係なく仲間たちと協力し合って任務を達成しようとする、チームワークや心意気を図るテストでしたね」

「まっ、そもそも学生の私たちが帝国兵相手に一対一でナイフを奪えるわけないんだから、よくよく考えれば分かる試験だったんだけどね」


 私たちも同じことをして、すごい大変な試験だったんだけど……



「なんか、4人の試験官相手に1人の受験生が全員分のナイフを1人で奪っちまったんだってよ!! それで編入試験の合格者はたった1人になったとか……」


「「「……はい?」」」








――あとがき――

前話までがプロローグで、本話より本編のスタートです。


これは視点が変わったということではなく、そもそもこの物語の主人公は王子ではなく、王子の本性や素性を知らずに、色々と勘違いしたまま彼と関わる、勇者の娘たちです。


また、本作は第六回カクヨムコン参加しております。

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