第7話 インストール

 さて、下僕1号の活躍で、プレリリースは順調に進んだ。自慢げな子供に連れられてきた行商人が、霊子レイスと銀貨の交換で10%の利益が得られるのを目の当たりにすると、目をむいて驚いた。


 次の日には、売り上げの全てを霊子に交換して、商品を買い漁り隣街で転売して儲けるというのを繰り返してた一財産を作ったらしい。なんでも、隣町は「青い災害」に遭い、食料、その他の物資が不足していたので何でも飛ぶように売れたらしい。


(男の話を聞いていて、何で、そういう儲け話に乗れないのかと俺は、身の不幸を呪ったが、まあいい。金の流れが出来てしまえばこっちのものだ。いつか大きく儲けてやる。)

 

 最初は、子供相手のお菓子屋でしか流通させていなかったが、突貫工事で完成させたスーパーマーケットの入り口近くの目立つところに交換所を設け、日用品、生鮮食品、農具、武器に至るまで販売するようになってからは飛躍的に霊子への交換希望者が増えた。


 しかし、対面販売で霊子と銀貨の交換するのも面倒だな。売り子は下僕1号さんの使い魔がいるから何とかなるけど、いちいち俺が詐欺スキャムスキルで説明するのが地味に面倒で辛い。




 こういう技術面のフォローはあの人?、ネコさんに連絡だ。


「ああ、めんどくさいですヨ。マスタの言いつけだからやりますけどね。やっぱ、ネックは竜様のスキルは、その場に居て相手と話さないとダメな点ですよね。でも、それじゃ何時まで経っても流行させられませんねぇ」


 俺のベッドの上で背を伸ばしながら、シャム猫のネコさんはマットを1ミリも沈ませない。俺の膝の上の黒い駄ネコは重いのに、軽いよなネコさんは。


 俺のスキル、詐欺スキャムは、相手の脳に直接働き掛けているんだと思う。多分だが熟練度が上がれば、離れていても俺の術中にハマると思うが、今は俺の熟練度が低いためか、相手に話が届かないと効果がないようだ。

 


「ご主人、なんか失礼なこと考えてるけど。あっちは幻影なんだから重さなんか無くて当たり前、それと比べても意味無いにゃー」

「ま、それは置いといて。なんとかなるでしょう。サンプルが必要ですね、下僕一号に頼みますか。癪だけど、私には実体がないから」





--- 数日前の何処かの国の名を失った町 ---


 うわー、助けてくれ! お、俺たちが何をしたんだ?

 こ、この子だけは、お助けを!

 み、水色の悪魔!!


「うるさい、邪魔!」


 流れる水の様な模様の不思議なドレスを着た少女は、右手を無造作に振ると、古めかしい町全体を氷漬けにした。


 氷漬けを免れた、老若男女は凄まじい冷気と信じられない暴挙に皆、気を失って倒れた。


 水色のドレスの少女は、面倒臭そうに銀色のアタッシュケースに倒れた十人ほどの人間を詰め込むと、一言「任務完了」と残して館へ転移した。





 俺が、ネコさんに相談してから十日程たった昼過ぎに俺は実験場にいた。


「では、この液体に向かって、例の仮想通貨でしたっけ霊子の話をしてください。いつものあの、たぶらかす力を使って下さいね。真剣にお願いしますよ、何回もやり直すのはめんどくさいんですから、まったくもう」


 俺は、ネコさんにきつめに睨まれながら、水晶かガラス製の試験管に入った液体に話を聞かせるといった奇妙な体験をさせてもらった。


「はい、結構ですよ、では暫くお待ちください」


 ネコさんは、試験管を咥えると奥の方に走っていった。俺は、シャム猫が試験管を咥えているというシュールな姿を見送って、やはり猫が咥えるのは魚だよな。暫くとりとめのないことを考えていた。

 ネコさんが十名ほどの男女を連れて戻ってきた。


「はい、では皆さん。『アカウント・オープン』と心の中で唱えて下さい。ちゃんと自分の口座アカウントに、二二0霊子ありますか?」

「はい」


 全員が、答えた。


「じゃあ、そこのあなた。このリンゴは、一00霊子で売ってあげます。代金を私にください」

「え、今リンゴ欲しくな、いえ、滅相も、えーと一00霊子で買わせて下さい、お願いします」

 ネコさんの青い瞳が細められ、怒気が俺にまで伝わった。

 

「わかりました、はい。このリンゴはあなたの物よ」


 村娘は、怯えながらリンゴを受け取り口座の残高が一二0霊子に減ってしまったことをとても残念に思っていた。


「いいわ、実験は成功ね。お祝いに一00霊子、あなたにあげるわ」

「あ、ありがとう」


 村娘は猫のように機嫌の変わるネコさんに翻弄されながら、口座残高が皆と同じになったことをとても喜んていた。


「で、ネコさん。どうやったんだい」

「技術的な詳細をお話しすると多分一か月は掛かると思いますので、それ程暇じゃないので手短に話しますけど、あのサンプルには特殊なウィルスを感染させてある種の幻覚を見えるようにしました。

 これによって、彼らは固有の口座を持ち仮想通貨の取引という幻想をあたかも現実の様に知覚することが可能になりました」


「え、ウィルスって感染しても問題ないのか?」

「ええ、もちろん。ただし、彼らは生涯仮想通貨という幻想を見続けます。そして、接触した人たちはもちろんのこと、未来永劫その子孫にもこの形質は遺伝します」


 俺は、凄くとんでもないことをしでかしたような妙な気分になりながら。まあ、目的のために手段を選んでいる贅沢は俺には無いことを思い出して、無理やり納得した。


「ふう、いろいろお世話になったよ、ネコさん」

「まあ、課題の多い結構やりがいのある研究でしたから貸しは無しでいいですよ。どうしても返したければ少しの間、実験体として付き合ってくださいな。

 いつでも、待ってますからね」


 こうして、この世界の住人は簡単に仮想通貨の取引ができるようになった。

 うーん、俺にも心理的な借りを強制的に作らせるとはネコさんを敵に回したくないな。 

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