第54話 柳一家

※54話と55話の二話更新です。可能であれば、近日中にあと1話更新できるかもしれません。


 翌日に再び長い馬車での帰路が待ち受けている、海辺の町での最終日は小さな晩餐が行われる予定になっていた。

 僕は雲嵐に手伝ってもらって盛装し、会場へと向かった。

 昨夜は主上が明け方近くまで寝かせてくれなかったので午前中は寝不足と全身の怠さで辛かったけれど、今日一日のんびりさせてもらったおかげで、夕方には体調はすっかり回復していた。

 僕がこの離宮で参加する最初で最後の晩餐会は、会とは名ばかりの本当にこじんまりとしたものだそうで、主上が招いたお客人もかしこまるような相手ではないのだそうだ。詳細は聞かされていないが、主上の懇意にしている一家で、今日招待されいるのはたったの四人だけだという。それに、使用される予定の食堂も、滞在している離宮のいくつかある中で最も小さい部屋に決まっているとか。

 僕はそれを聞いてほっと胸を撫でおろした。

 なにしろ僕が参加したことがある公式の催しは、後にも先にも新年の宴のときだけだった。主上が僕を人前に連れ出すのは今回がたったの二回目だ。畏まる必要のない相手だと言われても、やはり緊張してしまう。ただ、心構えという意味ではやはり幾ばくかは気が楽なのは事実で。

 雲嵐に支度を手伝ってもらい、侠舜からもお墨付きをもらって、粗相のないようにと念じながら雲嵐に連れられて食堂へ向かった。

 入室すると真っ先に目に飛び込んできたのは部屋の瀟洒な作りだった。この国のお金持ちは基本豪華絢爛を良しとする。主上の執務室や私室は実務的な作りだけれど、謁見の間や食堂、宴会場など人の出入りのあるところは金銀玉で飾り立てられ、ただの廊下でさえ装飾過多の彫刻で埋め尽くされている。

 それに比べるとこの部屋は随分すっきりとしていて、けれど目に見える以上にお金がかかっているのだろうと思わせる内装だった。彫刻や絵に描かれている動植物が、見たことのないものばかりで、どこか異国を思わせる。

 部屋の中央にはこういう席には当たり前の長い卓ではなく、大きな円卓が置かれていた。円卓は上座が明確ではないので、特別な理由が無い限り公式な場ではあまり好まれなかったはずだ。ということは、本当に内輪だけの集まりだということか。

 そんなことを思いながら部屋をぐるりを見回すと、大きな食卓の側にはすでに客人たちはが到着しており、四人全員が並んで立っているのが目に入った。あ、と思うと同時に、彼らが僕の視線に合わせて一斉に礼を取った。僕の入室に合わせて立ち上がっていたらしい。椅子は一度着席した様子が見られた。

 僕はぎょっとしてしまって、慌てて表情を取り繕いながらなんとかお楽にしてくださいと声をかけ、雲嵐に促されるままに席に座る。客人がみな僕の着席に合わせて静かに腰かける。うわぁ、気まずい。

 僕は早鐘を打つ鼓動をなだめながら、曖昧に微笑んだ表情を取り繕って静かに主上の登場を待つ。

 よくよく考えたら主上が来るのと同じ扉から入ってくる人物がいたら、招待された側が気を遣うというか、礼を取るのは当たり前のことだったと思い至る。粗相をしないようにと考えていたくせにのんきに入室した自分を𠮟りつけたい。彼らからしたら僕がただの平民だなどと知りようもないのだから、必要以上にかしこまるのは当然のことだった。

 部屋の様子を呆けて眺めている様をしっかり見られてしまったことに、頭を抱えてしまいたくなるがぐっと堪える。

 徐々に落ち着き余裕が生まれてきたところで、不躾にならないようにそっと客人たちを伺う。僕は彼らがどういった地位にある人たちなのか全く知らされていなかった。

 そういえば主上が前知識のないまま会うほうが良いというようなことを言っていたなと思い出す。どんな人たちなんだろうとちょっと視線を向けると、向こうも僕が誰なのかを伺っている様子で、僕は慌てて再度曖昧に微笑んで、不自然に見えなていなければいいと思いながら視線を前に戻す。考えることは同じだ。


 実際にはそれほどたってはいないのだろうけれど、僕にとっては永遠とも思える時間が経って、主上がゆったりとした足取りで入室してきた。

 僕を含め着席していた者はみな一斉に立ち上がり頭を下げる。主上が鷹揚に声を掛け、許しを得て僕らは顔を上げた。

 主上は昨夜の疲れなど少しも感じさせない、むしろいつも以上に活気に満ちた顔付きで立っていた。お召し物も、質の良さは言うに及ばず、落ち着いた色合いの上下を身にまとい、それがよく似合っている。もしかしたらこの部屋の雰囲気に合わせたのかもしれないとふと思った。

 涼し気な紺の上下は僕の淡い青の上下と色味が同じだなぁとみていると、目立つわけではないが、それでもはっきりと、糸や布地の質感がそうさせるのだろう、光の当たり具合によって淡く流水文様とその周りの小花が浮かび上がるのが分かった。さらには上衣には背中から前見頃にまで銀糸で刺繍が施されているのがわかる。あれは、鳳凰、いや夏だから朱雀かもしれない。幾枚もの広げられた羽のように見える。

 これは……。つい自分の着ているものに視線を落としてしまった。薄青い布地に白く流水文様と特徴的な葉を持つ梅鉢草の小花が染め抜かれていて、首周りから両方の肩口にかけて朱雀文様の刺繍が入れられている。

 つい二度三度とお互いの間で僕が視線を行き来させると、その様子がおかしかったのか、主上がこちらを見てくつくつと小さく声に出して笑った。悪戯が成功した子供のような顔だった。そんな主上を見て客人たちが驚愕の表情を浮かべるのが視界の端に見えた。

 ひとしきり主上が笑った後、僕を彼らに紹介してくれた。

「祥賢英だ。私の宮で持て成している客人だと思ってくれ。身分はないが、私が手元に置いているということを承知の上で接してほしい」

 主上が開口一番、そう伝えると四人の僕を見る目が僅かに変わったように見えた。気のせいかもしれないけれど、そのうちの一人の女性が何かに気付いたように目を見開くと、扇で口元を隠しながら何事かを隣の男に囁くのが見えた。

「賢英。私が懇意にしている柳家の者たちだ。主に海路を利用した交易を受け持っている。先日完成したばかりの船の管理もしている。信頼できる者たちで、今後お前も世話になる。顔を覚えておけ」

 そんなことを言われるとは想像していなかった。そんな驚きが表情に現れないように気をつけながら客人たちの方に向き直る。意識して笑顔を作った。

「主上より紹介に与りました祥賢英と申します。私よりも主上とのお付き合いの長い皆さまとこうしてお話をする機会を得られたこと、とても嬉しく思います。短い時間ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 そう言って僕が頭を下げると、家長と思われる大柄の男が力強く一礼して挨拶を返すために一歩前へ出る。真っ黒に日焼けした精悍な顔にがっしりとした体つきの壮齢の男性で、窮屈そうにその厚い体を服の中に押し込めているような人物だった。

「お初にお目にかかります。家長の柳海燕と申します。主上より恐れ多くも過分な評価をいただくだけでなく、海上交易という重要な役を任せていただくという栄を賜っております。どうぞよろしくお願いいたします」

 厳つくて怖そうな見た目通り大きく硬質な声だった。それに続けて左隣に立つ、ともすれば冷たい印象を与える釣り目がちの浅黒い男が挨拶をする。

「海燕が長男柳芳晋と申します。本日は私の妻も出席を望んでおりましたが、身重のためどうしてもこちらへ参上することが叶わず、私だけの出席となりました。今夜はお会いできて光栄に存じます。どうぞお見知りおきください」

 僕を微笑みながらもじっと観察するような目が一礼とともに伏せられ、再び顔が持ち上げられたときには無味乾燥な笑顔が張り付いているだけだった。

 さらに隣に立つ男女が後に続く。

「正尚と申します。私の出身は、東の海に浮かぶ葦原の国のため、このような場での言葉遣いに疎いところがございます。失礼なことを申し上げることがございましたら、どうかご容赦のほどお願い申し上げます」

 淀みない言葉がその口から紡がれるが、異国訛りが言葉の端々に覗いている。

「こちらこそ失礼な申しようがあるかもしれません。お互い様ということでどうぞ気兼ねなくお話いただけますと幸いです。ところで、正尚さまは葦原の国のご出身なのですね。私は不勉強故正尚さまのお国のこともお恥ずかしいことですが、あまり存じ上げません。その上外国の方と直接お会いしたこともございませんので、今夜こうしてご一緒することができてとても嬉しく思います。貴方の国の話などお聞かせていただけましたら嬉しく思います」

「勿論です」

 そう言って優雅に一礼する。流れるような所作が僕なんか比べ物にならないくらいに洗練されている。

「正尚の妻の柳喜媚と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそこのように美しい方と知り合うことができて光栄に存じます。今夜はどうぞよろしくお願いいたします」


 挨拶が終わったのを確認した主上が着席を促すと、給仕係の者たちが入室してきて食前酒を用意し始める。それが各人に行き渡ると、主上が会の始まりの挨拶をする。

「今日は格式ばった席ではない。無礼講だと思って寛いでくれて問題はない。みな明日からまた忙しくなる。数日後には船出も控えている。今はゆるりと寛いで、これまでの疲れを癒して、再び明日から頑張って欲しい」

 そう主上が仰って席に着き杯を持ち上げるのに合わせて僕らも目の前の杯を持ち上げる。主催者が一口飲み、続けて僕らも杯を煽った。久しぶりのお酒はやっぱり美味しくなかった。

 それを見て侠舜が隣室へと合図を送る。すぐに数々の料理が運ばれてきた。卓の上に次から次へと皿が並べられる。気づくと、主上が海燕と芳晋を自分の側に呼び寄せ、酒を酌み交わしている。

 あ、本当に無礼講なんだ。

 主上には侠舜、僕には雲嵐、そしてお客人方には一人ずつ給仕がついて、それぞれ好きに料理を取り分けてもらう形式のようだった。

「こちらよろしいかしら」

 声のした方へ顔を向けると柳喜媚とその夫の正尚だった。緊張から客人をじっくり見ることができていなかったけれど、こうしてすぐそばにいるとわかる。茉莉さまより少し年上だろうか。あの方とは全く違う種類の美人だった。

 この国の平均的な女性よりも背が高く、細長い四肢を優雅に折り曲げて挨拶する。切れ長の目元が涼し気で美しい。意志の強そうな口元と赤い唇が、その目つきと相まってきつい印象を与えるけれど、声は愛らしく、浮かべた笑みはいやらしさが少しもなくて、とてもやさしそうに見えた。

「ええ、どうぞ」

 僕は鼓動が早くなるのを感じながらなんとかそれだけ言うことができた。優雅な所作で柳喜媚が席に着くと、かすかに上品な香りが鼻をかすめて、変に意識してしまう。

「賢英さま。私もご相伴に与ってもよろしいでしょうか?」

 柳喜枇の隣に立つ正尚さまも許可を求める。僕は一瞬呆けてしまったと思う。正尚さまのあまりにも貴公子然とした立ち居振る舞いと異国風の顔だちに魅入ってしまった。

 背は侠舜と同じくらいだろうか。服の上からでも想像できるよく筋肉のついた肢体を隙なく操って挨拶をする。間近に見た顔は控えめに言っても高貴な美しさがあった。表情だろうか?主上と似ていると思った。強い光を放つ双眸と優し気な口元が異国風の整った面立ちも相まって、とても印象的な偉丈夫だった。

「賢英さま?」

「あ、はい。どうぞ、おかけ下さい」

 僕は知らず不躾に見つめていたようで、慌てて取り繕うように着席を促した。恥ずかしい。柳喜媚が僕の隣に優雅に着席し、彼女の着席を手伝った正尚が遅れてその隣に座った。各々が給仕係に飲み物や食べたいものを頼む。僕はお酒はもう十分なので、お茶を雲嵐に頼んだ。

 ふと、視線に気づいて横を向くと主上が僕を見ていた。僕が、大丈夫です、お客様のもてなしは任せて下さいという意味で微笑むと、困惑した顔をされた。

「やだわ。主上ったら。なにもあんな風に見つめなくても良いのに。心が狭いと思われてしまうわよね。臣下としてはもう少し主上には大きく構えていて欲しいものですけれど」

 くすくすと笑い含みに柳喜枇が小声で話しかけてきた。

「賢英さまもそう思いません?」

 僕の反応を確かめるように僕の顔を覗き込んでいるように見える。

「ど、どうでしょうか。わかりません」

「今まであんな風に誰かを気にする様子を見たことはないわ。あなただからなのかしら?」

 意味ありげに僕を見ながら囁かれて、僕には何も答えられない。

「喜媚。賢英さまが困っているぞ」

「あら、ちょっと質問してみただけじゃない。御免なさい、少し不躾に過ぎたみたい。当て擦る意図はなかったの。ただ純粋に不思議だと思って。本当に御免なさいね」

 そう言って柳喜媚が運ばれてきた杯に手を伸ばす。釣られて僕もお茶を飲む。離れた席では主上と海燕たちが何やら仕事の話をしているらしい。

「それにしても賢英さまのお召し物とても素敵ですわね。夏らしくて。ご趣味がよろしいわ。どちらで仕立てられたのかしら」

「これはその、私が用意したものではないのです。私はお恥ずかしい話ですがそういったものに疎いもので」

「ご実家から?腕の良い職人を抱えていらっしゃるのね。そのような立派な仕立て屋と懇意にしているようなご実家だというのに、私世間が狭いもので、祥という家名はあまり聞いた記憶が無くて……。あなたはご存知?」

「いや、生憎と私も存じ上げないな。過去私たちが商売をさせていただいた顧客の中に、祥という家はいなかったように思うけれど」

「でも確か西のほうと北東部に祥という商家があったはずよ。賢英さまはどちらの家のご出身でございますの?」

「あ、いえ、その。僕の、いえ私の家はそんな大層な家系ではないのです。すみません。お恥ずかしい話ですが、僕の持ち物は全て主上が用意してくださったものですのです。今着ているものも主上の見立てで……」

「まぁそうなの」

 殊更に驚いた風に柳喜媚の目が見開かれる。馬鹿にされるだろうか……。居たたまれなくて目の前の何もない皿を見つめる。

「では、色味や模様がお二方で同じなのは、偶然ではなくて主上の指示なの。素敵ね。本当に」

 思ってもみないことを言われて、訊き間違いかと顔を上げると、心底羨ましそうにこちらを見つめる視線にぶつかった。

「いいわねぇ。私もそんな風に愛されたいわ」

 僕を見ていた柳喜媚が、いいことを思いついたという風に小さく手を打つと隣を振り向く。

「ねぇ正尚。良いことを思いついてしまったわ」

「お揃いの服を誂えるのかい?」

「あら、話が早くて助かるわ」

「これでも君の夫だからね。でも今からではもう時間がないんじゃないかな?もう出来上がりを待っていられる時間は無いよ」

「あぁ残念。良い考えだと思ったのだけれど」

「仕方ないよ。それよりも私は随分お腹が空いてしまった。何か食べよう。賢英さまも」

「何か実現できそうなものはないかしら。後数日しかないなんて、今までさんざん準備を重ねてきたのに、こうして期日が近づいてくると、やりたいことや新しく思いつくことが後から後から出てくるものなのね」

 そう言うと正尚と柳喜媚がせっせと給仕に指示をだして料理を取り分けさせた。そんな仲睦まじい様子を横目に見ながら、何か食べるなら今だろうと雲嵐を見る。すぐにこちらの意図に気付いて近づいてきてくれた。

「何か食べたいものはありますか?」

「今日はお昼も碌々食べていないからお腹が空いてはいるんだけれど、粗相をしたらいけないと思うと、食べる物にも気を遣うよ……」

「それでしたら何か食べやすくてお腹に溜まりそうなものを見繕いますね」

「うん、お願い」

「賢英」

 二人で小声で話をしていると、離れたところから不意に主上から呼ばれた。

「食べているか?これが美味いぞ。お前も食ってみろ」

 そう言いながら自分の前の皿を指す。雲嵐がすぐに小皿に取り分けて僕の前においてくれた。それを一切れ箸で口に運ぶ。あ、おいしい。僕がそれを食べるのを満足そうに見ると、雲嵐に次から次へと料理を運ばせる。

 僕の目の前はあっという間に取り分けた料理の皿でいっぱいになった。それを見て一つ頷くと主上は再び会話に戻った。

「あの、もしかして賢英さまは、後宮で噂になっていた恵風の君ではありませんか?」

 つい夢中になって食べていると、横から再度声が掛けられた。いつの間にか手を止めていた二人が僕を見ている。

「恵風の君、ですか?」

 なんだそれは。

「私、以前は後宮におりましたの。妃の一人として後宮に宮を賜っておりました。昨年末にこの人と結婚するために後宮は出てしまったのですけれど」

「そうなのですか?あ、すみません。知らなかったとはいえ、失礼な振る舞いは無かったでしょうか……?」

「いいのよ。そんなに畏まらないで。もう違うのだから」

「お恥ずかしいことですが全く存じ上げませんでした。なんて美しい方だと……」

 さすがに今は違うとは言え、主上の妃であった方を知らないなんて礼儀以前の問題だ。情け無い。

 そんな僕の落ち込み方がよほど面白かったようで柳喜枇がくすくす笑う。いけない。もっと感情を面に出さないようにしないと。

「やだ、可愛い。そう思いません?ねぇあなた」

「男として、私からの返答は控えさせてもらうよ。喜媚」

「顔をあげて下さいな。ご存じではないのも仕方ありませんわ。さほどくらいの高い妃ではありませんでしたし、殿方は後宮に入れませんもの。それで、私実ざ昨年末に後宮を辞す前に後宮では一人の殿方の噂でもちきりでしたの。あの主上から寵愛を勝ち得た殿方がいるって。みんな暇なのね。狭い世界だから仕方のないことなのだけれど、誰が最初に言い出したのか、恵風の君って呼称されていたの。主上のお心を解かしたから、らしいわ」

 柳喜媚が笑い含みに言う。

「それがあなたなのかしらって、そう思ったの。だって、主上があんな風に振舞われたところを私はほとんどみたことがないのよ。一応妃として、形だけだったけれど、一緒に暮らしていたのに、私はあのような主上を見た記憶がほとんどないわ。どのな手を使いましたの?」

「どんな手と言われましても……」

 よくわからない間に主上に手籠めにされてましたなどと言えない。そんなことよりも美人にまじまじと見つめらていると居心地が良くない。

「こらこら、喜媚」

「だって気になるでしょう?あの後宮の女たちがあらゆる手を使って篭絡しようとしたのに全く靡かなかった主上なのよ!それに恵風の君は全然想像していた人と違うし。知りたいことだらけよ」

「まぁまぁ、落ち着いて。食事の時間なのに、賢英さまはまだほとんど料理を堪能できていないじゃないか。詳しいことは食事が終わってからにしないと失礼だ」

「まぁ、賢英さま。いっぱい食べないと駄目よ。さ、私達には気兼ねなさらないで。賢英さまは少し細くていらっしゃるから心配。昔の正尚みたい。ね?毎日せっせと食べさせて、やっと私好みの体つきに近づいたのよ。本当はもう少しがっしりしてるほうが私好みなのだけれど」

「これでも随分体重が増えたと思っていたのですが、まだまだでしょうか」

「そうねぇ、私好みとは言えないわねぇ。私はもう少しがっしりしている方が頼りがいがあって好きなの」

「お義父さんみたいにかい?」

 そう言ってくすくす笑う。

「そうね。でもさすがにあそこまでをあなたに求めるのは酷だと思ってるわ。私は優しいから」

「それはそれは。ご親切痛み入ります」

「でも、せっかくですもの。ここでいっぱい食べておくのに越したことはないわ。船に乗ってしまったら碌なものはもう食べられないだろうし、向こうについてからも同様なのでしょう?今のうちにおいしいものをいっぱい食べ納めしておかないと」

「それは一理ある」

「賢英さまも、お料理を頂きましょう?私たちばっかり食べるのもなんだか恥ずかしいいわ。向こうはお仕事のお話で盛り上がってるみたいだし、こっちはこっちでどんどん食べないと」

 そう言って二人は次から次へと料理をさらに盛り付ける指示を出す。それを見ている僕の食欲も刺激される。

「あらあなた、これおいしいわ。見た目はこんなに地味なのに」

「見た目は味とあまり関係ないと思うけれど……。あぁ本当だ。あまりしつこくない味付けが僕の好みにぴったりだ。賢英さまもいかがですか?」

「賢英さま、こちらのお料理もおいしいのよ。この辺り特有の料理なので、ぜひ一度食べていただきたいです」

「それでしたら、あそこの料理もおすすめですよ。あまり油ものばかりでは胃がもたれます」

「はい。ありがとうございます。料理と言いますと、正尚さまの国ではどういった料理があるのですか?」

「私の故国にご興味がおありで?」

「はい。勉強不足なもので外国のことはほとんどしりません。知らないから逆にとても興味がそそられます」

「その気持ちはわかります。私どもの国の料理は見た目も重視しますが、なんといってもやはり一番は味です。素材の味を生かすことに重きを置いた食材を生かす料理が多いのです。繊細な味の違いを楽しむ料理と言えるかもしれません。もちろんこちらの料理も、味は素晴らしく見た目も華やかで種類も豊富ではございますが――」

「正尚の話はすごく長いの。心して聞いてね」

 柳喜媚が低い声で困ったような顔で囁いた。



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