第六話
時間は少しだけ遡る。
八十三町の山奥にある国立デュルケーム研究所。その108階。会議場、13評議会。
13評議会とは、二千年前からこの国の歴史を裏で操り続けてきた組織の幹部たち十三人の議会である。
ミサはこの13評議会のひとりだった。
ミサがディス、つまり学を管理しているように、評議会員たちはそれぞれマスカレイドアバターを複数手ごまとして所持していた。
壁一面の巨大なモニターで評議会員たちは、ベルセルクと他のマスカレイドアバターとの戦いの様子を眺めていた。
「アバタージェノサイドキィィィック!」
マスカレイドアバターグラップラーが必殺キックをベルセルクに向かって放った。
しかし、グラップラーは、ザン! という音と共に、ベルセルクの大剣に真っ二つに切り伏せられてしまった。
「グ、グラップラー!」
彼を管理していた評議会員が叫んだ。
続けて、
「アバタージャッジメントパァァンチ!」
マスカレイドアバタークサナギが必殺パンチをベルセルクに向かって放った。
ザザン! とその腕はベルセルクの大剣によって切り落とされた。
「キタムラくん、君のクサナギもやられたね……」
キタムラと呼ばれた評議会員は、
「所詮はひきこもりのニートですから。役には立ちませんよ……」
ため息まじりにそう言った。
「暴走したDTの力、まさかこれほどとは……」
「イズミくん、来るべき約束の日のため、君のDTを故意に暴走させることにより、マスカレイドアバター同士を戦わせ、他のマスカレイドアバターの覚醒を促すという君の計画は、どうやら失敗に終わってしまったようだな」
名を呼ばれたイズミという評議会員の女がベルセルクの管理者だった。
「まだわかりませんわ。ミサのお抱えの子が残っているんですもの」
イズミは言った。
「ディスか……。資料を見る限り、結果は見るまでもないと思うがね」
「しかし、彼は城南大学の加藤教授の息子でもある」
「あぁ、あの知能指数が六〇〇とかいうふざけた天才科学者か」
「ふん、悠久の時を生きながらえてきた我々からすれば、そのような男の存在など児戯に等しい」
「イズミくん、ディスがベルセルクを抑えられなかった場合はわかっているね?」
イズミは「えぇ……」とうなづき、
「せいぜいタイプゼロの出番にならないことを祈ることね」
とつぶやいた。
ベルセルクは学のモラトリアムトリガーの新しい必殺技、ヘルズボルケイノシュートを全身に被弾した。
しかし、一瞬体勢を崩すも、さしてダメージを受けた様子はなく、すばやく距離をつめ大剣で切りかかってきた。
「や、やられる!!」
大剣の直撃を覚悟した学だったが、体が勝手に動き見事攻撃を交わした。
「なんだ? 今、体が勝手に動いた?」
まるで自分の体じゃないみたいだった。
「加藤学、わたしの声が聞こえるかしら?」
ミサの声がした。耳ではなく、頭の中にその声は響いた。
「ミサか? 今のはあんたの仕業か?」
「えぇ、相手は強敵よ。わたしが指示する通りに動いて」
「不思議だ、あんたの声、まるで脳に直接語りかけられているような……」
「マスカレイドアバターであるとき、あなたは物理的にも精神的にもわたしの支配下にあるの」
ミサは言った。
「どういうことだ?」
「あなたをわたしが遠隔操作することも可能ということよ」
「まるで俺はあんたのおもちゃだな」
学は仮面の下で苦笑した。
学は、ベルセルクの間合いを避けるよう距離をとったが、ベルセルクはその隙に手首のない右腕にマシンガンを換装し銃撃してきた。
「おいおい、飛び道具まで持ってるなんて反則だろ」
ベルセルクはマシンガンを撃ちながら間合いをつめてきた。そういえば秋月の描いた絵でもそういう仕組みになっていたことを学は思い出した。
「ミサ! どうすればいい? このままじゃ時間の問題だ」
学は辺りを見回した。ベルセルクに殺された人間や敗れたマスカレイドアバターたちはほとんど、真っ二つに体を切り裂かれていた。自分がそうなるかもしれないと思うとぞっとした。
現実は、テレビのマスカレイドアバターのように敗れても爆発することはない。学がモラトリアムトリガーで殺した人間たちも溶解こそしたが、爆発することはなかった。死体はその場に残り、原子還元処理で組織が始末する。
それが救いかどうかは学にはわからなかったが、両腕を切り落とされたマスカレイドアバターの死体が目に入った。
「ミサ」
学はそのマスカレイドアバターの切り落とされた腕を見て言った。
「他のマスカレイドアバターの武器は使えるのか?」
その腕には日本刀が握られていた。
「使えるわ」
ミサがそう言った瞬間、ベルセルクがマシンガンを撃ってきた。学はそれを飛んで交わすと、着地と同時に日本刀を拾った。
ベルセルクが振り下ろした大剣を学は日本刀で受け止める。
大剣は日本刀の何倍もの厚みがあり重かったが、学が握っているのもただの日本刀ではない。マスカレイドアバターの武器だ。なんとか受け止めることができた。
「マスカレイドアバターが日本刀を持ってるなんて珍しいよな」
学は言った。
「たぶんそれは天叢雲剣よ。別名草薙の剣。マスカレイドアバタークサナギの武器ね」
ミサが言う。
大剣をはじき返し、学は体勢を整えた。モラトアムトリガーと片腕マシンガン、お互い飛び道具を持っており、大剣と日本刀という近接用武器も持っている。これでようやく対等だ。
しかし、
「やはり覚醒はまだ無理のようね……。毒を以て毒を制すしか……」
ミサは言った。
「どうやらこのままじゃ勝ち目はなさそうね。危険な賭けだけれど、これからあなたを暴走させる」
「なんだって?」
「あなたの自我を消失させ、強制的にディスの本来の力を発揮させる。そのベルセルクのように血に飢えた野獣になる」
「こいつみたいに? 大丈夫なのか? ちゃんと元に戻れるんだろうな!?
「それはあなた次第といったところね」
ミサはそう言い、
「加藤学、運が良かったらまた会いましょう」
その言葉を学が聞いた途端、ドクン! と全身が鼓動した。
「うがあああああああ!!!!!!」
ディスの暴走が、始まった。
麻衣は、学から見るなと言われていたテレビを見ていた。
日本刀を手にしたマスカレイドアバターが、圧倒的な力で大剣を持つマスカレイドアバターをねじ伏せていた。
その姿に麻衣は見覚えがあった。
雪といっしょの部活動の帰り道、公園から突然現れたマスカレイドアバターだ。
「お兄ちゃん……?」
それは兄の変わり果てた姿だった。
あまりにも一方的な戦いだった。
ディスとの戦いに敗れたベルセルクはベルトははずれ、その場に崩れ落ちると、変身が解けた。
ベルセルクはやはり秋月蓮治だった。しかし、強制的に暴走状態にある学にはもうそれがわからなかった。
秋月蓮治は、ベルセルクのベルトに地面を這っては手を伸ばすが届かない。
「まさか……マスカレイドアバターでなくなっても尚暴走を続けるというのか?」
ミサの耳に取り付けられたBluetoothのヘッドフォンで13評議会の議員が驚きの声を上げた。
暴走状態のディスはベルセルクのベルトを破壊しようと脚を上げた。
しかし、そのまま動きを止めると、ゆっくりと脚を下ろし、変身解除を解除した。
「馬鹿な……暴走状態でありながら自我を取り戻した……?」
またも議員の声。
ミサはヘッドフォンを耳からはずすと、
「加藤学……。やはり、わたしが見込んだとおりの男だわ……」
そう言って笑った。
変身を解除した学はゆっくりと、秋月蓮治に近づいていった。暴走させられたせいか、体中が痛く、全身が悲鳴を上げていた。
「やっぱりお前だったんだな……」
学は秋月蓮治に言った。
「もうやめよう。お前も俺と同じなんだよな。いろんな理由があってひきこもりになって、復讐したい奴が山ほどいて、自分以外の人間が全部敵に見えて、だからこんなことしちまったんだよな。わかるよ、お前の気持ち。でも、もうやめよう。これはいけないことだ」
しかしミサは言った。
「無駄よ、その男にもう自我はない」
けれど、その言葉は変身を解除した学には届かなかった。
秋月蓮治は学に飛びかかった。
人とは思えない奇声を上げながら学の首をしめた。
「か……帰ってこい……まだ……いるんだろ……お前……」
首をしめられながらも学は言った。
「まだ……まにあう……俺なんかが……言えることじゃ……ないけど……まだいくらでも……やりなおしが……きく……だって俺たちは……生きて……」
しかし学の言葉は秋月蓮治には届かなかった。秋月は学の首をさらに強く絞めた。
「ぐっ!」
徐々に薄れゆく朦朧とした意識の中で、学は秋月にゆっくりと近づいていくミサの姿を見た。
「ミサ……? 何……する……つもり……だ?」
ミサは手にした拳銃を秋月蓮治の後頭部に向けた。
「まさ……か……や……めろ!」
ミサが引き金を引いた。その瞬間、秋月の脳漿が飛び散った。
「やめろぉぉぉぉぉっ!!! 」
学の悲鳴にも似た叫びが静かになった商店街にこだました。
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