第5話 生み出される悪循環

「ほら、集中して周囲の気配を察知する」


「……っ」




 目隠しして、広場の真ん中に立っている俺は言われるままに全方向へと意識を向ける。


 縦横無尽に飛び交う、氷の刃。当たれば無事では済まない。




 最初この提案をされた時には驚いた。




「アンタに必要なのは集中力、能力値は十分だけど使いこなせてないんじゃ意味が無いのよ。だから、その弓の使い手に気付かなかった」




 ぐうの音も出ない。


 下手すれば、自分だけじゃない。ミルフィだって危なかった。




「この世界はどこか歪んでいる」そう感じた瞬間から、どうにも胸の奥がざわざわする。


俺ごときが気にする事ではないのかもしれない。




「気に入らねぇ」




 元々これ程ネガティブな性格じゃなかった。学生時代は特別はいなかったが、それなりに友人も居たのだ。周囲とうまくやれていたと思う。


 社会人になってからだ。研修もそこそこにいきなり仕事を任され、上には叱咤され「こんな事も出来ないのか」と毎日見下される。


 自分で考えろ、でも自由にやれば何故やったと怒鳴られる。それで自己を保てるのならよっぽどの精神力の持ち主か、もしくは考えるのを放棄するか。


 どちらも選べなかった。




「っかく、新しい人生始めたんだ」




 こんな事で躓いてられるか。


 ひゅん、と身体すれすれに飛んでくる気配に身を捩り避けるが、服の端を霞め破れるのを感じる。




「タカツグ様、大丈夫でしょうか?」


「こればっかりは、実践で体に教えこむしかないからねぇ」




 仁王立ちになっているレィティとミルフィが何やら話し込んでいるのが耳に届く。少しは神経が研ぎ澄まされている証拠だろうか?




「うわっ!」


「ほら、些細な事に気を取られ肝心な事への集中を欠かさない」


「分かってるって」




 視界が奪われる。これがこんなに怖い事だとは思わなかった。耳と気配、それだけが頼り。足元に描かれた魔法陣により自分の立ち位置より動けない。


 だが、少しずつ少しずつだが周囲の様子が頭の中にぼんやりと浮かぶ様になってきていた。




「今日はここまで」




 レィティがパンと両手を合わせると、周囲を取り巻いていた氷の刃と足元の拘束が消える。




「聞いてはいましたが、流石ですね。この世界にて魔力最大の一族・エルフの力は」


「ほめ過ぎよ、ミルフィちゃん…あの子の前じゃ私の力はそよ風に等しいもの」


「ですが……多分タカツグ様のあの能力はまだ未完成です……このままではいずれ」


「だから私の所に来たんでしょう?大丈夫よ」


「何の話だ?」




 目隠しをはずしながら、二人の元に向かう。




「……いえ、何でもありませんよ」


「そうか?ミルフィ何か顔色悪いみたいだけど」


「大丈夫です、少し考え事していただけです」


「…話したくないなら、無理にしないでいい。俺だって全部話してる訳じゃない」




 強制される事の怖さは知っている、嫌と言う程。




「だから、まだ言わなくていい」


「私もまだ確証がある訳ではありません、あ…でも一つだけ、私にどうやら滅多にないバグが起こっている可能性を感知しました」


「バグ?」


「タカツグ様のせいですよ、この代償高くつきますからね」




 何の話だ、と首を捻っていると




「さぁさタカツグは水でも浴びてきて、埃まみれよ。ミルフィちゃんは夕飯の買い出しに行ってくれる?」




 あれから宿は引き払い、今ではレィティの家に厄介になっている。最初は断ったのだが、その方が修行にもちょうどいいと言われ。


 更にその先の言葉に滞在を決意した。




「この世界は少しずつ歪んで行っているの」




 これは来て間もない俺でさえ感じている事でもあった。ミルフィの最初の話「転移者」の意味。街中を歩いていて気付いた事。夜盗達の言葉。


 どこか引っかかる矛盾。


 だけど、まだそれが何なのか分からない。




「あれ?ミルフィ、何か身長伸びてねぇ?」


「……そうですね」


「浮かない顔だな、嬉しくないのか」


「成長は嬉しい事ですよ」


「もう、さっさとタカツグは水浴びっ」




 レィティの言葉に「分かったよ」とその場を離れたが、どうにも気になって仕方がない。いつもなら軽口を叩いている間柄なのに。今日のミルフィからはその雰囲気が感じられない。




「女の子には色々あるのよ」




 いや、男の貴方に言われてもとは思うが怖くで口に出せない。




「言っておくけど、私はノンケだからね」




 ぎく、と身体が固くなる。




「好きでこんな言葉をしゃべっては居るけど、ちゃんと女の子が好きだし…まぁ、鍛えすぎてこうなっちゃったけど」


「そうだったんだ…俺の知識じゃエルフってもう少しこう線が細いイメージが」


「それなのよねぇ、私も有る意味規格外だから」


「チートって事か?」


「私は確かにエルフの中でもそれなりに強いわよ…だけど元々は同じ…‥ただ、努力をしただけ…毎日同じことの繰り返しが耐えられなくてね」


「同じ、事の繰り返し」




 前の世界を思い出す。




「何となく分かる、それ」


「あらタカツグも分かるの?」


「前の世界、俺も転移者って言ったよな……そこで俺も同じ事を毎日毎日繰り返すだけの生活を送っていたからな」


「…そうだったの」


「勿論それが悪いとは言わない……だけど、何もできない俺は社会人になって役立たずと罵られて自分の内側に閉じこもり始めた」




 殆ど独り言に近い俺の話に、レィティは黙って付き合ってくれた。




「何も見えてなかったのかもしれない、だから安易に自殺して楽になろうとしていた」


「安易じゃないわ、自殺を選ぶのはそれだけ追い詰められたって事だから」


「そっか…まぁ結局死にきれずこちらの世界に転移したんだけどな」




 誰にも話せなかった事、いつかミルフィにも話せるのだろうか?


 そこではたと気付く。




「何でレィティには話せたんだ、俺?」


「同性だからじゃないの?あと距離感の問題ね」


「距離感?」


「アンタがミルフィちゃんを身近に思っているから、嫌われるって思って言えないのかもねぇ」




 まだ出会って間もないのには変わらない。多少の時間の差があるだけだ。




「私の場合先に身の上聞いたでしょ?そう言う人には自分の事も話しやすくなるわ…アンタたち自分の事お互いに話した事あまりないでしょう?」




 確かに、と頷く。


 俺はミルフィの事を殆ど知らない。俺の事も話してない。パートナーって言っておきながらこの様だ。




「あいつにもいつか話してみるよ」


「随分と落ち着いたわね……数日前に会った時より大人びて見えるわ」


「逆だよ、子供だっただけだ」




 自分の能力を使って分かった。最悪にして最凶、相手の弱点を付く。それは相手を知らなければ使えない。要するに観察眼。俺には自分すら見えてなかった。




「成長っていきなりやってくるものなのねぇ、少しでも手助けになったのならいいわ」




 そう笑うエルフの言葉に、素直に頷いた。


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