第9話 1-9 電撃使いの捕り物帳
そして腹も膨れたので、通路にあったベンチに座り込んだ。
多くの人達が行きかう通路を見ながら呟いた。
「そういや、今日はかなりの人数の人間を殺してしまったのだと思うが、まるで実感がない。
何しろあの炎で焼いてしまったからな。
まるで夢でも見ていたかのような気分だ。
彼らは本当に死んでしまったのだろうか。
同じように、あの不可解な炎で燃え尽きたはずの俺がこうして生きているのだから、あの人達も見知らぬ世界でまだ生きているのかもしれないとさえ思う。
本当にわからない事だらけだ」
そして、足早に昼飯を抱えてそれぞれの職場へ忙しそうに去っていく人々を見送りながら、またこうも思ったのだ。
「おそらくは電撃の力なのだと思うのだが、あの炎の威力。
こういうものは発火能力パイロキネシスとでもいうのだろうか。
日本ではこんな現象は起きなかった。
俺のせいで家電が火を噴いた事は数えきれないほどあったのだが。
よくあれで電気火災にならなかったものさ」
俺は軽く右手の指先に軽く『力を』込めた。
パチィっと明らかなる強力な電撃が中指と親指の間に奔った。
明るい場所でも、くっきりとわかる強烈な電光だった。
今まで、さすがにこのような事はなかったのだが。
更に力を込めながら指を開いていくと青く光り出して真ん中の部分が軽く炎となった。
こうしていても自分は別に熱くないのだが。
ここへ来て以来、この異常な特異体質が、文字通り目に見えるほど強化されてしまっている。
ちゃんとコントロールできているので助かるのだが。
この宮殿内はどういう仕組みになっているのか、この窓のない通路でさえもLEDの光源で照らされているように明るい。
これが魔導っていう奴なのか。
そして、それは特に俺の力で疎外されない事からみて、明らかに電気系統の物ではない。
それは俺にとっては非常に幸いな事だったのだが。
そうでなければ、ここからも叩き出されてしまっていただろう。
「まあ、それらについては、おいおいに確かめていくとするか」
そして再び歩きだしてから気がついた。
どうやら俺の後をつけている人がいたようだ。
なんというか、あの空気が帯電している中で感覚を乗せられるような力でわかったのだ。
そいつは俺がそっちを向いたので、すっと横道となる通路の角に隠れた。
なんか少し素人臭い気がするな。
これが探偵養成学校か何かの試験だったら落第物のお粗末さだ。
満腹で油断だらけの俺なんかに見破られるなんてな。
いわゆる国家諜報の人なのだろうか。
俺のような得体のしれない人間に、その種の人間が付けられるのは当たり前なのだが、あの皇帝が付けたのなら別に問題はない。
しかし、そうでない場合は。
あの王女を狙った人間の一味なんかだと困る。
あいつらは一体どういう素性の人間だったのか。
この国の中でお姫様を狙う人間、それが外国の勢力とは限るまい。
この王宮の中で堂々といられる立場の人間なのかもしれない。
「よし、確認しよう。
それが皇帝の味方ならよし。
そうでない場合は」
もし、そういう奴を捕まえたなら、皇帝陛下からの追加報酬の可能性があるではないか!
実はそれ以外にも俺にはちょっとした思惑があったのだ。
俺はずんずんとそいつに近づいていった。
もう昼の御飯時は終わりの時間なのか、さっきよりは人通りも少なくなっていた。
俺は片手を上げて笑顔を浮かべたまま小走りでそいつに迫っていった。
相手は驚いてマントを翻して逃げようとしたが、俺はずっと考えていた事をやってみせた。
『静電気による、帯電した空気との反発を利用した高速空中移動』
前もって周りの大気を帯電させておいたのだ。
その先の進行方向にある分までも。
「すげえ、こいつは速いぞ!」
なんというか、無駄なエネルギーは使わない。
リニアモーターカーのように、ちょっと身体を浮かせているだけだ。
だが、それに合わせて走る格好をしてやったので、傍目には俺が何かのスキルを用いて超高速で走り始めたように見えるだろう。
あっという間に、その少し色男風の立派な身なりの男に追いつき、肩に手をおいた。そして叫ぶ。
「電撃衝撃波~!」
「ぐはああーー!」
何の事はない。
日本では、うっかりと俺に触れた親や親戚に時折食らわせてしまうアレの超強力版だ。
これをやってみたかったのだ。
人間電気ウナギとは、まさに俺の事だ。
だが、今はきちんとコントロールは出来ている。
もしこいつが皇帝陛下の部下だった場合は殺してしまうと逆に御機嫌を損ねてしまうだろうしね。
完全にのびて、くたっとへたりこんでしまっているそいつを揺すって起こそうとしたが起きない。
「おい、起きろ。起きろよー」
首筋に手を当てたが、ちゃんと脈は打っていた。
目覚めの悪い野郎だな。
そして、そこへ警備の連中なのか、数人がやってきた。
あ、ちょっと騒ぎを起こしただけで警備隊に通報されちゃったみたいだ。
「お前は!」
あ、どうやらその集団のリーダーらしき人は、あの隊長さんと一緒にいた人のうちの一人らしく、彼は俺を知っていたようだった。
「こんにちは!」
俺は軽い挨拶をしてやったら妙な顔をされた。
「あれ? どうかしましたか」
「うむ。君はその人をどうしたのかね」
「ええ、俺の事をこそこそと付け回していたので捕らえました。
声をかけたら逃げようとしましたので、宮殿内に侵入した賊の一味かと思いまして。
こいつはきっと、あの王女を狙った連中の仲間ではないですかね。
そうでなければ逃げる必要はないから」
だがドヤ顔で解説する俺を完全に無視して、彼はそいつを起こしにかかった。
「アントニウス殿。
それ起きなされ、アントニウス殿」
あれ? ちょっとマズかったのかな。
え、お知り合い?
そいつは活を入れられて、呻き声を上げながら目を覚ました。
「ああ、アルケウス殿か。
うう、一体何が」
俺は笑って、そいつにもう一回くれてやった。
誰もが御馴染みのパチっていう感じのあれを強めに。
そうしたら奴は飛び上がって立ち上がった。
おや、AEDがよく効いたようだな。
「くそう、こいつめ。
とんでもない野郎だな」
「なあ、警備隊の人。
この人の事を知っているのかい」
「ああ、彼は私の同期の人間で、このブラストニア帝国の帝都ブラス関連を預かる諜報の一人だ。
なかなかのエリートなのだぞ。
彼は侯爵家の四男で貴族家の一員だ」
なあんだ残念、こいつはハズレだ。
皇帝陛下から追加報酬はもらえそうもない。
俺は露骨にがっかりした。
「そうかあ、貴族といっても四男って大変なんだな。
ここでは凄い貴族のお坊ちゃんでも働かないと食べていけないのかあ。
可哀想に、俺と一緒だな。
よおし、俺も頑張らなくっちゃ」
「ええい、余所者のお前と一緒にするのでないわ。
大丈夫か、アントニウス殿。
こう見えて、こいつは大量の重装兵を含む刺客五十人以上を一人で倒した手練れの者だ。
しかも我々の事情には非常に疎い。
ここで宮殿に侵入した敵と見做されて殺されていてもおかしくはなかったのだから、無事に生きていたあなたは運がよかったな」
彼もまだ頭がくらくらするのか、俺の方を睨みながら憎々し気に言った。
「ええい、この落ち人め。
とんでもない野郎だな。
この事は皇帝陛下に報告させていただくぞ」
「どうぞ、御勝手に。
皇女様の命の恩人をつけ狙ったのだから、敵が報復の刺客を送り込んできたのだと思われてもおかしくはない。
俺があんたを始末しておいたって皇帝陛下は文句なんて言わないさ。
彼だって、この宮殿の目と鼻の先であのような事件が起きたのだからピリピリしているはずだよ」
「ぐぬう、ああ言えばこう言いおって。
いい気になるなよ。
皇帝陛下が、お前のような無頼の者を信用すると思ってか」
「いきなり現れた怪しい男が信用されていないなんて当たり前だよ。
でも有用だと思ったから、宮殿で俺を飼ってくれているんじゃないのかい」
奴は俺を睨み、アルケウスは溜息を吐いて部下に申し付けた。
「キャセルを呼べ」
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