第6話 1-6 謁見

 それは欧米のファンタジー映画などに頻繁に登場するような解放感のある、気楽に誰かが立ち入ってしまえるような王様のいる場所ではない。


 あの比較的狭いプライベート感のある空間とは異なり、まるで今から世界中継しながらアカデミー賞の授賞式でも始まるかのような荘厳な謁見の間であった。


 ここは、おそらくは大国で格式などを重んじるのだろう。


 その部屋の床も大理石で埋められていたが、正面には入り口から続く厚くて立派な赤い絨毯がまるで道のように敷かれていた。


「うへっ。

 こいつはまた、えらいところへ来ちまったもんだな。

 しかも俺の格好ときたらもう」


 だが、ショボイ量販衣料の上着の裾を摘まんでボヤく俺をキャセルが睨んで、「ペッティ」と窘めた。


 静かにしろという意味なのだろうが、最初のアクセントが強くて早口なので、ペッとか唾を吐くように言われたような嫌な気持ちだ。


 ここで丁寧な言葉使いをしない奴なんか、そういうふうに省略して言うのかもしれないな。


 そして前方の一段高くなっている場所には玉座らしき厳かな感じの椅子があった。


 そこには威厳がありそうで、赤を基調として金糸などで刺繍をあしらった豪奢でゆったりとした衣服を身にまとった威厳のありそうな男性が座っていた。


 まるで王様か何かのよう、いや間違いなく王様相当の人物なのだろう。


 がっしりとした体付きは、玉座よりもむしろ戦場にいた方が似合いそうなくらいだ。


 お隣にはもう一つの椅子があって、そこに座っているのが王妃様だろう。


 こちらは幾分優しそうな雰囲気の人物だった。


 片方の肩を半分出したようなドレスというか、公務中に着るような? 立派な服を身に着けていた。


 そして一行はそこへ行き、跪きはしなかったが、全員深く頭を垂れたので慌てて真似をしておいた。


 そして王様らしき方がエリーセルに何か話しかけ、彼女は前に進み出ると、ここまでの経緯らしき事の説明をしているようだった。


 うっすらと眸を涙で湿らせて。


 それを聞いた王様も顔を曇らせて、王妃様と思しき方が立ち上がって段から降り、娘と思われるエリーセルを抱き締めた。


 もしかすると、あの亡くなった女性がエリーセルのとても大事な人だったのかもしれない。


 そして王様は、次に俺を指差して何か言っているようだった。


「ええっ」

 だが、後ろからキャセルの奴がぐいぐいと俺を押し出して前に出した。


 こいつめ、俺がここの言葉を喋れないのを知っていながら~。


 そして強引に俺を座らせて、ここは片膝つきの姿勢を取らされた。


 ここの礼儀というか、謁見のルールがよくわからないな。


 普通の時は立ったまま頭を下げて、王様と一対一になったら片膝をつくのが礼儀なの⁇


 それから彼が俺に何か言ってくれている。


 もしかしたら娘を助けてくれた礼なんかを言ってくれているのかもしれないが、さっぱりわからん。


 この王様、あの怒ると手が付けられなくて飼育員さんさえも鼻で吹き飛ばして床に叩きつけるアフリカンエレファントさんみたいに、すぐにヒートしてしまわれるようなお方だったらどうしようか。


 俺が青くなって、王様と俺の傍でピシっとした感じに立つキャセルの間に視線を行ったり来たりさせていたら、エリーセルが何か言ってくれた。


 たぶん、言葉が通じないと父親に説明してくれているのだ。


 王様は頷くと、近くに控えていた何かの係のような人に、何かを申し付けた。


 そして、彼はほどなく何らかの物品を手にして戻って来た。

 もしかして、そいつは俺へのご褒美なの?


 だが、なんと王様らしきお方は壇上から降りると、自らそれを俺の首の周りに付けてパチンと嵌めてくれた。


「これは何だろう」

「はは、それは翻訳の魔道具だよ、お客人」


「あれ、王様がいきなり日本語を喋っている。

 ああ、翻訳って言ったっけ」


「日本語? それはお前の国の言葉かね」

「あ、はい。そうです」


 俺はそっと顔を上げて王様を観察してみた。

 よかった、そう怖そうな感じの人ではなかった。

 まだわからないけれど。


「ふむ、それはもしかすると、この世界とは異なる世界から来たということかね。


 お前の姿や服装は馴染みのない物だし、お前の話す言葉は奇妙で、多くの国の人間と話した私にもまったく聞き覚えがない。

 なんというかイントネーションが非常に独特だ」


「ああ、よくわからないのですけど、そうなのかもしれません。

 少なくとも、俺、いや私の国では馬車も走っていないし、甲冑の戦士も、弓矢で武装した精鋭部隊もいません」


 防弾アーマーを着た、自動小銃や短機関銃で武装した人ならいっぱいいるけれど。


 それにしても、あの甲冑の戦士たちはよくあれだけ動けるもんだ。


 少なくとも地球の甲冑戦士はそんな真似はやっていなかったと思うのだが。


 基本的には馬に乗るような騎士だったんじゃないのかね。

 あれを着て歩くのは大変そうだ。


 中世の騎士って馬上で勢いを付けて槍で突きあうから金属鎧を着ていないと駄目だろうし。


 騎士には鎧の装着を手伝ったり、垂れ流して汚れた鎧を洗ったりするための小姓がいたという。


「ほう、そうか。

 おそらく、お前は落ち人という奴よのう。

 報告では何か不思議な術を使うとか」


「はあ、術というか、元からの少し異常な体質が強化されただけというか」


 まあ破壊力なんかは相当に増したけどね。

 別にそう新しい能力が芽生えたという訳じゃないのだ。


 俺的には、そういうチートな奴が芽生えてもよかったんだけど。

 なんか、ここは異世界っぽい。


 異世界チートなのか、元からの能力しかないのか、あまりにも微妙過ぎてよくわからない。


「まあよい。

 命懸けで姫を、我が娘を助けてくれて感謝する。

 その翻訳の魔道具は持ってゆくがいい。

 それがないと、おそらく言葉に不自由するであろう。


 礼として相応の金銭も渡そう。

 行く当てがないのであれば、しばらくこの宮殿へ留まるがよい。

 部屋は用意させよう。


 またそのお前が暮らしていたという世界の話とやらも、そのうちに是非聞きたいものだ。

 もう下がってよいぞ」


「ははっ」

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