第3話 1-3 逃走と闘争
何か背後で足音がした。
何かこう、枯葉、あるいは枯れ枝を踏むような気配。
俺はビクっとして、思わずそちらに『銃口』を向けた。
後ろの少女は俺を制するような声を上げ、そしてよく見たら、それは二人の女の人達であった。
使用人? のような少し時代掛かったような格好をした、その二十代前半くらいの人達は怯えていたようだったが、すぐにその少女に駆け寄って身を案じるような声音と仕草をしていた。
「危ねー、もうちょっとで味方っぽい感じの人を撃ち殺しちゃうところだった。
しかし、ここは何だ。
俺は一体どうなっちまったのだろう」
わからない事ばかりだ。
だが、少女は引っ張った。俺の手を。
少なくとも、この人達は俺の敵じゃないらしい。
さっきの物騒過ぎる奴らは俺と、この少女を殺そうとした。
正確には襲撃の標的だろう彼女を。
奴らは俺の事を彼女の護衛の一人だと思ったのだろう。
まあ、ただの邪魔者だな。
実際、見事に邪魔はしてやったのだが。
俺は彼女に握った手を引っ張られるままに後をついていった。
そこには二頭立ての高級そうな意匠の馬車があり、もう馬の用意がされていた。
一人の女性が御者を務め、もう一人が車内でその子の世話をするようだ。
この人達は襲撃を察知し、この少女を逃がすための馬車の準備をしていたらしい。
護衛達があっさりやられちまったので、出るに出られなかったのだろう。
どうやら、これに俺も乗せてくれるつもりらしい。
ありがたい。
少なくとも、ここに残っているのがマズイことくらい俺にだってわかる。
へたすると、すぐに連中の仲間が増援でやってくるだろう。
この子は一体何者なのだろう。
なんだか、お嬢様っぽい感じなのだが。
従者さんは俺には意味が理解できない言葉で何事かを語りかけ、少女の頭を抱きかかえるような感じにして慰めていた。
少女は涙を流しながら、なすがままにされていた。
馬車は走り出し、俺はほっと息を吐いた。
いろいろと聞いてみたい事はたくさんあるのだが、最初から言葉が通じない。
多分向こうもそう思っているのだろう。
時々、涙の痕も乾いていない少女はこちらをチラチラと見ているのだが、言葉が通じないのはわかっているようだ。
俺は敵意がない事を示すために目が合う度に意味もなく笑って見せたが、余計に不自然だったろうか。
だが少なくとも、彼女が俺を見る目に敵意はなかった。
しばし、森林公園のような場所を通る小径を走り、もうすぐその地帯を出るといったあたりであった。
突然に馬が嘶いて、馬車は止まった。
木々の間に隠れていたものか、前方に突如として現れた闇の眷属のような全身黒づくめの男達が大きめの剣を構えている。
完全な打撃武器を持っている奴もいる。
あれはモーニングスターっていう奴だろうか。
あれで強引に馬車の扉を破壊するつもりか。
前に出て来ずに弓を構えている者達もいた。
そいつらは木陰にいるせいで暗くてよくわからないのだが、少なくとも総勢で少なくとも十人以上はいるようだ。
真昼間からこれかよ。
追いはぎにはとても見えないから、さっきの奴らの仲間なのだろう。
顔にも頭巾をかぶり、目の部分だけを細長く外に出しているが、その眼がまた剣呑な光を放っていた。
言葉が通じなかろうが、聞かなくたってわかる。
殺す気満々だな、おい。
そして御者の女性は横倒しになって倒れている。
どうやら彼女は、もう死んでいるようだった。
チラっと胸に矢が突き刺さっているのが見えた。
なむさん!
それを確認したらしいエリーセルの可愛い悲鳴が車内を哀切に賑わせた。
もう一人の女性も、慌てて彼女を抱き締めて宥めている。
そして俺の方に哀願するような目を向けた。
彼女は明らかに俺に護衛行為である戦闘行動を求めていた。
「くそっ、どうする」
御者をしていた女性は飛び道具でやられたのだ。
この距離だと結構な威力なんだろうな。
矢は尾羽により回転してライフリングのような威力を持つ武器だ。
相手はその取扱いに慣れ切ったプロなのだ。
さっきの火力重視の襲撃部隊というか力任せの拉致部隊とは異なり、今度は機動力や奇襲力を重視していたようで、しっかりと罠が張られていたようだ。
このお嬢さんは一体何者なんだ。
出会った瞬間から、いきなり死人の山が築かれていく。
こんな俺でも女の子との出会いが欲しくなかったわけではないが、なんという強烈な出会いだろう。
もしこれがなんらかの出会いを演出するイベントだというのなら、そのキューピッドの正体はきっと死神なのに違いない。
外に出れば、俺も御者をしていた女性の二の舞になりそうなのだが、このままだと扉が破壊されて剣を持った人間が馬車の中に乗り込んでくるだろう。
そうなれば、完全にお終いだ。
少女と従者が必死に体を伏せている。
俺はただの静電気体質の高校生に過ぎないのだが。
「ちっ、こうなりゃ駄目元でやるしかねえのかよ、くっそ~」
俺が思いっきり外へ飛び出そうとした、まさにその時。
俺の目の前にある馬車の扉の正面に回って、それを破壊するために打撃武器を構えていた奴の動きが硬直した。
そいつの首筋に矢が突き立っており、目の玉をぐりんっと飛び出させている。
極限まで集中していた俺は、その矢羽根が、さっきの女性の胸に突き立っていた黒い物とは明らかに異なる、赤を基調とした物である事まで確認できた。
「なんだあ?」
どうやら、また別の違う勢力の人間がやってきたようだ。
そして、こちらの敵を倒したからといって、必ずしもそいつらが味方とは限らない。
女の子を殺したい勢力と、それを排除してかどわかしたい勢力の二つの敵という事も考えられる。
「とりあえず、確実に敵とわかっている奴の数を一つでも減らしておこう」
俺は新しい勢力の出現に狼狽えた黒頭巾どもを何人か、無慈悲に馬車の中から見える奴らを背後より青く焼いた。
奴らはまるで米軍が実験成功を宣言した12.7ミリのスマートブレットの羽根付き誘導銃弾に狙われたが如くに、その地獄の使者のような炎から逃げられずに、一人また一人と荼毘に付されていった。
どうやらこの焔は俺の意思に反応して標的を追ってくれるようだった。
すると新たな勢力による矢による攻撃も止んだ。
「あ、余計な事をしたかな。
もしかしたら、すべてのヘイトをこっちへ集めちまったのか?」
だが、しばしの間を空けて、今度は警戒してこちらを向いていた男達の無防備な背中に向かって矢は飛来して、次々と男達を屠っていった。
もちろん俺もそれに参戦し、まるで彼らと呼吸を合わせて互いにゲームのポイントを争うが如くに追撃の炎を纏わせていった。
もう人殺しがどうこう言っている場合じゃなかった。
こっちが殺されてしまうわ!
そして、襲撃してきた黒頭巾の男達は挟み撃ちの格好となり、右往左往する連中はとうとう全滅したようだった。
その間は、もしかしたら、ほんの数秒の出来事であったのかもしれない。
自分を包み込む現在の時間の流れが滅茶苦茶で、俺はもう正確な時間が把握できない。
時間は不変で一定なものではないはずだ。
特に生物が関わる場合には。
だが、少なくとも俺達はまだ生きている。
よく見たら、こっちの馬車にもかなりの数の矢が撃ち込まれていた。
今の襲撃は相当危なかったのだ。
俺の逡巡が、生き残る確率を削りまくっていたのだ。
火矢を使われなくてよかった。
それによくある話なのだが、矢に毒とか塗ってあったらヤバイ。
さっきはその可能性を忘れていた。
扉に刺さっている矢の鏃には、たとえうっかりでも触れない方がよさそうだった。
俺は緊張して、奴らの出方を待った。
敵か、味方か。
そして、ほどなく呼びかけてくる女の声。
何と言っているのかよくわからないのだが、それを聞いた少女が顔をパッと明るくしたのが振り向かなくても気配だけで感じられる。
そして体を起こし、窓に向けて声を上げてその女性の名を呼んでいたようだ。
どうやら、その女性はキャセルというらしい。
その、少女の救出部隊らしき人達のリーダーなのだろうか。
少女は自分の無事を伝えているらしい。
「ほっ、どうやら新手の敵じゃなかったか」
ただし、この人達が少女を含めてどういう人間なのかもわからない。
ここでは異端な人間であるだろう俺を、彼らが敵と見做さないならよいのだが。
すると、その女性が、というか女性達が姿を現した。
全部で六名か。
全員、見目麗しい女性ばかりなのだが、その全員が弓で武装をしている。
その表情は精悍だ。
いや、さっきの腕前を見るからに彼女達は紛れもなく精鋭なのだ。
彼女達に犠牲は出なかったようだ。
まあ彼女達は隠れて弓を撃ち、こっちも馬車の中から電撃攻撃だったのだが。
女はおっかねえ~。
そして彼女達は鋭い眼光で俺を射た。
ドキっ。
「あ、素性のわからない俺を怪しんで警戒しているのか。
まあ無理もないけどなあ」
あの炎を発した者が敵ではないとは認識したようなのだが、同時に正体不明の存在だと考えているのだ。
保護対象の少女が得体の知れない男と一緒なのも、きっと気に入らないのだろう。
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