パイロキネシスの英雄譚ー電撃スキルの巫女姫の騎士ー

緋色優希

第一章 燃え尽きた先に

第1話 1-1 人体発火現象

「ぎゃあああ」


 今はもう冬の終わりあたり。

 毛糸などを着込むこの季節だ。


 我が家に、この時期にはありがちな悲鳴が響き渡った。


「あ、いけねえ。またやっちまったか」

 俺は慌てて、悲鳴を上げていた自分の母親を見に行った。


「おーい、お袋。大丈夫~」


「ああ、大丈夫よ。

 うっかり手袋をつけるのを忘れていたわ」


「ごめーん」

「いいの、いいの。

 あんたは、そういう体質なんだもんね」


 俺の名は禮電焔らいでんほむら


 禮は礼の旧字体で、今では子供の名前には使われない、出生届には使われない(窓口で受け付けてくれない)字だ。


 だから敬うという意味もあるようだ。


 昔、雷の多い地方では自然の驚異である雷を恐れ、神として敬っていたため、そういう名も残っているらしい。


 雷神という言葉もある。


 水神・雷神・風神、人々はそれらを決して軽んじず、神と敬う事で己の自然への不敬を戒めた。


 今日も世界中で大規模な風水害は絶えず、自然を無視して権力者などが己の利のための水利を行うような国では、大災害が多発して国が傾く。


 禮電には雷田の意味もあるらしい。

 というか、元々はそっちの字だったようだ。


 畑仕事の途中で雷に打たれませんようにという願いが込められているものなのだろうか。


 焔は字面だけだと御大層な名前に見えるが、焔も雷が落ちた時の巻き起こる炎を意味するので、実は親の実家近辺では結構ありふれた名前だったりする。


 焔はまた穂村でもある。


 昔の日本では百姓に姓なんてなかったはずだから、「雷田村の焔さん」、あるいは「雷田村の穂村さん」が親父の実家の農村には、たくさんいたという事なのだろう。


 一般人でも姓を使うような時代になってから、雷の持つ性質である電気から取って禮電の文字を姓に使うようになったのではないだろうか。


 しかし本当に名前倒れだ。


 実は俺は、いわゆる強度の静電気体質で、しかもそいつがまたとびきり強力な奴なのだ。


 世の中には、たまにこういう強烈な体質の人間が世界中にいる。

 そして、そういう人間に取り、この電子時代は本当に生きにくい時代だ。


 家電製品は俺が触ると必ず火を噴いて破壊される。

 お陰様で我が家にはまともな家電が置いてない。


 いや置けないのだ、俺のせいで。

 家族には本当に申し訳ないと思うのだが、自分でもどうにもならないのだ。


 我が家の電燈のスイッチは強力に静電加工がなされた特殊絶縁カバー付きだ。

 普通のアパートなんかに住めたものじゃない。


 洗濯機もないので、うちは洗濯すらコインランドリー専門だ。

 雨の心配がなくていいと母親は笑っていたけれど。


 テレビも静電加工したものがリビングにあるが、俺はなるべく立ち入りを自粛していた。


 なんというか、俺があまり近寄ると画面が乱れるのだ。


 大きくなってからはそれも結構コントロール出来るようになったので、テレビくらいはそこそこ見られるようになった。


 うちの家族も含めて。


 その代わりに成長した分は電子機器に影響を及ぼす力も増えた。


 電子機器に近寄っただけでも必ず誤作動を起こすので、銀行にもスーパーやコンビニにも迂闊に行けない。


 ATMはおろか、体に溜まる静電気が強いような天候の日だと銀行窓口のパソコン、スーパーのレジさえも触らずに前に立っただけで破壊してしまう。


 他人のキャッシュカードの磁気データさえも破壊し、ICカードも使用不能にしてしまう。


 特に冬がいけない。


 あの皆が毛糸を着込む乾いた季節には、普通の人でさえ金属に触れた瞬間に、暗ければ目視可能なほどの静電気による火花を散らす事もあるのだが、俺の場合は火花どころか指の先に完全な放電現象が見えてしまう事さえあるのだ。


 それもかなり強力な奴が。

 家族が、俺がうっかりと触れたドアノブに迂闊に触ってしまうと災難だ。


 絶対に帯電しているので、凄まじい悲鳴を上げる事になる。


 普通の人間ならば帯電したドアノブから火花をいただくのだが、俺の場合は逆になってしまう事も多い。


 静電気がきつい日は、うちの家族はゴム手袋を着用している事もある。

 本日はその災難がお袋を襲ったという訳だ。


 だからスマホもタブレットも持てないし、PCもデジカメも持てない。

 ようするに、最近の電子化された学校にはまともには通えないのだ。


 もう義務教育の中学校の時代から学校へは『登校禁止』になっていたし。


 とにかく学校の電子機器を一通り全滅させ、友人達の持つ最新機器も破壊してしまうので。


 おかげで俺には親族の従兄弟以外に友達らしき友達はいない。

 パソコンやスマホには絶対に触れないのでネットの友人さえできない。


 デリケートな精密電子機器の場合には、少々の電磁シールドを施しても駄目なのだ。


 そして今時、手紙でやりとりしてくれるペンフレンドなんて骨董品は、どこにもいやしないのだから。


 今は高校生になる歳だが、自宅に引き籠り、完全に紙による通信教育を受けているだけなのだ。


 父親の自動車には乗る事はおろか、そいつに触れる事もできない。

 父親の通勤用の車は自宅から離れたところに置いてある。


 俺は公共のバスも乗れないし、電車も乗れない。

 船や飛行機はもちろん駄目だ。


 飛行機に乗れば、俺は確実にそいつを落とせるテロリストになれる。

 いや、それすら無理だろう。


 何故なら、俺が乗った飛行機はへたすると電子機器を全て破壊されて飛び立つ事すら不可能だろうから。


 移動は徒歩と自転車のみが許される手段だった。

 きっと、この先就職も無理だろう。


 そして家の中で株をやったりする事さえできないのだ。

 人生のお先真っ暗もいいところだった。


「ああ、電子機器なんかのない世界はどこかにないものかなあ。

 そんなところへ行ってみたい。

 そこなら、この呪われたような体質の俺も生きていけるのかもしれない」


 紙の本を読むくらいが、俺の最大の楽しみだった。

 親はそれについては盛大に与えてくれていた。


 ゲームも出来ないし、音楽プレーヤーも聞けない特殊な身体なのだから。


 紙の本の中でも、特にファンタジー小説の世界へ切実に憧れた。

 そういう世界なら、俺だって普通に生きていけるかもしれないから。


 そんなある日、ダイニングの椅子に座って新聞を読んでいた母親が顔を顰めていた。


「どうかしたん」


「ああ、なんでも最近は人体発火現象という物が多いらしくて、もう日本でも何件かあるんですって。いやあねえ」


 それを聞いて俺も顔がぐにゃあっと歪むのを感じた。

「いやあねえ」どころの話じゃない。


 実はそういう物は、俺のように極端な静電体質の人間が引き起こすとまで言われている代物なのだから。


 しかも誰かを殺す下手人になるのではなく、本人が発火して燃え尽きるらしいので。


 いくら人生の先が見えないからといって、そういう強引な命の火を灯すような自殺の仕方は勘弁してほしいもんだ。


「どれどれ」

 俺は母親から新聞を受取り、それについての記事を読んでみた。



『最近、地球を取り巻く磁場に大きな異変があるようだ。


 太陽活動の極端な活発化により磁場が強まったせいで人体発火現象が顕著になったのではないかという説も出てきている。


 この異常な、今までは未確認であった人体発火現象が、最近では各国の公的な機関で公式に確認されるようになってしまっている』



 くそ、なんだ、この記事は。

 碌でもないし縁起でもない。


 しかし、世の中は広いな。

 そんなに俺と同じ体質の人間が溢れているのかねえ。


 そうして思わず、まだ見ぬ世界のどこかで俺と同じ悩みを抱えているだろう御同輩達に思いを馳せていた時に、ふと気がついた。


 足の先が何か痒いような感じがするのだ。


 何気にテーブルの下を覗き見たら、なんとその部分が青白く燃えていた。


「あわわわわわ」


「どうしたの、焔」

「母さん、足が、俺の足が~」


 慌てて見に来た、少し席をはずしていた母親の前にそれが見せられた。


 すでに燃え上がり始めている、人体発火の青い禍々しい炎が。


「焔!」

 慌てて台所用のスプレー式消火剤を取って足に吹きかける母親。


 しかし消えないどころか、更に激しく燃え上がる。


 大慌てで消火器を取りに行き、戻って来た母親が見た物は、もう全身青い炎に包まれて立ち尽くしている俺の姿だった。


 不思議と熱くない。

 だが、俺の体が中から燃えているようなのだ。


 そしてこれも不思議な事だが、座っていた椅子には、まったく火が燃え移らない。


「母さん!」

「ほ、焔」


 だが、俺は自分が熱くも苦痛もなく、ただ自分の体が燃え尽きていくのを感じていた。


 ああ、ついに俺は死んだ。

 いつか、この日が来るかもとは思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る