告白

 俺は恥ずかしさのあまり急いで家に逃げ帰った。火照った体はそのまま、ベットに飛び込み、布団に包まる。


 俺の忠告を聞いてくれたのか、隣から声は聞こえてこない。精神的な疲れと眠気、そしてシンと静まった寝室。眠りに入るには十分な要素が無事に揃った。そして、ようやく俺は念願の睡眠を手に入れたのだった。


 次の日の朝、遅刻ギリギリの時刻に家を出た。同じ学校に通う二階堂と鉢合わせする事もなく、学校に向かう。それというか、俺はいつも遅刻間際に通学しているからか、他の学生に出会う事も少ない。


 帰宅途中に何度か自宅の付近を歩く二階堂の姿は目撃していた。しかしまさか隣人だったとは思っておらず、もしかして夢だったのではないかとさえ思える。


 そんな下らない事を考えながら、無事に学校に着いた。廊下を歩きながら、こっそりと他教室を覗く。二階堂とは残念ながら別クラスなのだ。


 まだ一年生で、入学してから2カ月ほどしか経っていない。それなのに堂々と友達もいない他クラスを覗ける程、俺に度胸も知名度もない。だからこそ二階堂のいるクラスをゆっくりと横切りながら中を覗いた。


 そこにはやはり昨日の夜中見た、黒髪長身の美女が席に座っていた。やはり、隣人は紛れもなく二階堂だったのだ。


 だが、あからさまに教室の中を覗いていたからだろうか、二階堂がこちらにちらりと顔を向けてきたのだ。


 俺は咄嗟に前を向き、歩くスピードを早める。そのまま逃げるように自分の教室に入った。昨日の夜から逃げてばかりな気がする。それでも学校のマドンナで、いわゆる校内カーストのトップに位置する彼女は、オタクの俺からすればライオンに等しいのだ。


「おお、村瀬、昨日のセカドモ見た?」


 まだ夏には早いというのに、汗ばんだ俺に向かって、オタク仲間の中谷がいつものように話しかけてきた。ちなみにセカドモとは「世界の果てのどこまでも」という、所謂異世界系の深夜アニメだ。


「いや、見てないよ。録画したから今度見る」


「マジかめちゃくちゃ面白かったぞ。てかお前、汗やばいな」


「遅刻ギリギリで焦ったわ」


 俺は半分上の空で中谷と話す。それというのも、こいつを見たせいで、あのVtuberという配信者の事を思い出したからだ。


「おぉ、てか、もうすぐ先生来るから、早く帰れよ」


「お前にしてはやけに真面目だな。まぁ、良いや、またな」


 俺は無理やりに会話を終わらせ、兎木ノアという配信者を思い出す。確かに隣の部屋から聞こえた声からは、兎木ノアという名前が聞こえた。それにスーパーチャットという言葉から分かるように、通話などではなく、動画配信だっただろう。


 だが、兎木ノアという可愛い系のキャピキャピ声と、二階堂の綺麗系の、冷たさすら感じる声とはかけ離れていたのだ。


 もしかするとただ動画や生配信を大音量で見ていただけだったのかもしれない。しかしあの二階堂がVtuberというオタクコンテンツを嗜んでいるようには思えない。


 それというのも、二階堂は先輩からも告白される程に人気で、女優やモデルじゃないかと思われる程に綺麗だ。だがマドンナと称される反面、『雪女』や『鉄の女』なんて言われてしまう程に冷たく、キツい性格をしているのだ。ちなみにニッチな層からは女王様などと尊敬されている。


 そんな彼女が、まさかオタクだなんて考えられない。それにそんな噂は聞いた事もない。


 そうしてあーでもないこーでもないと考えていると、何やら右側から不穏な視線を感じ取った。どこか睨まれているような、不審がられているような。他人の目線には敏感な俺の思い違いだろうか。俺は顔を動かさず、目だけで右側を確認した。


 隣の席のクラスメイトは、後ろの奴と話をしている。だが、その右側の奴。確実にこちらに顔を向けている。視線の正体は多分こいつだろう。まだどこの席に誰がいるのかを覚えきれてないせいで、その視線の正体が誰なのか分からない。


 俺が外側に座っているせいか、もしかしたらただ外を眺めているだけかもしれない。


 俺は直ぐには右を確認せず、罠を張ることにした。題して『肩こりフェイント』。


 俺は策を練りながら前を見据える。そして右にいる奴がまだ俺の方を見ているのを確認する。その瞬間、俺はストレッチをするように首をぐるりと回して見せた。


 俺は心の中でニヤリとほくそ笑む。奴は俺の首が動くと同時に顔を背けたのだ。


 そして俺はまた何事も無かったかのように前を向く。すると奴も俺の動作に合わせるように、こちらに顔を向けている。その刹那、また首をぐるりと回転させながら、右手で肩を揉んで見せた。


 ビンゴ、奴はまた顔を背けたのだ。


 そして俺はまた前を向く。合わせるように奴はこちらを見てくる。裏が取れた俺に退く道はない。俺は一呼吸おき、まだこちらを見てくるその誰かを確認し、一気に右側を確認した。


 目と目が合う。


 そして俺の心臓は、急に熱を帯びながら、驚愕とともに心停止しかける。


 俺はずっとこちらを見てくるそいつを驚かす気満々でいたのに、まさか俺が驚かされるなんて。


 俺を見ていたのはクラスメイトの桜木という女の子だったのだ。小柄な体形、茶色がかったセミロングの髪。いつもおどおどとしているが、顔は人形のように可愛らしい。二階堂までといかなくても、かなり人気のある女の子だ。隠れ巨乳と男子の中で有名なのはマジの秘密。


 目と目があったのが、予想外過ぎたのか、彼女もおっとりとした目を見開きながら、こちらを見つめてくる。それに俺もまさか相手が桜木だとは思っておらず、体を熱くしながら、体が固まってしまった。  


 見つめ合うその数秒間は、何時間にも感じられる。それ程に気まずい時間が2人の間に流れたのだ。


ガラガラガラガラ


「おお、みんなおはよう。早く席付けぇ」


 社会科担当、スキンヘッドの強面の担任、飯田先生がいつものように大きな音を立てながら教室に入ってきた。


 その瞬間、俺たちは勢い良く顔を逸らして前を向いた。まさか飯田先生に助けられるとは思っていなかった。あと1秒でも遅かったら、マジで心臓が口から飛び出てたと思います。


 その後は出席確認を行い、飯田先生が連絡事項を話し始めた。だが俺の火照った脳にはまるで届かない。ピンク色の思考が頭を支配しているのだ。


 モテ期? まさかモテ期か? あんな見つめられるなんて生まれて初めてだ。うわぁ、とうとう俺にも彼女ができるのか?


 自分で考えても恥ずかしくなる程に舞い上がっていた。しかし人生そう上手くいかないものだ。朝のホームルームが終わり、昼飯、午後の授業、そして帰りのホームルーム。一切彼女に喋りかけられる事もなく、放課後になってしまったのだ。


 周りの生徒は部活に向かっていく。だが入って早々に幽霊部員になってしまった俺にいく場所は一つしかない。それはもちろん自宅である。


 思春期だからだろうか、変に期待しすぎて精神的に疲れた。早く帰って小説の続きでも読みながらゴロゴロしたい。もうそろそろ中間試験だが、今は忘れよう。


 別にモテ期だなんだに、期待なんかしていなかったよ。そう落ち込みながら、とぼとぼと下駄箱に向かう。そうして下駄箱を開けた時だった。俺の靴の上に、紙切れが一枚乗せられていたのだ。


 マジで!? マジで!? マジで!?


 狂喜乱舞する心を必死に落ち着かせ、内容を確認する。


『校舎裏で待ってる。 桜木』


 おぉ、マジで叫びながら踊り出してしまいそうだ。だが、そんな事をしてしまえば、永遠に残る黒歴史。下駄箱前で陸上部がストレッチをしているのだから、そんな恥ずかしいマネはできない。多分誰もいなかったら、コサックダンスでもフラダンスでも、何かしらの踊りを披露してしまっていただろう。


 俺はそのピンク色のメモ帳を大事に折り畳み胸ポケットにしまう。そして、人気の無い校舎裏へ、小さくスキップを踏みながら駆け出したのだった。

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