第57話 性依存な妹だけど、どうしよう……

「せ、性依存症ですか……?」


 そして、少しずつ、思考が戻り、誠一さんに言われた病名を反芻。

 セックス中毒――話題で出てきたと思い返し、


「処女ですし、セックスに対して中毒にはなりようがないです!

 処女を失った覚えも、誰にも体を許した覚えもないです!

 信じてください!

 私は誠一さんに処女を!」


 自分の処女性が疑われたのと焦りを覚える。

 誠一さんはそんな私に困ったような笑いを浮かべながらも真剣な眼差しをしてくれる。


「童貞、処女は関係ない。

 性的衝動、つまり自慰行為を含め、自分を抑えきれなくなり、法やルールを犯してしまう可能性がある、これがポイントだ。

 例えば、衝動を抑えきれず、学校などの公衆の場でオナニーをしてしまうとかだ」


 それは当てはまる。

 同時に病気だと断定されたからか、自己否定感……姉ぇと比べてネガティブになっていた頃と同じ感覚が強まり、


「えっと……あれ、私、ダメな人間に「燦! 君はダメじゃない」」


 ふと目の前が真っ白になろうとした瞬間、がっしりした感触が私を包み込んだ。眼の前には誠一さんが居てくれて、浅くなった呼吸が、戻るまで背中を擦ってくれる。


「すいません、恥ずかしい所。

 姉ぇと比べて卑下は減ったんですが、どうも自己肯定感が低いのは治らなくて」


 落ち着いたところで誤魔化すように薄い笑みを浮かべると、


「自分を下げなくていい」


 優しい誠一さんの声が私の耳元で囁いてくれる。


「悪いのは痴漢の経験だ。

 初めて僕らの濡れ場を観て衝撃を抱いた。

 また、初音への憧憬が絡み合い、性を覚えたら追い付けるとも感じたのもあるのかも知れない」

「……有ります」


 姉ぇとの判りやすい差だ。

 あんなにも気持ちいいことを知らなかった私には甘美すぎたし、やってみたいとも思った。

 これはもし失恋したら私も姉ぇのように成れればと、性に逃避する自信があることからも明白だ。


「しかし、そのタイミングで痴漢に恐怖心を植え付けられた。

 それに上書きをしなければいけないと強迫観念を抱いているのが衝動の原因との分析だ。

 もし、今の燦は恐怖心を根本から拭わないと恋とかではなく、セックスが義務感や逃避に紐付いてしまうかもしれない」


 言葉を紡げなくなる私。

 誠一さんが好きだという根本が否定されたように聞こえたからだ。

 つまり、私の恋は記憶の消しゴムであり、本物ではないのだと。


「わ、私は誠一さんを上書きに使おう何てしてない!」

「燦、落ち着け!」

「だってだって、私は誠一さんが好きで好きで堪らない、これは否定できない。

 それを否定されるなんて!」

「燦!」


 暴れる私を抑え込むように、抱きつく力を強くする誠一さん。

 それでも私は、気持ちが整理つかず、暴れてしまい、誠一さんを振りほどこうとし、


「燦」


 いきなり、私の唇に感触が来た。

 ムームーと、胸を叩いて抵抗するものの姉ぇですら押さえ付けた誠一さんだ。

 ダンダンと伝わってくる熱と心臓の音で落ち着いてくる。


「燦、僕は君の恋心を否定する気はない、いいね?」


 頭がハッキリとした所に問われ、


「……はい」

「ただ、セックス自体は恋心に直結しない。

 これは初音と何度も体を重ねて理解したことだ。

 行為の後に体を寄せあったり、何気ない彼女が居る日常を嬉しく思ったりした方が、体に刺激こそないが、安らぎと言う意味では上だ」


 私が落ち着いたのを観て、体を離しながらもそう諭すようにしてくれる。


「僕は君が恋してくれていることはよく知っているのだと、そこは信用してくれ。

 あえて性をアピールしてくれなくてもいいし、僕がしたいと思ったらする。

 覚えておいてくれ」


 明言してくれた言葉に、頭を縦に振って答える。

 言葉にしたら、上下の口からあふれでそうだったからだ。


「燦、僕自身の感情はさておき、君が僕を好いてくれて嬉しいと感じているのは事実だ。

 だから、僕自身は燦をよく知りたいと思っているし、胸を初音と比べたりしている。

 結論、燦を抱かないのは、僕が悪いのだと転嫁してくれて構わない。

 燦に魅力が無いわけではないと」


 あ……ダメだ、抑えきれない。

 嬉しくて涙が出てきてしまい、えぐっ、えぐっと痙攣するような泣き声をあげてしまう。

 そこで私が、誠一さんが抱いてくれない事実が、いかに私自身にプレッシャーを感じていたか自覚してしまう。

 その上で、誠一さんはそれを自身のせいだと肩代わりしてくれたのだ。

 嬉しさと解放感で、私は感情が爆発してしまう。

 やはり誠一さんが好きだ。


「燦、大丈夫な?」

「ひぐっ……はい♡」

「でだ、その上で言うと君は病気のひきはじめだ。

 先ず一つ目は男性忌避を直そう。

 見下しているというのは、自分を守るためにレッテルを張り付けて、拒否への自己正当化を図っている状態だ」


 誠一さんは、深呼吸をし、拳を握って続ける。


「僕とセックスをしたら男性忌避が直るわけではない。

 先ずは少しずつでいい、クラスメイトとかと会話をしてみたらいい。

 遊びに行くのもありだ。

 僕以外とも実像の男性感を得るべきだ」

「尻軽女……姉ぇみたいなビッチに成れと?」


 冗談と判るように笑いながら言ったら、誠一さんが渋い顔をしてペチンとデコピンしてくれる。

 えへへと嬉しくて笑みが浮かぶ。


「……これは初音に言われたことだが、異性に対して恐怖をもって付き合うと、異性側も鏡のように恐怖を抱きやすくなり、悪循環がうまれるそうだ」

「姉ぇらしい発言ですね」


 こればかりは経験者の言に従うのが正しい。


「僕自身、初音のおかげで女性に対して普通に話しかけられるようになったからな。

 昔は風紀委員の役割でしか話せなかった」

「身に覚えが有りすぎます……」


 同性にすら身に覚えがあり、怖くなったことはある。


「初音はルールを破ることがあるが、必ず理由があるだろう?

 初音の援助交際だって、代替え案を提示したら辞めれた。

 それと同様に問題を起こす理由を聞くようにしたら、同性からも頼られることが増えた。

 嬉しいことだ」

「代替え案の提示まではしてませんが、私も姉ぇが私のために行動してくれたことを経験に背景と理由を聞くことが増えましたね……。

 そのお陰か、前ほど風当たりは強くないです」


 姉妹のわだかまりが解けたことにより、柔らかくなったのは確かだ。


「二つ目は、性衝動がおきそうな時に自分を取り戻すスイッチをパターン化すればいい。

 ルーティンという手法らしい」

「ルーティン……ですか?」


 誠一さんは私に一つ頷き返し、汚い文字の方のノートを観つつ、続ける。


「簡単に言うとリセットボタンだ。

 このノートを書いてくれた奴は、手の甲をつねるらしい。

 その動作を落ち着いた状態に入る時にするようにし、もし慌てた時も手の甲をつねると平常心になれるスイッチにしているらしい」

「……つまり、私が危ない状態に入った時に落ち着くためのスイッチを作って置けば、正常に戻りやすいと?」

「少なくとも、時間は稼げるだろう」


 なるほどっと思う。


「先ず一つ目のスイッチとして、そして最終的なスイッチとして、本当に性欲が溢れ出そうになったら僕に連絡をしてくれ。

 そしてウチに来るんだ。

 それを守れたら、ご褒美をあげよう」

「……!」


 思いっきりブンブンと頭を縦に振ってしまう。

 この前の件、マッサージ器は流石に望みすぎとは思う。

 しかし、誠一さんと近づけるチャンスだし、何よりご褒美という言葉は魅力的で、餌を前にした犬のように嬉しくなってしまう私が居る。

 確かにそれなら待てが出来そうだ。


「二つ目のスイッチは自分で考えて観てくれ。

 通常の時、落ち着いた時などに出るふとした癖を意識すると良いそうだ」

「……判りました、やってみます」


 こうして私は誠一さんの犬……ではなく、患者としての自覚を持って依存のなりかけに立ち向かうことになった。

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