第36話 清水寺な妹だけど、どうしよう……

「ふあ、凄いですね! 

 京都市内が一望!」


 くっついたまま、清水寺で一番有名な舞台へ。

 飛び降りる気持ちで居ることにより、覚悟を決める場所である。

 まだ早めということもあり、人は少ない。


「ここから飛び降りたら死ぬというより、後遺症で苦しむんだけどね」

「……そっちのほうが怖くないですか?」

「そうだな、死亡率はそこまで高くないし。

 とはいえ、最近はここから飛び降りた人が担ぎ込まれることも余りないそうだしな」

「へー、そうなんですか」


 と、言いつつ二人で舞台のふちへ。

 下をのぞき込むと、傾斜になっており、確かに即死しそうにはない。

 ……痛そうだけど。

 

「高い所、平気なんだ」

「あんまり気にしませんね。

 ただ、ここから飛び降りる気分で誠一さんに迫ろうかと」


 っと、再び抱き着く。


「ちなみに……彼女さんは居るんですか?」

「居る」

「……ふーん」


 正直に応えてくれたことに好感度が上がる。

 やっぱり悪い人じゃないんだな、っと。

 傷つけないようにとか後回しにしたりも出来ない、素直な人なんだなとも。


「ちなみにどんな人か聞いてもいいですか?

 姉ぇに似た私が忘れさせるようにしたいので!

 こう付き合ってくれてるのは少しは脈があるかなと思いますし!」

「……」


 困った顔を浮かべる誠一さんは悩んでいるようだ。


「そいつはな。

 何というか、破天荒なのに、家庭的で、グイグイ引っ張ってくれる。

 その癖、甘えたがりで不安症で臆病だ。

 ちゃんと好意を示してやらないと、逃げようとするし、何だかなとは思う」

「ふーん……」


 何というか想像が付かない。

 前三つは何となく姉ぇに似た感じだと思った。

 しかし、四つ目以降が追加されていくとイメージが変わった。

 臆病という単語は当てはまらないし、行動しろという姉ぇの言葉が例にある通り、本人は逃げないし、初志貫徹する。

 付き合う人や好意を持つ対象の傾向はある程度は一貫すると言うし、姉ぇと似た前半部分はそれだからだろう。

 何というか、後半は私に似ている感じがあり、親近感が湧くし、私にもチャンスがあるように思えてきた。


「君とのデートのことも話したが、楽しんで来いって言われた」

「余裕なんですかね、それは……」


 ちょっと、イラついた。

 私の事如きと思われているのか、誠一さんに全幅の信頼を預けているのか。


「女の扱いを覚える訓練だとも言われた。

 ホテルでエッチしてきてもいいぞとも。

 どうせ相手も据え膳だしって」

「舐められてるー!」


 一度、会ってガツンと殴りかかりたい気分になった。

 つまり、誠一さんの肥やしにするために使われている。

 その程度の扱いなのだ、私は。

 女としてのプライドに火がつく。


「よーく、判りました。

 それなら、その余裕しゃくしゃくな顔を寝取られた後に歪ませて拝見するとしましょうか!

 ホテル行きましょう! ホテル!」


 つまり、これは宣戦布告だ。

 後悔するがいい。

 恋する乙女は無敵なのだ。


「行かないからな?」


 誠一さんの顔にヤレヤレと浮かんでいる。

 どういう意味だろうか。


「それは私に魅力が無いということでしょうか。

 誠一さんは絶対に彼女と別れないという事ですか⁈」

「先ず別れるつもりはないが、前半についてはそういう訳ではないんだが……」


 言い辛そうにする誠一さん。

 何かを隠している感じというよりは、思い返している感じだ。

 なら助け船を出しながら、攻めることにしよう。


「じゃあ、私は魅力的なんですね?」


 これはズルい言い回しだ。

 気を使った『ハイ』なら詰める。

 否でも、罪悪感を植え付けるための布石になる。


「魅力的だとは思う」

「……っ!」


 そんな考えが吹っ飛んだ。

 彼の眼が私を観て、真摯に応えてくれたからだ。

 ドキンっと心臓が跳ね、ペタンと座り込んでしまう。


「大丈夫かい?」

「大丈夫えす……。

 そういう真摯な所、彼女さんにもズルいって言われません?」

「言われる」


 差し伸べてくれた手を取りながら思う。

 彼女さんもこういう所にやられたのだろう。

 くっ……羨ましい。


「ありがとうございます!」

「っ!」


 と言いながら、彼の手を思いっきり引いた。

 不意を上手く突けて私の方に倒れこんでくる彼。

 女の武器、大きなマシュマロと腕で押し付けるように抑え込み、


「ドキドキさせられたお返しです」


 っと、唖然としたままの彼の唇を奪った。

 ふにっとした感触が伝わってくる。

 そして離れ際にペロリと、誠一さんの唇を舐めとる。


「私のファーストキスですよ?

 意識してくださいね?」


 彼の記憶に刻み付けていく。

 ずるい女のやり方かもしれない。

 とはいえ、こうでもしないと奪えないのではと思い至っていた。


「……参った参った。

 よく覚えておこう」


 とはいえ、それに慌てることもなく、私の頭を撫でてくる誠一さん。

 優しい手つきで、心が温まる。

 しかし、同時にその余裕さに悔しさを感じる。


「とりあえず、行こうか。

 周りの注目を集めてるから」

「ぁ……」


 見れば遠巻きに人種を問わず、多くの人が見ている。

 頬が赤くなり思考が固まる。


 大胆なことしすぎた……!


 私は手を引かれるまま、誠一さんと一緒にその場から離れた。

 その手が少し固いことに気付き、内心を察するとキスは効果的だったようだ。


「大丈夫かい?」


 肩で息をしながら私に振り向いて誠一さんはそう声を掛けてくれるが、


「……頭ですか?」


 私は大丈夫じゃない気がする。

 キスしたは良いが心臓がバクバクしている。

 とはいえ、後悔していない。

 唇をなぞり、思い返す。

 ……うん、して良かったと思ってる。

 性欲に火がつくかと思ったが、逆に心地よい満足感で収まっている。

 何というか、凄い。


「いや、いきなり走ったからね?」

「そっちは大丈夫です。

 誠一さんこそ、汗ビショビショじゃないですか」


 っとカバンからハンカチを出して、拭いてあげる。


「自分のがあるから……」

「いいからじっとしててください。

 生徒会活動で小学生とか相手にする時もあるんですから、手慣れたものですよ」


 終わり、木陰で座らせて落ち着くことにする。


「ありがとう」

「いえいえ、私が原因ですし」


 っと、礼を笑顔で言ってくれるので笑顔で返し、


「とはいえ、私の本気度は伝わりましたか?」


 攻める。


「ありがとう。

 でも、俺には……あいつが居るからな。

 もし違う出会いをしていたら君とあいつが入れ替わってたかもしれないが」

「順番……いつも、悔しい思いをするんですよね。

 姉ぇの件といい」


 いつもそうだ。

 間が悪いという奴なのだろう。

 立ち上がった私の背中に、


「とはいえ、君といると楽しいのは確かだけど。

 初音ともまた違って見ていて楽しい」


 ポツリと呟かれた言葉。

 それは確かに聞こえた。

 頬が熱くなる。

 口角があがり、笑みが浮かんでしまう。

 嬉しいという感情が沸く。


「えへへー。

 誠一さん、次に行きましょう!」


 攻め時だ。

 そう私は前向きに、彼の手を取った。

 彼はそんな私に驚いて目を見開くが、笑みを浮かべてそれを快く受けいれてくれた。


「ここも来たかったんですよね」


 ついた先は、清水寺のすぐ近く、地主じしゅ神社だ。


「縁結びのご利益があるので」


 どーんと大きな石が二つ置いてあり、看板が掛けられている。

 恋占いの石といわれる女子高生の話題人気スポットだ。


「……なんだい、これは?」

「私が今から、眼を閉じて片方の石からもう片方に進めれば、成功です。

 成功したら恋が実ると言われています。

 だから、誠一さんとの恋を実らせるために頑張ります!」


 まだ、人が並んでいないので、すぐ石に立てる。

 大丈夫、練習してきた。


「願掛けみたいなものなので、誠一さんは気にしなくても良いです。

 私がどんだけ本気かを見せたいだけなので!」


 戸惑いを浮かべてくる誠一さんは頬を指でかく。

 それでいい。

 私がちゃんと好きだと伝えたいだけだ。

 そこからは私自身の頑張りだ。


「行きます……!」


 誠一さんとの恋の成就と願い事を浮かべ、私を眼を閉じ、歩き出した。

 一歩。

 また一歩と進んでいく。

 大丈夫、大丈夫だと自身に言い聞かせるが、見えないというのが疑心暗鬼を生み出していく。

 眼を開けたら失敗だ。

 一歩、また一歩。

 考えている歩数よりも、多い。

 

 ……間違えた?


 いや、落ち着こう。

 焦りが思考を鈍らせてくる。


「初音さん、右だ、右。

 一歩だけ行けばいい」


 ふと、声がした。

 誠一さんの声だ。

 彼女が居る彼からしてみれば、私は失敗した方がいい。

 だから、嘘を言っているのではないかと、一瞬浮かんだ。

 しかし、それは否だと否定する。

 私が見てきた誠一さんは実直な人だ。


「信じます!」


 一歩、そして手を伸ばす。

 石の感覚が手に伝わってくる。

 満を持して眼を開くとそこに石があった。


「……やった!」

「おめでとう、初音さん」


 私が嬉しくなり、誠一さんに抱き着くと、彼も笑みになってくれる。


「……なんで、助けてくれたんですか?

 失敗したら、私は諦めてたかもしれないのに」

「逆に僕の事を信用してくれなかったら、それを理由に振ろうかなと思ったからだ」


 正直に述べてくれるものの酷い罠が仕掛けられていた。

 とはいえ、私はそれを乗り越えた。

 ちゃんと、誠一さんを考えることが出来たし、信じることが出来た。

 これを示せたのは大きな一歩な気がした。


「すまない、試すような真似をして」

「いえ、いいんです。

 誠一さんが私を試すのは当然じゃないですか!」

「ありがとう、そう言ってくれると助かる」

「とはいえ、その試験をクリアした報酬に一つお願い事を聞いて貰っても良いですか?」

 

 そして私は誠一さんを社務所の前に引っ張っていく。


「このしあわせのお守りを一つ私に買ってください!」

「判った買おう」


 私が赤色のお守りを示すと、即答が帰ってきた。


「ぇっと、言っといて聞きますが、効能とか聞かないんですか?」

「君は僕に対価を求める権利は当然ある。

 なら、そこを聞いても仕方ないじゃないか。

 すみません、これ一つ下さい」


 っと、千円の支払いまで終えて、手渡してくれる。


「ありがとうございます!」

「ちなみに効能は?」


 買った後で聞くのは彼的に有りなのだろう。

 だから、ちゃんと言ってあげる。


「恋の成就をしてしあわせになるというお守りです」


 そして、誠一さんの腕に抱き着いた。

 見上げると誠一さんの顔が、困ったような笑みを浮かべてくれていた。

 私の本気が、少しずつでも伝わっていけばいいのだ。

 デートの前半戦は上々と言えた。

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