PANDA REMIX EDITION 2002/08/24-31

8月24日(土) 天気くもり 気温29℃


目を覚ます。朝6時半。どうして毎朝毎朝こんな年寄りみたいに早く目が覚めるんだろう。夏休みの間くらいお昼すぎまでゆっくり寝ていたい。夜子みたいに。

パパとママは十年ぶりのセックスを一晩中楽しんでぐっすり眠っている。ゆうべはわたしも夜子もママのあえぎ声がうるさくてちっとも寝つけなかった。年頃の娘ふたりにあえぎ声を聞かれて、ママは平気なのかな。

わたしもいつかママみたいになっちゃうのかな。ママみたいになっちゃうっていうのは、良心回路が壊れたモノクローンみたいになるっていうこと。

ママは絶対頭のどっかに異常があるはずだよ。十年以上もパパやわたしたちをほったらかしにしたり、ひょっこり帰ってきたり、娘にセックスを教えたり、わたしが二度寝して目を覚ましたらまた家を出ていってたり、頭がおかしくなきゃきっとできない。

ママはきっといつか人殺しだってしちゃうんじゃないかな。

わたしはそれでもママが好きだけど。

しあわせなゆうべが夢か幻みたいにママはまた小島家からいなくなりました。




8月25日(日) 天気はれ 気温32℃


今日はワタルの友達が主催するフィギュアの即売会についていきました。ずっと委託ばかりだった夜子フィギュアをワタルは今日はじめて自分で売るんだって。海洋堂に発注した百個のうちネットの通販で30個、コミケの委託で30個が完売して、今日30個売るんだって言ってた。ひとつン千円もするアニメの萌えキャラでも何でもないフィギュアがよく売れるもんだな、と思う。

夜子のクローゼットからひっぱり出してきた一度でいいから着てみたかったロリ服に袖を通して、夜子フィギュアと同じ髪型をしてみたけれど、でもやっぱり夜子みたいにかわいくはなれない。あ、でもフィギュアのモデルはわたしだっけ。連続稼動時間が90分しかなくて電池が切れたまま部屋の床に転がってたハロを抱いて、ひとりで家を出た。夜子はうちでお留守番。麻衣とイリコちゃんが面倒を見てくれてる。

ロリ服を着て待ち合わせ場所で先に待ってたわたしを見てワタルはびっくりした顔をした。

「やっぱり似合うね、かわいいよ」

鼻の頭をかきながら恥ずかしそうに笑った。わたしも同じように笑った。ワタルは電車に乗っている間ずっと手をつないでいてくれた。うれしかったよ。

貸しビルのワンフロアの小さな会場に着いてからワタルはずっといそがしそうに準備や接客に追われて、わたしはただ笑って座ってるだけの売り子をしていた。ワタルのお客さんたちがフィギュアとモデルのわたしを見比べて似てる似てると言って順調に売れていく。

カメラをもった男の子がわたしにレンズを向けて何枚か写真を撮っていった。ワタルと一言もしゃべっていないことに気づいた。ふたりでどこかに行くなんてはじめてのことなんだから、おもいっきりはずかしがったりしてないでもっと電車のなかでしゃべればよかった。かわいいってほめてくれたとき、ありがとうくらい言えばよかった。

結局帰りの電車でも一言もしゃべれなかった。何を話したらいいのかわからない。ワタルも何も言わずに、ただわたしの手を握ってくれているだけ。

もう何も考えられない。

わたしはワタルに言われるまま、はじめてラブホで彼に抱かれました。先生、やいてくれる?えへへ。

わたし先生も好きだけど、ワタルも好きなんだ。悪い子だよね雪。

先生、はじめてのエッチはすごく痛かったよ。

でも、はじめて誰かに愛されてる。そう思えました。

先生が前に話してくれた「天国へと繋がる螺旋階段のイニシエーション」っていうのはこんななのかなって思う。違うかな。




8月26日(月) 天気はれ 気温34℃


あそこがひりひり痛いけど、でもしあわせ。

今日はワタルの部屋で彼に抱かれました。

ワタルは夜子もいるのにわたしの体を触ったりしてきたから、そのままなしくずし。

夜子はわたしたちのエッチを興味深そうにずっと見てた。

ママの血かな。平気だったよ。夜子に見られてるの。こないだの日記書きなおさなきゃ。

「雪ちゃん、ママと同じ声が出てるよ」

「きもちいいの?きもちいいの?」

「ワタルとそういうことするのきもちいい?」

夜子がAV男優みたいな言葉をかけてくるから、雪はすごく興奮したよ。

ワタルも夜子もいじわるだ。大好きだけど。




8月27日(火) 天気くもりのちはれ 気温33℃


ほんものとかにせものとか、そんなのはちがうとおもう。

わたしたちはふたりともほんものなんだよね。



8月28日(水) 天気はれ 気温34℃


ねえ?先生神戸は坂が多くて困らない?

今日は夜子を連れて六甲に行ってきたんだ。六甲は少し山側を上って行くと猪に会うことがあるって知ってた??。昔、秋頃に六甲へ行った時、猪にスーパーの袋を奪い取られて道路に巻き散らかされて茫然としてる大学生を見たことがあるんだ。だから、夜子も夕方になると六甲から帰りたがる。JRあたりは大丈夫だって言ってるのに聞かない。

でも、今日のおめあてはアンニヴェル。JRよりは阪急寄りにあるイタリアンのお店で、私も夜子もここのドリアが大好きだから二月に一度は行く。

夜子も行くのは怖いくせに舌を火傷しながらはふはふと夢中で食べてた。ここのマルゲリータは最高なんだ。先生も一度行ってみて?絶対に気にいると思うよ。

これを書いてる今もまだおなかがいっぱいだけど、また明日も食べたいくらいだよ。




8月29日(木) 天気はれ 気温34℃


夏休みももう終わり。宿題はとっくにかたづいてるし、だから今日から3日間は倒れて2学期の始業式に出られなくなるくらい夜子と遊びたい。

ワタルともっとこの夏の思い出を作りたい。・・・もっとエッチしたい。ワタルに裸を見られるのはまだすごく恥ずかしいけど。

珍しく、夜子が海に行きたいって言い出した。私の夜子に対するイメージの中にピノコがあって(先生は知ってるよね?)ついつい海で泳いだら危ないんじゃないかって錯覚してしまう。変だよね。姉妹なのに。

当の夜子はと言うと海には行きたいけど水着は嫌、太陽は嫌、波は怖い。何のために行きたいのかさっぱり分からなかった。

でも、ワタルとも遊べるいい機会だからまた誘って三人で遊びに行ったんだ。ワタルに水着姿も見せたかったし。

なのに、ワタルは着くなり「泳いでくる」の一言を残して消えてしまうし、夜子も「雪ちゃん、ちょっと待っててね」って消えてしまった。気合を入れた水着と私だけが残されてしまって呆然と佇むのも悔しいからしっかりと泳いでやったよ。

泳いで疲れても、一人で焼きそばを食べても帰ってこないから寂しくて心配でうろうろと探しまくった。

それでも居なくてちょっと拗ねてシートの上でいじけてたら目の前に手が差し出された。

夜子だった。

「はい、雪ちゃん。手出して??」

手を出すとピンクの綺麗な貝殻をくれた。

「どうしたの??」

「絵本で読んだの。大事な人にピンクの貝殻を渡すと二人ともしやわせになれるんだって」

泣きそうになった。

「さき越されたなぁ」

残念そうなワタルの声に振り向くとワタルも小さな貝殻をいっぱいくれた。

「こんなものしかあげられなくてゴメンな。と、とりあえず記念のな、な」

明後日の方向を向いて頭をごしごしかきながら話すワタルと微笑んだままの夜子を交互に見つめて大泣きしちゃったんだ。

先生、雪は幸せです。



8月30日(金) 天気はれ 気温34℃


今日は昨日の疲れもあって、夜子と二人で家でまったりと過ごした。

お昼過ぎに起きてきた夜子にフルーツグラノーラとヨーグルトをあげるとすっぱいのは嫌だと怒られてしまった。私は牛乳よりもプレーンヨーグルト派なんだけどな。

第一、量さえ加減すれば酸っぱくなったりはしないのに。夜子はまだまだ子どもだ。

雪だって大人じゃないけど、でも夜子よりは少し大人でいたい。だから、夜子にはずっと大人になって欲しくない。二人でずっと子どもで少しだけ私が大人でそんな関係が続いて欲しい思う。

夜子の観察日記ももう明日で終わりだ。

明日は特別な日になるんだろうか。夜子は今日も笑ってる。



8月31日(土) 天気はれ 気温32℃


昼間っからワタルとエッチ。動物みたいだけど。でもいいんだ。楽しいから。しあわせだから。

彼の部屋で、彼と夜子と並んで座って、わたしはしあわせをかみしめてる。

夜子もいつかこんなふうに誰かに愛されることでしあわせをかみしめたりすることがあるのかな。

夜子はパパにもママにもわたしにも虐待されなかったから、カヨちゃんよりはしあわせだと思う。

夜子は分家だけど政治家の家の生まれだったおかげでアフガニスタンの最前線に飛ばされることもなかったから、イリコちゃんよりはしあわせだと思う。

事象Aや事象Bにおいて誰かよりしあわせであるということが事象Cで誰かよりしあわせだということはないし、幸福の消費期限は絶対に嘘をつかないことで、それにしあわせかどうかということはあくまで個人の主観にゆだねられているから、他者が絶対的にあるひとがしあわせであるかどうかということを断言できないことは知ってる。

しあわせっていうのはだからあやふやで、それでいて確実なんだよね。

ずっと気になってた。昔から。だから聞いてみます。


「夜子ちゃん、雪、今すごくしあわせなんだ。夜子ちゃんはしあわせ?」

「しあわせだよ。夜子は雪ちゃんとずっといっしょにいられたらしあわせなの」


夕方、わたしと夜子が帰ろうとすると、植木鉢を抱えてワタルがおいかけてきた。

観察日記っぽいだろ?とワタルが笑って、道路で夜子に両足を植木鉢にさして立つように指示する。

写真をパチリ。

通りかかったおまわりさんにわたしたち3人はこっぴどくしかられた。

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