2002/08/23-08/28

8月23日(金) 天気あめ 気温27℃


ママが突然小島家に帰ってきました。

十年間わたしや夜子やパパをほったからしにしてたくせに、ちょっと買い物に出かけてただけみたいに、当たり前みたいに。

「おみあげちょうだい。おみあげー」

夜子がママに駆け寄った。

「何これー?」

夜子が勝手に開けたママの大きな旅行鞄のなかには、指名手配中の誘拐犯のポスターが敷き詰められていた。

「パートでね、そういうことしてるの」

街のあちこちにそれを貼ってまわるの。ママは笑ってそう言った。

容疑者は女の子。まだ14歳。わたしや夜子よりもかわいい。少女まんがに出てくるどこかの財閥のお嬢様みたいな顔をしてた。顔写真が公表されてしまうのは彼女がモノクローンだから。


ジェリービーンズ>オリジン>ミッシング>モノクローン


江戸時代の士農工商と同じで、生まれだけで身分が決まって、最下層のモノクローンには人権さえ与えられない。それがこの国。

「雪や夜子がうまれた頃はモノクローンの虐待死が問題になったけれど、今はモノクローンのオリジン殺しがはやってるんだってね」

殺されたのは同じ顔の女の子だった。頭がつぶれトマトになるまで滅茶苦茶に殴られてその子は死んだ。

「モノクローンは知ってるのかな。オリジンとモノクローンの根本的な違いを。どの子もオリジンの頭を滅茶苦茶にしてるね」

夜子も気をつけなくちゃね、と言ってパパは夜子の頭をなでて笑った。


ママ、十年ぶりに食べたママの料理はおいしかったよ。

ありがとう。

おかえり、ママ

今日はこれから北の国からの総集編をみんなで見ます。




8月24日(土) 天気くもり 気温29℃


目を覚ます。朝6時半。どうして毎朝毎朝こんな年寄りみたいに早く目が覚めるんだろう。夏休みの間くらいお昼すぎまでゆっくり寝ていたい。夜子みたいに。

パパとママは十年ぶりのセックスを一晩中楽しんでぐっすり眠っている。ゆうべはわたしも夜子もママのあえぎ声がうるさくてちっとも寝つけなかった。年頃の娘ふたりにあえぎ声を聞かれて、ママは平気なのかな。

わたしもいつかママみたいになっちゃうのかな。ママみたいになっちゃうっていうのは、良心回路が壊れたモノクローンみたいになるっていうこと。ママは絶対頭のどっかに異常があるはずだよ。十年以上もパパやわたしたちをほったらかしにしたり、ひょっこり帰ってきたり、娘にセックスを教えたり、わたしが二度寝して目を覚ましたらまた家を出ていってたり、頭がおかしくなきゃきっとできない。

ママはきっといつか人殺しだってしちゃうんじゃないかな。

わたしはそれでもママが好きだけど。

しあわせなゆうべが夢か幻みたいにママはまた小島家からいなくなりました。




8月25日(日) 天気はれ 気温32℃


今日はワタルの友達が主催するフィギュアの即売会についていきました。ずっと委託ばかりだった夜子フィギュアをワタルは今日はじめて自分で売るんだって。海洋堂に発注した百個のうちネットの通販で30個、コミケの委託で30個が完売して、今日30個売るんだって言ってた。ひとつン千円もするアニメの萌えキャラでも何でもないフィギュアがよく売れるもんだな、と思う。

夜子のクローゼットからひっぱり出してきた一度でいいから着てみたかったロリ服に袖を通して、夜子フィギュアと同じ髪型をしてみたけれど、でもやっぱり夜子みたいにかわいくはなれない。あ、でもフィギュアのモデルはわたしだっけ。連続稼動時間が90分しかなくて電池が切れたまま部屋の床に転がってたハロを抱いて、ひとりで家を出た。夜子はうちでお留守番。麻衣とイリコちゃんが面倒を見てくれてる。

ロリ服を着て待ち合わせ場所で先に待ってたわたしを見てワタルはびっくりした顔をした。

「やっぱり似合うね、かわいいよ」

鼻の頭をかきながら恥ずかしそうに笑った。わたしも同じように笑った。ワタルは電車に乗っている間ずっと手をつないでいてくれた。うれしかったよ。

貸しビルのワンフロアの小さな会場に着いてからワタルはずっといそがしそうに準備や接客に追われて、わたしはただ笑って座ってるだけの売り子をしていた。ワタルのお客さんたちがフィギュアとモデルのわたしを見比べて似てる似てると言って順調に売れていく。

カメラをもった男の子がわたしにレンズを向けて何枚か写真を撮っていった。ワタルと一言もしゃべっていないことに気づいた。ふたりでどこかに行くなんてはじめてのことなんだから、おもいっきりはずかしがったりしてないでもっと電車のなかでしゃべればよかった。かわいいってほめてくれたとき、ありがとうくらい言えばよかった。

結局帰りの電車でも一言もしゃべれなかった。何を話したらいいのかわからない。ワタルも何も言わずに、ただわたしの手を握ってくれているだけ。もう何も考えられない。

わたしはワタルに言われるまま、はじめてラブホで彼に抱かれました。先生、やいてくれる?えへへ

わたし先生も好きだけど、ワタルも好きなんだ。悪い子だよね雪。

ワタルがわたしを愛しながら夜子って呼ぶまで、今日のわたしはしあわせでした。




8月26日(月) 天気はれ 気温34℃


「夜子ちゃんだと思ったんだ、ごめんな。雪だってわかってたらこんなことしなかった」

昨日ワタルはそう言った。あそこが痛い。ずっとひりひりしてる。しばらくは自転車に乗れないと思う。出血は今朝一度とまったけれど、生理みたいに出たり止まったりをくりかえしてる。精液が血にまじっていた。


「夜子ちゃんだと思ったんだ」


「雪だとわかってたらこんなことしなかった」


ワタルがわたしを求めてくれたと思ったからわたしはワタルに何されてもいいと思ったのに。今まで誰もわたしのこと大切にして求めてくれたことなんかなかったから。パパもママもみんな大切にするのは夜子だから。

塩化ビニールでできてるみたいな機械人形は抱けても、生身の同じ人間のわたしは抱けない。ワタルが言ったのはそういうことなのかな。

「パパー雪ちゃん今日あの日みたいだからパパ夜子とふたりでお風呂いこ?」

「めずらしいね。いつもふたりいっしょなのにね」

「たまにはそういうこともあるんじゃないかなぁ?前にもあったしー」


夜子はいやな女だ。




8月27日(火) 天気くもりのちはれ 気温33℃


にせものはどっち?




8月28日(水) 天気 気温℃


わたしは今日、夜子の頭を壁に何度も何度も、何度も叩きつけたんだ。

だって夜子悪い子だもん。わたしの宿題に落書きしたんだもん。悪い子にはおしおきしなくちゃ。でしょ?

もしパパとママがこの場にいたら、ふたりは青ざめた顔でわたしと夜子を交互に見るのかな?もしかしてわたしがおかしくなったって思うのかな?えへへ。わたしは普通だよ。わたし機械じゃないもん。

簡単に割れたよ。ぷしゅっと血が飛び出した後、中身が覗いた。

脳漿が見えました。

衝撃でぐちゃぐちゃに混ざりあって、頭蓋骨にこびりついたそれは、脳。

見間違いじゃない。右脳や左脳をつかさどるディスクがまるで3CDチェンジャーみたいに挿入されているのがモノクローンの人工脳。ファミコンソフトの基盤のようなものもあるはずなのに。

でも、どうして?

お仕事から帰ってきたパパは悲しそうな目でわたしを見つめながら、頭を何度か叩いてみせると、今度はわたしの頭を軽く叩きました。


音が違ってた。


やっぱり。

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