第170話 遠ざかる景色

 それから、朝になって無事下村さんを乗せたクルーザーが島にやってきて、俺たちは救出された。


 クルーザーに乗って小さくなっていく無人島を見ながら、俺はなぜか感慨に浸っていた。


 短い間ではあったが、あの島には俺と前野、そして、横山だけの世界があった。


 あんな状況、たぶん、これから先の人生でも経験しない状況だし……まぁ、もう一度体験しいかと聞けば、微妙だけど。


「……ふわぁ。まだ眠いや」


 と、横山がそう言って俺の隣にやってきていた。


「……昨日、寝ていたんじゃなかったのか?」


「あはは……それが、なんだか寝付けなくて……なんというか、早く帰りたいはずなんだけど、なんだか帰るのが名残惜しいというか……そう考えると寝られなくなっちゃてね」


 そう言って苦笑いする横山。俺は思わず前野の方を見てしまう。


 前野は前野で、全然違う方向の水平線を見ていた。


 前野のヤツ……横山が眠っていたという話は嘘のようだ。


 前野はなんでそんな嘘をついたのだろうか?


 それに、俺が海岸で、前野に横山も誘えば良かったのに、と言った時、一瞬だけだったが、少し機嫌が悪そうな顔をしていたような……。


「ねぇ、後田君」


 と、俺は横山の声で我に返る。


「……なんだ?」


「まだ夏は終わりじゃないよ。最後に大きなイベントがあるんだけど……どうかな?」


「……大きなイベント?」


 俺がそう横山に聞き返したその時だった。


「それ、私も気になるな」


 いつのまにか俺の背後に来ていた前野がニッコリと微笑みながら、横山にそう言った。


「真奈美も、もちろん来るでしょ? 夏祭り!」


 嬉しそうにそういう横山のその発言を聞いて、俺はまた……なんとなく波乱を予感してしまったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る