第5話 水族館
時間通りにやって来たバスに乗り込んで、一番後ろの席に二人並んで座った。何も言わずとも京子は窓側だ。乗っている乗客は俺たちのほかには三名ほどだった。
だいたいいつも窓の外を見ている京子が珍しく俺の方を向いている。
何か顔につけてきたか?
「なんだよ? 俺の顔に何かついてるか?」
「祐介の顔をよく見ておこうと思って」
「いつでも見られるだろ」
「まあね。……、ケフ、ケフ」
「咳が止まらないなー」
「大丈夫」
乗客が入れ替わりながら30分ほどで、バスはちょうど水族館の入り口に停まった。バスを降りてそのままチケット売り場へ。
「きょうは、わたしが出すから気にしないで。お母さんからたくさんお小遣いもらってきたから、大丈夫よ」
「俺も、母さんからいくらかは貰って来たから大丈夫だぞ」
「いいの、いいの。任せて」
そう言って京子が窓口で中・高生二人分のチケットを買ってしまった。ここ数日、京子は人が変わったようにやさしくなったような気がする。妙な感じだ。
「へー、ここへ来たのは、幼稚園の遠足以来よね?」
「そうだったな。あんときは、京子が何かで泣き出したんだったよな。何だっけなー?」
「思い出さなくていいから」
「思い出した! おシッ……」
「バカ!」
「忘れた」
「それでいの」
……
「幼稚園で来た時はここずいぶん広く感じたんだけど、そんなに広くはなかったのね。あっという間に見終わってしまったわ」
「だって、京子は説明なんて全然見てなくて、ちょっと見ただけで
「いいじゃないの。少し疲れたから、あそこの椅子に座って休憩しよ」
「ああ。それじゃあ、俺がジュース買って来てやるよ。何飲む?」
「うーん。それなら、いつもの甘いコーヒーかな」
「わかった。いつものな」
「ほい」
「ありがと」
「まだ、昼には早いけどどうする?」
「そうね、ここのフードコートでもいいかもしれないけれど、もう少しおしゃれなところがいいわ」
「おしゃれねー」
「前の通りを歩いてみて、良さそうなところに入りましょうよ」
「そうしようか」
「祐介は何が食べたい?」
「何でも。好き嫌いは特にないのは知ってるだろ? 京子の好きなものでいいぞ」
「わたしも、お店を見てから決めるわ。これを飲んだら出よ」
「ああ」
「建物の外に出ると、少し汗ばむ陽気ね」
「今日は天気がいいからな。食べ物屋さんがいくらか並んでるようだから、あっちの方に行ってみるか?」
「まだ、お昼には少しあるから、こっちの方に歩いて行ってみない?」
「わかった。でも、こっちの道は普通の店が並んでるだけだぞ」
「だからいいの」
商店街というほどではないが、小物を売る店、布を売る店、雑貨店などが並んだ通りを二人並んで歩いていく。
「ちょっといいかしら」
そういって、京子が小さな店の中に入って行った。どうやらアクセサリーなどを扱っている店のようだ。そんな店には入りたくはなかったが、そういう訳にもいかないので、後からくっついて店の中に入る。
さっそく、京子が、イヤリングを見つけて、耳にくっつけて俺の方に見せる。こういった時は、ただ、『似合うと思う』と返事をするのではダメだとどこかで聞いたことがある。それなりに気の利いたことを言わないと怒りだす可能性もあるのだ。ここは慎重に言葉を選ぶ。
京子の選んだイヤリングは大きさの違う銀色のわっかが三個、耳につける部分の付け根で重なったちょっと大人っぽいイヤリングだった。
「よく似合ってるんじゃないか」
慎重に言葉を選んだつもりだったが出てきた言葉は、『似合うと思う』とほとんど変わらなかった。いままでだったら、ここでお小言の一つでも返ってくたはずなのだが、
「そう? 似合ってる? よかった。それじゃあ、これを買おうかしら」
なんだか、今の返事でも合格だったらしい。
「家の中なら、イヤリングしててもいいかもしれないけれど、中学生じゃまだ早くないか?」
「いいの、祐介はそんなこと気にしなくて」
そういって、京子は、店員にお金を払ってそのイアリングを買ってその場で両耳につけてしまった。
一応、
「いいんじゃないか」
「ありがと」
イヤリングをつけた京子はどこか大人びた雰囲気が漂ってきた。たったそれだけで今までの京子とは違う京子になってしまったように思えて、自分自身に驚いた。
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