13-現実を見せてやる

 僕は反撃を開始する事にした。


「まず初めてに言っておくよ。」

「僕は、涼音さんが精神的に危険な状態だから、それを助けに来ただけだから、変な誤解しないで欲しい。」

「元々、涼音さんが今の状態から抜け出して安定したら、手を引くつもりだよ。」

「こうして泊まってはいるが、君が疑うような事はない。」

「ぶっちゃけると、SEXなんてしてない。」

 嘘はない、キスやハグはしてるけど言う必要もない。……詐欺師がよく使う手口らしいけど。


 僕の言葉を受けて彼もどきは涼音に目を向ける。

 涼音は何度も頷いている。


 さて、一つ確認しておかなきゃだね。

「ところで、涼音さん婚約してるって、初耳だったんだけど?」


「ううん、してないよ。」

「すずちゃん、何言ってるんだよ、僕ら婚約したろ。」


 二人の言葉がかみ合ってない。


「婚約指輪だって渡したじゃないか。」


「だって、あれは……。」

「23歳の小娘がさ、付き合って一ヵ月の誕生日に指輪貰ったからって、普通は婚約だなんて思わないでしょう?」

「付き合ってるんだから、その時は一緒に暮らせたら良いなとか言うのって当たり前でしょう。」

「それを、婚約だななんて……。」


 涼音の話を聞いて、二人の気持ちと状況を察した。

 彼女の言う事や気持ちは判るけれど、彼氏の言い分も判る。……これについては彼もどきも可哀想だと思う。

 しかし、どちらの気持ちも察せるなら、今の僕の立場上は涼音の味方だ。彼氏の言う婚約したは、『婚約したつもり』の空振り状態だと理解しておこう。



 三人の位置関係は、相変わらず当初と同じで僕が椅子に座り、彼もどきは入口の近くに立ち、涼音は少し離れた床に腰を下ろしている。僕の立場は、浮気現場を押さえられた間男の立場の筈なんだけど、僕が一番偉そうなポジション。

 こういう位置関係も交渉事では多少影響するんだよね。今回は意図したわけじゃないのだけれど。



 さて、ここからが本番、いよいよ武器を取り出す事にする。


「ところで雪村さん(彼もどき)、貴方にとっては婚約者と思えてる大切な涼音さんの今の状況がわかっていますか?」


「どういうこと?」

「涼音さんは、自殺してしまうかもしれない程に心が追い詰められているのですよ。」

「彼女の心が病んでいるという事に気付いていなかったのですか?」


「自殺するほど深刻だなんてのは判らなかったけど、心が病んでいるのは知っていた。」

「すずちゃんは、前の彼氏に病院行けとか言われたり、普通じゃない扱いされるのが嫌だったと言っていたから……、僕は少し変だなって思っても、普通に扱っていたし、病院に行けとも言わなかった。」


 ……間違ってる、僕は瞬間的にそう思った。


「病院に行けって言わないとか、そういう事じゃないんですよ、君は変だって思ったって言ったよね、思ったならそれは前の彼と変わらない。」


「彼女に必要なのは、彼女を理解して寄り添う事なんですよ。」

「変な人だと思った部分を無視することじゃないんだよ。」

「変ってのは、ちゃんと向き合って理解すれば変じゃなくなるんですよ。」

「変と感じたままで思考停止じゃダメなんですよ。」


「僕だって寄り添って理解するようにしていたよ。」

 彼は即座に否定してきた。


「本当にそう?」



 さて、彼には絶対に防げない必殺武器の出番がきた。


「月乃さんを知ってますか? 由比ちゃんや、りさちゃんを知ってますか?」

「え? 誰、全然知らない。」


 彼にしてみれば、突然知らない女性名が出て来たので、自分の女性関係を誤解されるか、涼音さんの友人の話かと思ったに違いない。


「みんな、涼音さんの中にいる人格の名前ですよ。彼女は多重人格なんですよ。」

「雪村さんと一緒にいる時だって別の人格が出てきていた事があったと思うよ。」

「涼音さんが、いつもと違うなって思う事はありませんでしたか?」

「大切な存在が多重人格だと気付かなかったんですか?」


 彼もどきは、驚いたような顔をして涼音の方を見る。

 涼音は大きく頷いた。


「…それはわからなかった、でも時々変だと思う事はあったんだ。」

「言葉使いが変わったり、乱暴になったりすることはあった……。」

彼は少しトーンを下げつつも弱い抵抗をしてくる。


「変だと思っただけで思考停止してるからダメなんですよ、全然理解しようとしてない。」


 彼を僕は容赦なく切り続ける。


「僕は音声通話で話してるだけで、気付いて理解することができましたよ。」

「雪村さんは、僕より長い間彼女の近くにいて、涼音さんの何を見ていたんですか?何を理解してたんですか?」

「ただ、変だなって思考停止してただけじゃないですか。」


「あのね、僕が今ここにいるのはね…。」

「彼女の中の別人格達が僕に『涼音さんが自殺するかもしれない』って教えてくれたから来たんですよ。」

「僕が来なかったら、今頃彼女はこの世に居なかった可能性もあるんだよ。」

「本来ならこういう時に寄り添って助けるのは、身近で理解してくれる彼氏のような存在だと僕は思ってる。」

「だけど今の君には、僕が聞いたヘルプを聞く事すらできなかったって理解できるでしょう。」

「今の君では全然足りないんだよ、今の君に涼音さんを任せる事はできない。」


 完全に僕のペースになった。


 彼もどきは、力なく床に腰をおろして僕の話を聞いていた。


「ぎゃははは、うけるー。」


 突然、涼音さんが涼音さんとは違う声色で話し出した。

 僕は別の人格に変わったと感じた。これは丁度いいや。


 彼女は立ち上がり、そして僕の隣の椅子に座った。

「修羅場だって言うから、面白そうだから出てきたよ。」

「修羅場、超ウケる!」

 ギャルっぽい感じの口調と声。


「ね、君の名前は何?」

「美緒だよ!」


 彼女は僕や雪村を興味深そうに眺める。

「…ったく、なんだよ、あるじ趣味わりぃー。」

「どうしてこの部屋オジサンしかいないの!イケメンよんできてよ。」


「一応、そこにいるのは君の彼氏だろ?」

 僕は呆気にとられてる雪村を指さす。


「知らねぇよ。あるじの趣味なんか私には関係ないよ。」


「うーん、話し合いの途中なんだけどな、美緒ちゃん、涼音さんに代わってよ。」

「いいよー、あたしはイケメンいないとテンション下がるから。」


 僕は少しだけドキドキしていた、美緒は初めてだから、僕の言う事を聞いてくれるかどうかわからなかったから。

 でも、これで僕が涼音さんの人格をコントロールできてるように印象付ける事ができたと思う。GJ美緒。


「これが別人格ってやつだよ、演技じゃないってわかるだろ?」

 僕の問いに彼もどきは頷くだけだった。


 数分後に、今度は「みーみー」と鳴き出して、椅子から飛び降り四つん這いで駆け出す。僕はそれを慌てて追って、抱きしめるように動きを止める。


「離して下さい。」

 聞き覚えのある冷たい声がする。


「君の名前は?」

 僕は拘束をときながら聞いてみる。


「名乗る程の者ではありませんので、名無しでかまいません。」

 この雰囲気は月乃さんだと思うんだけどな。


 けだるそうに身体を起こしながら、彼女はつぶやく。

「だから、あの人とのお付き合いは無理だとあるじに言ってたのに……。」


 彼女は、ゆっくりと呆気にとられてる雪村に冷たい視線を送った。

「雪村さん、あるじはこんな状態なのです、理解して下さらない貴方とのお付き合いは無理があると私は考えています。」

「私はあるじとは別人格なので、私があるじのお付き合いに干渉することはしないつもりなのですが、このままではあるじは壊れてしまいます。」

「だから、私の意見を踏まえて、後であるじと話し合ってください。」


 絶対に月乃さんだよね、思った通りこの人、すごい怖い人って改めて思った。

 たぶん先程からの人格交代劇は、月乃さんの指示か策略だと思う。

 さすがです『人格のまとめ役』の名無しさん。



「いつきさん!」

 今度は幼いけど明るい声で呼ばれる。

 誰なのかわかるけど、あえて名前を聞いてみた。


「由比だよー」


 彼女はちょんっと座り直して、雪村の方を向く。

「おまえ誰だー?」


「何言ってるの、涼音さんの彼氏だろ。」

「おまえかー!! おまえかー!!」

「こっち見るなー!」

 彼女は雪村を指さして叫んでいる。

 僕はそんな由比の肩に手をかけて諭すように声をかける。

「そんな事は言わないの。一応、彼氏なんだから。」


「だってーあいつだよー、あいつのせいで由比が痛いんだよー。」

「何度も何度も痛い思いしてるんだよ。」

「おまえー! こっち見るなー!」


 僕はそんな由比をなだめるように手を握ったり、頭をポンポンしていた。

 ……それには、涼音さんの別人格との仲の良さを見せつける意図もあった。

 今の彼には、彼女に触れる事はおろか、近づく事さえできない。


 わかったろ、これが現実だ。



 しばらくして、涼音に戻ると、彼女は最初の位置い座り直した。僕も椅子に戻った。

 僕は、見せつけた現実を踏まえて、雪村さんに涼音の彼として何が欠けてるかを話し続けた。5月からの同居の話が出た時から、彼女はそれを考えるとショック状態になるほどの拒否反応が出てしまう事実も教えた。同居を強行するなら彼女が壊れてしまうだろうと断言した。


 雪村は僕の話を生返事で頷きながら聞いていた。……理解してくれてると良いのだけど。



 彼は仕事の準備があるからと、明け方には僕と涼音を部屋に残して帰っていった。

 涼音も仕事があるんだからと、僕は彼女をベットに眠らせた。



 そして一人椅子に座ったまま考える。

 僕は現場を押さえられたマヌケな浮気男ではなく、涼音さんのカウンセラーのような立場に持っていけたと思う。

 秘密にしていた多重人格をバラした事は申し訳ないけど、彼女の家に泊まり込んでまでサポートする理由としては、これを言わないと説得力が弱いと思ったからだ。

ごめんね、涼音。



 彼もどき……、雪村氏は決して悪い人間じゃないと感じた。ストーカーじみた行動は別としてね。


 婚約の行き違いについては、彼の話も筋が通っているけど、そういう二人の間の大切な話でさえ二人ですれ違っていたことを悔いて欲しい。

 ……そう、結局のところ無理解がすれ違いを産むのだ。思考停止してるから理解できないのだ。


 たぶん、10人女性がいたら8人くらいは彼の事を優しい人と言うだろう。

 でも、涼音にはその優しさは届かなかった、足りなかった。もっと深い意味での優しさや理解しようとする姿勢が無かった。

 そして、僕には彼の優しさの方向が間違ってるように感じられた。


 同居計画破棄の約束は得られていないが、さっきの話を聞いて強行するなら人間としてクズだろう。

 別れ話にも至らなかった。二人の関係は、当事者同士で決着をつけるべきだと考えていたから、別れについては、あえて触れていなかった。



 外はすっかり明るくなっていた。

 さて、涼音が起きたら僕も帰ろうか。





 お昼過ぎに僕の携帯端末にメッセージが届いた。


――――――――――


★りさ★

女児。

人懐っこく天真爛漫。

いじめられていた幼少期の理想像が人格化したもの。


★月乃★

年齢25

冷静沈着。誰かさんには冷たく怖いって言われてる美人のお姉さん。

友人の自殺を目撃してしまった時のトラウマから生成された逃避人格。

りさよりも少し早く生まれたと推測される。

全体の統率を担っている


★月斗★

年齢25

月乃の双子の弟

月乃がまだ人格として不安定だったのを支えるために生まれたサポート人格。

基本的に怠惰。

滅多に表には出てこないが出てくるときには全人格の怒りを背負って出てくるため手が付けられない。

唯一の男性人格であり、理系。


★みー★

年齢 不詳

「みー」としか話すことの出来ない究極の逃避人格。

主人格の自殺未遂を止めるために形成されたもの。

全てから逃げ出したい、何も考えたくないという欲求から生まれた人格。


★由比★

年齢 15

自傷行為やその他の痛みを背負うために生まれた人格。

痛みに鈍くできているため、主人格が痛みを感じると強制的に引っ張り出されることが多い。

おっとりしていて温和な性格ではあるが、どこか色んなことを諦めたような不穏な空気を纏う瞬間がある。


★まお★

年齢 12

強すぎる自己嫌悪と罪悪感が人格化したもの。

隙あらば主人格ふくめ全てを殺害しようとするが、憎悪レベルがそこまで高まってないのか自傷行為程度でとどまっている。

自傷に走ったあとはすぐに引っ込む。

痛みを味わわせることが目的に見える。


★美緒★

年齢17

JK。いつもテンションが高いサイコギャル。

修羅場とかマイナス面でのイベントが大好きらしい。

頭は弱いが変な勘の鋭さは異常。


★美雪★

年齢22

淫乱。気持ちいいこと大好き。

レイプ後のトラウマから生まれた人格。

キス魔。

金銭面に困ると勝手に動き出して荒稼ぎする問題児。

襲われたりすると主人格を守るために出てくることもある。


★桜花★

年齢23

自称能天気、主人格と記憶を共有する人格。

もう1人の主人格「クローン」とも呼ばれる。

ネット上でのコミュニケーションを円滑に進めるために作られた人格。

恐らく、ネットでの文章が丁寧語なのはそのため。



よろしく頼みますよ。

Present By 月乃


――――――――――



 月乃さんからだった。


 僕がまだ会ってない人格の名前も見える。

 みーちゃんが何故あの時に出て来たのかもこの紹介を見て納得できた。

 それにしても、月乃さん本人の自己紹介に笑ってしまう。


 中の人(人格達)と外の僕とで涼音さんを支えようという僕の提案に対する月乃の答えなんだろう。僕達の関係が一歩前進したのを感じた



 再び、端末のメッセージ着信音が鳴った。


――――――――――

酷いんだよ、聞いて

私がランチをしていたら、月乃がでてきて

気が付いたらメインのポークソテー食べられてた

――――――――――


 月乃はランチを奪いながらメッセージを送ってくれたらしい。


 様子を想像したら笑いがこみ上げてきた。

 日中はすっかり暖かくなってきている。

 ふっと見ると、桜が咲き始めていた。

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