第18話 精霊科学
遊びながらエレノアを追いかけた先でノエルが何かを見つけ、エレノアを呼び寄せる。 そこには茂った木で半分隠れた看板があった。
「エレノアー、なんかここにも看板あるよ。 知ってる?」
「え? 知らない。 たぶん国道の案内じゃないと思う。 なんて書いてあるの?」
「ちょっと待って、今枝よけるから・・。 えっとねぇ、リシュブール湖王立精霊学研究所? なんだろ? 精霊学の研究所なんて聞いたことないなぁ・・。」
「違うよノエル。 精霊学じゃなくて精霊科学研究所みたい。」
「精霊科学? もっとわからないな・・。 しかも王立? こんな辺鄙なところに?」
茂った木々に埋もれていた看板の横にはたしかに道が伸びている。 その道の先を眺めているエレノアにノエルが話しかける。
「ねえ、エレノア・・。食料品って売れてお金になるのが一番いいんだよね?」
「うん、そうだけど・・。」
「じゃあさ、ここに買ってもらえないか聞いてこようよ。 こんな辺鄙なところだから買ってくれるかもしれないよ。」
「え? 勝手に入ったら怒られるんじゃない?」
「聞いてみるだけだって。 ついでに精霊様のことを研究してる場所ならトレノでみた宙を泳ぐ魚のことも何かわかるかもしれないし。」
「確かにそうかも・・。」
「よし! じゃあ、親方に相談してくる! 待ってて。」
そう言うとノエルはターナーのところまで駆けて行き、身振り手振りで説明している。 再びエレノアのところへ戻ってくると笑顔で答えた。
「急いでないから売れる可能性があるなら行って来いってさ。 それに、もしかしたら父さんに関係あるかもしれないから色々話をしてきたらって言ってくれたよ。 エレノア、行ってみよう。」
「うん、父さんがいいなら・・。」
二人と一匹は国道から外れた小道を進んでいく。 程なくして突き当りを曲がると湖畔へとたどり着いた。 対岸は見えるもののそれなりに大きな湖は高い位置にある太陽の光を受けて、さざ波がキラキラと輝いて見える。
「うわ、きれい! こんな近くに湖があるんだ。」
「これが看板に書いてあったリシュブール湖なんだね。 」
「ウイタエにはこんな大きい湖ないなぁ・・。でも海ってこれよりもっと広いんでしょ? 世界は広いなぁ。 エレノアと旅に出れて色んな物が見れるのがすごい楽しいんだ。」
ノエルは瞳を輝かせながら目の前に広がる景色に見とれている。 その横顔を見ているエレノアは少し躊躇いながらノエルに話しかける。
「・・ノエル、あのね・・。」
「ん? エレノア、どうしたの?」
「・・その・・、さっきの父さんの話なんだけど・・。」
「あっ、ごめん!足をまじまじと見ちゃって!」
「それは大丈夫! うん・・。 あの・・、父さんが責任を取ってみたいなこと言いかけてたけど気にしなくていいから。 ノエルが真面目だから面白がって言ってるだけだと思うから・・。」
顔を赤らめながら目を合わせないように話していたエレノアは恐る恐るノエルの顔を見る。
そこにはエレノアに向き合い微笑んでいるノエルの顔があった。 慌ててエレノアは言葉を続ける。
「あの、誤解しないでね? ノエルと一緒に居たくないとか、そーゆーことじゃなくて! ・・その、私はノエルと旅ができてる今はすごく嬉しいよ。 でもノエルは教会を継がないといけないから無理やりこっちに引っ張るのは良くないと思ったから・・。 私、何言ってるんだろ・・。」
あたふたしながら話をするエレノアにノエルは笑いながら言葉を返す。
「親方の言ってくれる言葉は俺の働き方を認めてくれてるみたいで素直に嬉しいんだ。 じいちゃんはまだ俺に教会を継いでくれって言ったことないしね。」
「ノエル・・。」
「じいちゃんの考えはまだよく判らないんだ。 まだ自分が元気だから当分先の話と思ってるのかもしれないし、もしかしたら父さんが居た時に何かあったのかもしれない・・。 でも、未だに俺には継いでほしいみたいなことは一切言うこともなければ、ただ勉強しなさいってだけだからさ・・。」
「それは・・、お父さんみたいにノエルも自分の好きなことをしたらいいって思ってくれてるのかな? それともこっちで勝手にノエルに押し付けたくないみたいなこと考えているのかも・・。」
「どうなんだろうね・・。 エレノアもそうだけど、テオって村出るときに話してた友達も家が宿屋で当たり前に親子で継ぐことを考えてる。 子供だってこんぐらいの年になると先のことを考えるじゃん。」
ノエルはそう言うと足元に転がっていた小石を拾い上げると湖に向かって力一杯放り投げた。
小石は湖に小さな水しぶきを一瞬上げ、その後は何事もなかったかのように湖面はさざ波に戻った。
「でも、こうやって旅にも出させてもらったし、前より進んでるとは思うんだ。 この先、教会を継ぐのかはわからないけど今出来ることは一生懸命やりたいんだ。」
湖を眺めるノエルの表情に暗さは見当たらない。 その表情を見たエレノアは安心したように柔らかい笑顔を浮かべてそっと寄り添う。
「私もノエルに助けられてるし、頼りにしてるよ。」
「ありがと、エレノア。 じゃあ行こうか。 いい話持って帰って親方びっくりさせてやろうぜ。」
「うん。」
二人は研究所へと歩みを進める。 その足取りは迷いなく真っ直ぐと続いていた。
波のない静かな湖に沿うように小道が続いている中で横向きに大きな道が枝分かれしている。
「あそこに建物があるよ。 あれが研究所かな?」
太い道の先に白い建物が見えることにエレノアが指で示す。
「たぶんそうじゃないかな? 行ってみようよ。」
「うん。」
二人は足早に建物へと向かう。 次第に建物の全貌が見えて来る所まで歩いて来た時にエレノアが不思議そうにノエルに問いかける。
「なんか、この道変わってるね。」
「? なんで?」
ノエルはエレノアの言葉の意味が解らず、歩きながら聞き直す。
「なんか、建物の前に来てから不自然なくらい平らで真っ直ぐなの。 今歩いて来た道は湖に沿って曲がってたり凸凹してたけど・・。あとね、場所のわりにすごく道幅が広いの。 」
「ああ、たしかに!ここなら馬車同士がすれ違うのもよゆーだね。」
ノエルも止まって道を見る。 定規を引いたような道の先に真四角の白い建物が建っている。
近づくにつれ建物の形状がはっきりしてきた。 通常の建物には見られない造りで正面には馬車も丸ごとは入れそうな大きな扉が付いている。
「なんか・・。変わった建物だな。大きいけど教会とはまた違う感じ。」
「うん。どっちかって言うと倉庫とか市場みたいな建物だね。」
二人は建物の正面へとたどり着く。 先ほど見えた大きな扉はノエルが手で押しても開く気配がなく、その横に人用の出入り口があることに気が付いた。
ノエルが扉をノックする。 しかし、中からの返事は帰ってこなかった。
「どうしよ・・。開けてみる?」
「うーん、勝手にいいのかなぁ・・。」
心配そうに様子を見ているエレノアを他所にノエルはドアノブを回すと扉は何の抵抗もなく開いた。 中は薄暗く静寂に満ちたエントランスが広がる。
「お? 開いてる。 でも中に誰もいないみたい・・。」
「ノエル、勝手に入ったら怒られるよ。」
「大丈夫、入口までにしとくから。 それにしても研究所か、どんな人が働いてるんだろ? もしかしたら父さんも王都のこういう所で仕事してるのかなぁ・・。」
そうノエルは言うと興味津々に中を覗く。 その時に奥の部屋から大きな声が聞えてきた。
「いかん! 内圧が下がっている! 中止だ!」
「あああ、熱い!」
「おい! リードに引火してるぞ! 消化急げ!」
慌ただしい声が聞えたと思った瞬間、何かが爆発したような破裂音が建物内に響く!
白い煙が建物内に充満する中、ノエル達は入口で唖然としている。
「いや~、危なかったねぇ。 充填は気を付けないとねぇ・・。」
煙の中から3人の男たちが姿を現す。 いずれも親ぐらいの年齢で眼鏡をかけ、白衣を纏っている。 そのうちの一人はなぜかズボンを履いておらず、下着が丸出しになっている。
「変態が出てきた!」
目の前の衝撃的な光景にノエルが思わず叫ぶ。 その声でノエル達の存在に気付いた細見の男の一人がムッとしながらノエルに反論する。
「人のことを見て急に変態とは失礼だな君は!せめて変人と言ってくれたまえ!」
「いや、違いわかんないんすけど・・。」
「おっと、レディもいるのかい。 それならたしかにこの格好は少しはしたないね。 すまないね、先ほどの実験でズボンに火が付いてしまってね。 危うく大火傷するところだったよ。 はっはっは。」
「そう言うなら笑ってないでさっさとズボン履いて来てくださいよ。」
軽薄そうな男は下着を隠そうともせず、笑っている姿を見てノエルが言い返す。 その横で平然としてるエレノアの様子を見てノエルが話しかける。
「あーゆー男とか出てきてもエレノアは気にしないの?」
「うん。 普段からお父さんとか旅の仲間の下着とか洗ってるし、そういう格好で歩いてるのも見てるから。」
「そうだよね。 なんかたくましいなぁ・・。」
下着姿の男が飄々と服を取りに行ってる際にリーダー的な男がノエルに話しかける。
「君たちは何しにここに来たんだい?」
「あ、えっと・・。俺たち、近くを通った行商なんですけど、食料品買ってもらえないかなって思って寄ってみたんだけど・・。」
「ほう、まだ若いのに営業しにかい? ふむ、食料ね・・。 リード、在庫はあとどれくらい残ってる? 着替えのついでに見てもらえるかい?」
「いいよ~。 まだ王都からの物資は届いてないからねぇ・・。ざっとみて10日分くらいだねぇ。」
「そうか・・。 なら君たちの所で買っておこうか。」
「え? いいの?」
「ああ、食料品あるもの全て買っておこうか、なんせ我々は研究が忙しいので食料を調達しに行く暇がない。」
その言葉を聞いた二人は手を取って喜んでいる。 その姿を見ていた白衣の男たちは何かを相談し、ノエルに話しかける。
「購入する代わりと言ってはなんだが・・、時間があれば少年に手伝ってもらいたいことがあるんだが、どうだろう?」
「え? 俺に?」
「そう・・。 君にしか頼めないことなんだ。」
ノエルは全身をくまなく見るような3人の視線に寒気がする。
「あの・・。俺の何が?」
「君の体を貸してほしい!」
「やっぱり変態だよ!」
「見たところ身長、体重とも高すぎも低すぎもせず、極めて標準だ。 とても素晴らしい!」
「それは褒めてるんすか?」
「標準は極めて大事なことだよ。 実験する際に欠かせないからね。」
「実験? 俺は何を手伝うの?」
「なに、難しい事ではない。 少年、君は空を飛んでみたくないかい?」
「は?」
白衣の男の提案にノエルは訝しげ表情で返事をした。
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