【1-10】聖鐘歴2020年4月14日 ライド

翌日朝起きるとカイさんは居なくなっていた。


ばーちゃんに聞いたら、少し片づけないといけない仕事があるのでこれで、と深夜に出て行ったらしい。イベル山にでも行ったのかねぇ、とばーちゃんは独り言の様に呟いていたけどそうは思えない。じゃあどこに行ったのかと言われても特に思いつかない。未だに謎の多いカイさん。結局泊まって行かなかったのか。


朝食をもごもご喰いながらボーッと考えていた。リーエさんの件が終わって、また元の、ほのぼの生活を満喫出来るかと言えばそうじゃない。極めて重大且つ繊細な悩みを抱える事になったからだ。



カイさんに自分の仕事について来る様誘われたのだ。



昨日森でカイさんに俺の魔力について指摘された時はあまりピンと来なかった。

へぇー他の人には見えないんだぁ、ぐらいのものだ。だが、そこに潜んでいる危険性について話を聞いて行くに連れて怖くなった。冷や汗が大量に流れ出た。


まず、体内に存在する魔力そのものを外に出す事は不可能らしい。


難しい話はよく分からなかったが、魔力というものはあくまで体内に存在するものであって、魔核を通して世界に現れる時は魔法と呼ばれる。じゃあ俺の能力は魔法なのかというとそうでも無い。


魔法はこの世界に存在する事象として顕現されるものであって、一部の例外はあるものの、それには魔術式を介して初めて放出されるんだとか。ちなみに魔術師というのは正確には魔術式を修める者の事を言うそうだ。術式には色々あって、例えば火を出したい時はこういう術式、水を出したい時はこういう術式と、ある程度の決まりと法則に従って構築するらしいが、俺がいつもやっている様な、変幻自在の謎の物体を誰の目にも映らせず縦横無尽に操って別の物体に干渉するなんて魔法はカイさんでも聞いた事が無いらしい。カイさんも魔法は専門外だから、魔法に詳しい奴に聞いてみるとは言ってたけど。


そして俺の能力の一番恐ろしい所が、誰の目にも見えずに物体に干渉するって所らしい。


カイさんが考えたあらゆる可能性の話を聞いてだんだん自分の能力が怖くなったが、代表的な悪用方法は、暗殺だ。


何も難しい話じゃない。殺したい奴の所に行って硬質化した布で首を落とすだけ。

もしくは心臓を一突き。誰も分からない、気付けない、捕まり様がない、裁き様がないという完璧な暗殺だ。ちなみに色々試してみた所、攻撃して相手の体内に入った状態であれば相手も魔力布に触れられる事が分かった。色んな形状で何回もカイさんの腕をぶっ刺したが、こんなの傷の内に入らねーよ、と全く意に介していない様だった。


俺の心には傷が入ったんだが。


その外にも俺の魔力布の伸縮試験とか耐久試験とか形状変化限界試験とかもやったから昨日はクタクタだった。


また、その他の危険性としては俺の能力バレ問題だ。


このまま俺がこの村から一生出ず、何も起こらず、安息に死んで行けるのなら何も問題は無い。ただ、この間の出来事でリーエさんに能力の一端がバレてしまった様に、似た様な出来事が今後も起こらない可能性が無いとは言えない。


いくつかカイさんが提示してくれた俺が辿り得る人生を少し紹介しよう。


貴族に見つかった場合。

最初は持て囃される、国内の政争の道具に使われ都合の良い暗殺者として活躍する、終わりの無い暗殺人生を生きる若しくは殺す人間が居なくなったら始末される。


王家に見つかった場合。

最初は持て囃される、国家間の政争の道具に使われ都合の良い暗殺者として活躍する、終わりの無い暗殺人生を生きる若しくはほどほどの時期に始末される。


犯罪組織に見つかった場合。

終わりの無い暗殺人生を生きる、国や冒険者に追われ始末される。


そもそも誰かに見つかった場合。

村が危ない。


以上だ。

異常だろ?


まさか自分の天職が暗殺者だとは微塵も思わなかった。というかこの能力が出て5年くらい経つが、殺人なんか露ほども考えつかなかった。他の人にも見えるもんだと思ってたからなぁ。


だから、お前が1人前になるまでしばらく俺の目の届く範囲に居ろ、というのがカイさんの意見だった。


ずっと冒険者になりたかったから、カイさんみたいな凄い冒険者に誘われたらもっと嬉しいものだと思っていたけど、その前に聞いた話が衝撃的過ぎて、本当に俺は大丈夫なんだろうか、ちゃんとやっていけるんだろうかっていう不安感の方が勝ってしまい、あまり素直に喜べなかった。自分の能力にこんなに悩まされるとは思ってなかったな。


そして何より今目の前で食器を洗っているばーちゃんだ。


2年程前、俺が冒険者になりたいから王都に行くと言い出した時は、怒りすぎて血管がはち切れるんじゃないかというくらい暴れまわった。その騒音は、近隣住民が村に魔獣が出たと勘違いする程のもので、大騒動になった。結局村長のホベルさんが場をとりなして何とか収まったものの、二度と言うまい、いや言い方を考えようと固く誓ったものだ。


それに俺が出て行ったらばーちゃんが一人になっちまう。最終的にはそこが気になっていつまでも村を出られずに居る。


カイさんは答えを聞きに明日また来ると言っていたけど…………この話、断ろうかと思う。


別に今すぐに発つ必要は無いんじゃないか。確かにカイさんが言う様に危険な事が起こるかもしれないけど…その時はその時だ。どうにかなるだろ。やっぱばーちゃんを置いていけねぇや。


「ごっそさん!んじゃ早速行って来るわ!」

「あぁ行っといで」

「…?どうしたんだ、ばーちゃん。何か元気無くねぇか?」

「そんな事あるもんかね。こんな天気が良い日にクヨクヨしてたらバチが当たっちまうよ。ほら、行った行った」


扉を開けて小春日和の空気を身に纏う。

クヨクヨしてたら?元気無さそうに見えたんだけどな、気のせいかな?


気を取り直して日課の森漁りに行こうとしたら、道を挟んだ向かいの家の前で洗濯物を干しているナイラおばさんが見えた。


「おはよーナイラおばさん」

「おはよう、ライド今日も森に……キャアッ!?」


上から何かがナイラおばさん目掛けて飛んで来たのが見えた。滑空し、おばさんの目の前を通過し、そのまま高度を上げていく。


ヴォークスだ。

烏の様な真っ黒い風体をしていて、体長は1メル程。大きくギラリと光った鉤爪で

人を襲う第17種指定魔獣。


「おばさんっっ!」


急いでナイラおばさんの所に駆け寄り様子を伺う。


「おばさん、大丈夫!?怪我は無い!?」

「え、ええ大丈夫、どこも怪我してないみたい」

「フゥゥゥゥ…良かったぁ、爪でやられちゃったかと思ったよ」

「私は大丈夫なんだけど…服をくちばしで咥えられちゃったわ…昨日ミンダさんに直してもらったばっかりのお気に入りだったのに…」


服を?

そう思って上空を見上げると勝利宣言をしているかの様に両翼を大きく広げ、麦畑の方へ飛び去って行くヴォークスがまだ確認出来た。

あの野郎。


「おばさん!俺が取り返してくる!ここで待ってて!」

「ちょっとライド、よしてちょうだい!危ないわ!事故にあった様なものだし、体は無事だから問題ないのよ!」


「おばさん、知ってるだろ?俺目の前で困った人いたら…我慢なんねぇんだよ!」


カゴを振り落とし、足に精一杯力を込めるや否や、全力でヴォークスへ向かって駆けだした。ライドー!やめなさーい!と遥か後ろの方でおばさんの声が聞こえる。


そのまま村を横断し、麦畑の方へぐんぐん進む。途中ですれ違った村人に驚きの声をかけられるが今はそれどころじゃない。村の表入り口を抜け、街道を駆け抜けていく。


…居た。戦利品を勝ち取ってホクホク状態なのか速度はそれほど出ていない。これなら追いつける。そのまま猛烈な速度で追いかけ続けたのが功を奏し、無事ヴォークスの直下に入りこめた。ここからが勝負だ。


お前人間が空飛ぶと思ってねぇだろ?


集中し、魔力を練る。

体の端々まで行き渡らせた後、それは発動する。こんな速度で走っているにも関わらず、のんびりと揺れる様にはためく魔力布。意識すると布は長方形の形を取り、徐々に硬質化していく。俺は走りながら大きく飛んで長方形の布を足元に移動させてそのまま浮かび上がると、さらに集中し、高度と速度をどんどん上げていく。


よし、手が届く位置まで来たぞ、と思った瞬間、ヴォークスが俺に気付き、驚いた顔でギャアッと鳴いた。そうするとどうなるか。今まで咥えていたものが落ちたのだ。


「あっ服がっ!」


ヤバい下りないと!っと思った瞬間集中が切れた俺は、そのまま重力に任せ真っ逆さまに落ちていった。


「うおおおおおおおおおおおお!!死ぬうううううううう」


ドザッッッッ



視界は真っ暗。

手は?動く。足は?大丈夫。体のどっか?特に何も。頭は?あまり良くない。


「ほっとけえええええ!って……あれ?」


あの高さから落ちて無事で済むはずは無いと思ってたが、周りをよく見ると牧草が貯めてある所に運よく飛びこんだらしい。


ふうっ良かった良かった、これで一見落着…じゃねぇ!服は!?ナイラおばさんの服は!?この辺にあるはず!探せ!ん?あった!あった…けど……


お目当ての服は確かにあった。

あったのはいいが、落ちた場所が悪かった。

そこには牛のツノに思いっきり胸の辺りを貫かれ、牛の頭の動きに追従する様に揺れるおばさんのオキニがあった。


「オイオイ、一体なんの音だよ…ってライド?」

「ああ、ペソットさん。おはよ。悪いけど、アレ取ってくれる?」

「あん?いやそれはいいんだけどよ。お前何で牧草まみれなの?」

「ちょっと色々あって……」


「ライドっっ!」


呼ばれた方を振り向くと、息も絶え絶えといった様相のナイラおばさん腰で息をしながら立っていた。


「ライドっ!無事なの怪我は無い!?」

「うん、何ともねぇよ。それより服があんな事になっちゃってさ、ごめんな」


「服なんかどうでもいいのよ!ヴォークスに連れ去られそうになって落ちていってたじゃない!本当に怪我はないの!?」

「あ、ああ本当に大丈夫だよ。ほらっ」


肩を2回まわし、屈伸しながら飛び跳ねてみせる。

ペソットさんが服を牛から外してくれたみたいで、んじゃごゆっくり、と言いながら俺の肩にかけてくれた。


「よかった、ヴォークスに連れ去られてるあなたを見た時寿命が縮んだかと思ったわ…無事でよかったわ」

「本当は無事な服も見せたかったんだけどな。こんな大きな穴が開いちまった」


「あぁ、これは見事な穴ね…でもミンダおばさんなら直してくれるんじゃないかしら」

「衣類の神といえばミンダおばさんだもんな。困った時の神頼みだ」


「というかライド、あなた一回水浴びに行った方がいいわよ。牧草まみれだし、それに少し…匂うわ」

「うそっホントだ!くせっ、くせえ!」


「フフフ、アハハハ、兄さんを少し思い出したわ。以前にもこんな事あってね」

「ガイファおじさんもう何でもありそうだな…」

「死んでなお話題に事欠かない人は兄さんくらいだからね。ねぇライド、やっぱりあなたにもあるじゃない」

「あるって、何が?」


「信念よ。あなた困った人見かけたら放っておけないものね。そういう時あなたいつも一直線に突っ走るんだもの。服、取り返してくれてありがとう。感謝してるわ」


「信念……………………おばさんゴメン!!急用が出来た!!行って来る!」

「え、ちょっとライド!?水浴びしなさいよ~~!?」


俺は再び全速力で駆けだした


そうだ、確かに昔から困っている人を助ける為ならその事ばっかり考えて突っ走って来た。時には無茶な事して怒られるけど、最後はみんなありがとうって言ってくれた。それがちょっと恥ずかしくて、でも誇り高くて、うれしかった。ずっとこの村でそうやって生きていくものだと思ってた。


何も無い村でたまに騒動が起きてそれを解決するのは俺。出来るかどうか分からないけど、いつか結婚して子供が出来たら、そいつにも困っている人が居たら助けてあげなさいって教えて、幸せな家庭を築いて、みんなに看取られながら死んでいく。そんな人生も悪くないって、少しだけそう思ってた。


でも昨日カイさんから悲観的な意見をたくさん貰う中、一つだけ心のどこかにひっかかった言葉がある。


「強くなってその力を正しい方へ向けろ」だ。


カイさんから話を聞いて俺は何を考えてた?こうなったら怖いとかああなったら嫌だとか…自分の事ばっかりだ。違うだろ?そんなの俺じゃない。


この力を正しい方へ使う。


そう、それが俺の信念だ。



「ばーちゃんっ!」


勢い良く扉を開け家へ転がり込むように入って行った。


「ひゃあっ!何だい急に!びっくりしたねもう。そんな突っ込む様に帰ってくるんじゃないよ全く。草まみれじゃないか。それとさっき家の前でナイラがあんたの事大声で呼んでたけど何かあったのかい?」


乱れた呼吸を立て直すと、もう一回大きく深呼吸して、俺は言った。


「ばーちゃん、聞いてくれ。俺、冒険者になるよ。」


今度ばかりは引かない。もう決めたんだ。ばーちゃんを残して旅立つのは気が引けるけど、決めたんだ、俺の意志で。ばーちゃん騒ぎ出すだろうけど今回は引かないぞ。


「…………そうかい、気を付けて行って来るんだよ」


「…………は?」


今何て言った?頭のぶつけ所が悪かったのか?


「なんだいその反応は。気を付けて行って来いって行ったんだよ」


「……行っていいのか?森に行くのとは訳が違うんだぜ?」


「怖気づいたのならこの村に居てくれてもいいんだけどねぇ」


「怖気づいてなんかねぇ!ばーちゃん、聞いてくれ、俺はこの力を使って困っている人を助けたい!弱い奴がいじめられていたら助けてあげたいっ!目に映る悲劇を全て救ってあげたいッ!正しい方に使いたいッッ!」


「うんうん、そうかい、頑張って来な」


そう言ってばーちゃんはいつも通り、穏やかに笑った。

それを見た瞬間に色んなものが込み上げて、気が付くとばーちゃんをきつく抱きしめていた。もう身長は俺の方が高くなったから顔がばーちゃんの背中についてしまいそうだけど。


「ばーちゃぁん…ばーちゃぁぁん……俺、行って来るよ。強くなる。何にも負けない様に強くなる。いつか綺麗な嫁さん捕まえてさ…ヒッ…孫だって…クッ…見せてやる……10人だ……10人も居るぞ……ヒッ…それでぇぇぇっ……みんなでぇぇ…ばーちゃんあの世にぃぃ……送り……ぃ…出すんだ……だから、ヒッ…だからぁ…それまで、生きててぇ…くれよなぁ……」


「うんうん、楽しみにしとこうかねぇ」


お互い強く抱きしめ合いながら二人でおんおん泣いた。これからは離れ離れになっちゃうけど、心はいつも一緒だ。俺はばーちゃんから大切に育ててもらったこの真っすぐな心を抱いて、


明日旅立つ。





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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



10、ブルネ

   おもにあついところにすんでるむしが

   たまじゅうだ。おおきさは20セルメ

   ルくらいですごくかたいからにまもら

   れてるからあつさなんてへっちゃら。

   うごきはとてもおそいからみかけたら

   おうえんしてあげてね。


   だい20しゅしていまじゅうだ。



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