第10話

 「閻覇えんは殿。この調子で真祖は見つかるでありまするかねぇ」


「知らん。所詮は可能性だからな」


 深夜の森の中、座って焚き火を眺める大柄の男――閻覇の言葉に、小柄の男は気を落とした様に嘆息する。気を紛らわす為に、腰掛けているモノを一摘み千切って口に放り込む。


「……切狐きりこ。その癖まだ治さんか」


「癖とは失礼な。これはソレガシなりの勝ち名乗りでありまする」


 言って、また千切って頬張る。それで丁度、左腕の肉は全て彼の腹の中に収まった。


 ――辿ってきた直線は、途絶えてしまっていた。

 途中でやめたかの様にその先が綺麗に無くなっていたのだ。他に宛もない両者は、近辺に建っている民家に訊ねる事にした。関わり合いはなるべく避けなければならない、だが情報はほしい。都合のいい事に家は一件しか無かったので、まあ仕方ないと二人は妥協した。

 期待する訳でもなく取り敢えずといった面持ちだったが、しかし、思っていた以上の吉報が入った。


 鬼の少女を見たらしく、逃げた方角もわかるという。これは有力な手掛かりとして真摯に礼をした。去ろうとして、その後に聞き捨てならない言葉を聞いてしまう。


 大きく袈裟切りにしてやった――と自慢話をされる。皆から恐れられる存在を追い払った自分が誇らしいと思っているのか、その人物は大層愉快に笑っていた。


 ……閻覇は表情を変えなかった。てきとうに相づちを打って、その場をやり過ごそうとした。

 ……切狐は袖から短刀を取り出した。下から上に腕を振り上げて、相手を笑えなくしてやった。


 休憩しようと提案したのは、その直ぐ後だ。


「お前を否定する訳ではないが……不味いだろ、人間など」


「いや、これがまた何とも言えない味でして。不思議な事に性悪であるほど旨いでありまする」


 ケタケタと笑いながらに、今度は背中の一部をえぐり出して一摘み。クチャクチャと悪戯に味わって飲み下す。勝ち名乗りとは言ったものの、ただ単に腹が空いていただけの彼だった。


「――閻覇殿。一つ問うてもいいでありまするか?」


 焚き火を見つめる相手は目だけを向ける。それが了承と受け取る。


「仮に真祖を見つけた場合、どう対処するのでありまするか? ソレガシは深く知りませぬが、伝記通りであれば先ず我々では勝てないかと。まぁ、閻覇殿の技ならば或いは」


「勝てん。最初は拮抗できたとしても、暫く経てば圧しきられるだろうな」


「うっひょえぇ。閻覇殿のアレをでありまするか。どれだけ速いのやら」


「しかし懸念すべきは身体能力ではない。問題は眼だ」


 バチッ、と火花が散る。


視死ししの邪眼、か……。視たら死ぬなんて反則というか何というか。呪術の類でありまするか?」


「あれは形容していいものではない。あれは恐怖を抱き続かせているだけで、死を選ぶのは己自身。強いていうならば、威圧だな」


「威圧……。我々が行うのと同じ類いのものでありまするか?」


「嗚呼。むしろ、我々が放つ威圧は長年の時によって弱体化したものに過ぎん。真祖の邪眼こそが、本物の鬼の眼だ」


「ふむふむ。確かに言われてみれば、先祖であるのだからそうでありまするな」


 首の肉を一摘まみ。


「話を戻して。では、威圧を感じ取らないのであれば死なないので?自信がある者や精神が破綻した者など、威圧を威圧と思わない思えない、または思う事自体できない者は」


「関係ない。生き物である以上は感情がある。動物にも植物にも虫でさえも。相手が何であれ、あれは心を侵して恐怖を呼び覚ます。――例え恐怖を知らなくとも、眼を視た瞬間に恐怖を知り、そして死ぬ」


「……化物でありまする」


 何時になく真剣な表情の切狐は、尻に敷く肉を千切る事をやめた。

 人は鬼を化物と言い、鬼は真祖と呼ぶものを化物と言う。最早その度合いは何者にも計り知れない。


「だがそれが真の鬼だ。古にこの国を支配していた、我々の本当の姿」


「それはソレガシも誇りに思ってるでありまする。しかし、まさかその相手と闘わなければならないとは……」


「仕方ない。他の里でワタシ達より強き鬼は確認されておらん。天地彦様は長である為、里を離れられんからな」


「…………朔魔さくまなら――」


「殺すぞ切狐」


 瞬間、焚き火が一際大きく音を立てて弾け飛んだ。風もないのに草木は驚いたように揺れ動き、絶えた木の葉が次々に落ちてくる。


「じっ、冗談でありまする……! 失言を詫びるでありまする……」


「わかればいい。――そろそろ行くぞ」

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