第3話
「うっひょえ〜!これは何でありまするか!?ぜぇーんぶ真っ黒でありまする!」
小柄の男が驚愕したのは、月に照らされた村の姿が目に入ったから。見るも無惨な姿に変わってしまった、村だった村を確認したからだった。
壊され燃やされ、黒く尽き果てた数々の家屋。まともな木片は一つとしてありはせず、全てが文字通り炭と化していた。住居としての思い出も思い入れも思い遣りも、崩れた木炭の山には面影も糞も無い。
そして、それらよりも数多に死に絶えた人型。首を断ち切られた者もいれば頭を割られた者。何度も胴体を切り刻まれた者もいれば滅多刺しにされた者。ばらばらに分解された者もいればぐちゃりと潰された者。
老人だろうが子供だろうが女だろうが関係なしに地べたに捨て去られ、腐敗の臭いで蠅と烏を呼び寄せるただの死肉と化していた。
「……恐らく人間の仕業だな」
「いやはや、なんとまぁ凄惨なこって。鬼狩りの動きも益々激しくなっていくでありまするな」
小柄の男は、自分と同じ大きさの石に腰掛けた。殺された村をなんとなしに一通り眺めて、同族に対する悲哀を生む事もなく大柄の男に問う。命令で訪れた以上、感傷に浸る気などさらさら無い。
「こんな有り様では“真祖”が生きてる可能性は無いでありまする。見たまんま全滅。……と言うより、元はといえば
「阿呆。人間が幾ら束になろうと真祖に打ち勝つなど皆無。村が死んだというのなら、いなかっただけの事だ」
「ならば、やはりただの杞憂でありまする」
むー、と唇を尖らす小柄の男。元より、自分たちが住まう里の長に、何一つも根拠が無いのに調べてこいなどと命令されての遠征。この場に赴く事に当然やる気は起こらず、いざ到着してみればこんな惨状であった為、少々機嫌を悪くしてしまったようだ。
だが大柄の男はそれを気にせず、丹念に荒廃した光景を見渡す。生き物の臭いも気配も無いが、鋭い眼光を周りに光らせていた。
「――天地彦様の勘は侮れん。痕跡を探すぞ」
「うえぇ……」
歩き出す大柄の背中。嫌な顔をする相方は渋々と、腐臭の巣窟へとついて行った。
――奥に進むに連れて悲惨な顛末は数を増やす。足の踏み場に困る程に死肉が横たわり、争いに使われたであろう刀剣が乱雑して転がっている。村に住んでいた者と一緒に、村に住んでいない者の屍も現れてきた。……外部からの侵略者――侍の死体の方が多いのは、ここの村人と彼らの力量に差があっただけの話。
突然の訪問者に、ご馳走で愉快に楽しんでいた蠅共は驚いて飛び散る。鬱陶しいその小さな命を両者は睨み一つで奪い、無様に落とす。虫程度ならばそれでどうにかなるが、如何せん臭いはどうにもならない。嗅ぎ慣れているとはいえ、日が経ったそれは尋常でなく強烈なものなのだ。
しかし、大柄の男は激臭ごとき意にも介しないといった無表情のまま、淡々と歩を進める。自分の視界に映る光景を一つ一つ確かめながら、惨劇に情を抱く様子もなく何かを探し続ける。
ふと、横から残滓が感じ取れた。何かが“いる”気配とはまた違う、何かが“いた”様なとても異様な波が漂ってくる。男は肉の間を縫ってその方向へと向かった。
「……」
「うぅむ。……何でありまするか、これ」
村から外れた森の中、彼らは不可解なものを見つける。
――直線。文字通りそれは、直線だった。
木々を押し退け破壊し、雑草ごと土を抉り、まるで台風が縦ではなく横向きに生まれた様に、綺麗な直線が地平線の彼方まで形成されていた。辛うじて生き残っていたその周りの樹木も、恐らくは風圧によって、大きく曲がりひしゃげている。
乱暴で雑、けれど見事な一本道。遮蔽物を空気に等しく、真っ直ぐに何かが走り抜けた印象を受けるその光景を見て、大柄の男は悟った。
「……やはり、生きていたようだな」
「いやいや、その見解は些か早いでありまする。これくらいならソレガシにも」
「出来るのか?」
「……いや、無理でありまする」
ここの森は木の間隔が狭い。両手を広げれば隣に手が届くまでに植物がひしめき合っている。そこを直進するなど正気の沙汰ではなく、また完遂させる事は難しい。いや――それ以前に行おうと思わない。
彼らも大木程度は素手で砕ける。けれどもこの道はそんな事をしていない。もっと単純に。至極簡単に。五体を衝突させて行ったものに見えた。
「まともな思考を持てないのも真祖の特徴だ。前に進むだけなら容易いだろうに、深く考えない故に童じみた事をする」
「まぁ、確かに。でもそれなら、天地彦様も同じでありまする。豪快を絵に描いた様な御方でありまするから」
「……否定は出来ぬな。兎に角、辿って突き止めるぞ。それで片が付く」
直線の片方は先程まで探索していた村に繋がる。なので彼らはその反対へ歩き出す。
「しかしまぁ、真祖が生きていたという事は、この里の者は掟を破ったのでありまするな。産まれた時点で殺す、鬼の絶対的な掟を」
「嗚呼、そうなるな。……っ、我ら鬼一族の面汚し共め」
そう口にした途端に、風も吹いていないのに地面の草が揺れる。大柄の男の怒りにあてられ、まるで恐がっているかのよう。
「走るぞ」
「了解でありまする」
その二言だけを残し、男たちは姿を掻き消す。
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