親の脛を齧るのをやめられない子供と同じ

人間達の<街>は、石造りのちょっとだけ頑丈そうな家が建ち並んだものになってた。以前見た時は、木を組み合わせただけの、僕がふうと息を吹きかけるだけで飛ばされそうなのが十軒とか二十軒とか寄り集まってるだけのものだったのにな。


人数も百人もいなかったのが、少なく見積もっても一万人くらいはいそうな感じだ。


<街>の周辺には広い畑が広がっていて、たくさんの作物が実ってた。


そこで作業してる人間達は、しきりに土を手にとって匂いを嗅いだり感触を確かめたり、時には口に含んで味を確かめたりしてたな。


土の状態が作物には重要だっていうことに気付いたらしい。


それを見て、僕は嬉しくなった。そうやって僕に頼らずに人間達が自分の力で生きていけるようになったのが嬉しかったんだ。


いつまでも<神>に縋るなんて、そんなの、親の脛を齧るのをやめられない子供と同じじゃないか。


やっと人間達も自立できたってことだよね。


ただ、相変わらず、些細なことで人間同士でいがみ合って、時には殺し合いになったりすることもあるのは、同じなのかな。


しかも人間の数が増えた分、そういうことも増えたみたいだ。


この時も、僕がちょっと狭くて人目に付きにくそうな道に入ったら、前に三人、後ろに二人の男が立ちはだかって、


「よう、男前の兄ちゃんよ、俺達、仕事が上手くいかなくて困ってんだ。ちょっと恵んじゃくれないか?」


って言ってきた。


剽賊ひょうぞく>か。


「ごめん、今、手持ちがないんだ」


僕が応えると、刃物をちらつかせながら、


「じゃあ、兄ちゃん自身でもいいんだぜ? 兄ちゃんみたいな色男だったら高く買ってくれる物好きな金持ちもいるんだ」


だって。


なるほど、<かどわかし>も兼ねてるのか。


刃物なんかじゃ僕には傷を付けることどころか痛みを与えることもできないけど、さて、どうしたものかな。


人間はこういう者達に<天罰>が下ることを期待してるみたいだけど、そんなの、僕の役目じゃない。人間のことは人間自身が片を付けるべきだよ。この手の輩が出ないような世の中を人間達自身の手で作るべきなんだ。


それを怠っておいて<神>に尻拭いをさせようとか、甘えるのもいい加減にしてほしい。


だから僕は、


「そんなの、僕には関係ない」


そう言って立ち去ろうとしたんだ。


なのに、


「おおっと、そう言うなよ。俺達が生きてくために尊い犠牲になってくれよ」


男達は刃物を突き出して僕に迫る。


「はあ……」


親の脛を齧る子供のように神に頼らなくても済むようになった代わりに、相手の力も見抜けない者達でも生き延びられるような世の中になったってことかな。


やれやれこれじゃ、どっちが良かったのか……


僕としては、煩わされなければどっちでもいいんだけどね。


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