【長編】 巨乳に恋は荷が重い ~胸がでかいせいで、何故か初恋の難易度が爆上がりした女子高生のラブコメ~

音乃色助

其の一 青春幕開――、女子高生なのにタピオカを知らないと、恥をかく可能性があるので気を付けた方がいい


「イチについてーっ! よーいっ!」


 ――ピッ――

 甲高い笛の音が鳴り響いたかと思うと、少女たちが一斉にプールに飛び込む。カンカン照りの日差しに照らされた水しぶきがキラキラと輝いて、若人たちの声援が晴天の青空に響いた。


 ――ファイッ! ファイッ! ファイッ!――


 一番乗りに折り返し地点に到達した一人の少女が、くるっと華麗なクイックターンを決め、そのまま勢いを殺すことなく泳ぐ、泳ぐ、泳ぐ――、他の選手たちと身体一つ分離してゴールタッチした彼女が、ぷはっと大口を開けながら水面から顔を出した。

 少女は水泳ゴーグルを外し、電光掲示板に映し出されたデジタルテキストに目を向ける。思わず顔をほころばせた彼女が、プールサイドで歓声をあげるチームメイトたちに向かってガッツポーズを披露した。


 ――すげぇな、陽明高校の……、『春風』だっけ。五十メートル自由形を二十八秒フラットって、ほぼ全国レベルじゃねぇか。

 ――あの子、一年の時からめちゃめちゃ速かったからな。なんで強豪でもない陽明なんかに居るんだろう。

 ――しかも、ちょっとかわいいよな。あか抜けてない、素朴な顔というか……

 ――えー、なんか、芋臭すぎないか? 俺はタイプじゃないなー。

 ――まぁ、顔の好みは人それぞれかもしれないけどさ、それより、あの子……

 ――い、言うな……。それ以上言うと死ぬぞ……。俺は直視しないよう、出来るだけ顔の方だけ見てたんだ……


 少女がざばっとプールサイドに上がると、身体の表面に水滴がしたたり、流れる。

 競泳水着の上からでも隠し切れないほど激しい主張を見せるは――

 二つの大きな『山』。


 彼女とは縁もゆかりもない二人の男子生徒がはたと雑談を止め、二人してゴクリと生唾を呑みこむ。その後、示し合わせたようにカンカン照りの太陽をそっと仰ぎ見た。



 ――ガチャッ!

「モモカ~、ハルカゼ! モモカ!」


 誰もいない更衣室で一人、古びたアルミサッシの扉を隔てて、私のフルネームを呼ぶ声が聞こえる。ひとくくりのポニーテールを結っていた私はちょうど着替えが終わった所で、ノックの『ノ』の字もなしにドアを開け放った友人に向かってギョッと驚いた顔を向けた。


「ちょ、ちょっと! いきなり開けないでよ! まだ着替え終わってなかったらどうすんのっ」

「何言ってんの、アンタの巨乳の一つや二つ、誰かに見られたって減るもんじゃないでしょ」

「人の胸を勝手に安売りするなっ!」


 ゴメンゴメンと掌を合わせながら私に近づいてきた彼女の顔に、しかし反省の色はない。


「それより、モモカ、もちろん行くでしょ? ――タ・イ・ヤ・キ?」

「た……、タイヤキといえば……、言わずもがな――」


 ゴクリと喉を鳴らしたのは『私』で――、

 どこぞの悪代官のようにニヤリと不敵な笑みを浮かべたのは『友人』で――


「――そう、知る人ぞ知る名店……、難波屋の新メニュー『黒蜜きなこマンゴークリーム』に決まってるでしょーよ!」

「い……、行く! すぐ準備するから、ちょっと待って!」

「はいは~い、外で待ってるから四十秒で支度しなっ」


 友人がヘラヘラとだらしなく笑い、パタパタと手を振りながら退場する。私は雑に放っていた水着やら水泳帽やらを拾い上げるなり、乱暴にプールバッグにつめこんだ。手鏡とにらめっこしながら申し訳程度に前髪を整えた後、誰もいない更衣室を駆け足で後にする。




 ――ミーン、ミーン、ミーン……

 さんざめく蝉の声がやたらとやかましく、私と友人がだだっ広いグラウンドをトボトボと歩く。身体を九の字に曲げながら首元を掌で仰ぐ友人の口から、ヘドロのような愚痴がこぼれた。


「……あ、あつ~~、今日の天気バグってるわね……、神様が温度調節ミスったとしか思えない……」

「……今年一番の気温だってテレビで言ってたよ……、泳ぐにはちょうどいいんだけどね……」


 ――ピロパリパポンっ、 ピロパリパポンっ……


 滑稽な音色が私たちの会話に紛れ込み、隣を歩く友人がガサゴソとスクールバッグに手を伸ばす。取り出したスマホの画面を眺めたかと思うと、彼女は眉を八の字に曲げながら露骨に顔をしかめた。


「誰……、彼氏? 出てもいいよ」

「あ……、そうそう。ったく、アイツ、今日は部活の練習試合だから連絡するなっつってたのに……」


 チっと舌打ちをした友人はゴメンねと一言漏らしたあとに、もしもしと言いながらスマホを自身の耳にあてがった。だだっ広いグラウンドを並んで歩きながら、私は何の気なしにあけっぴろげな空に目をやる。澄んだ青がまっ平に広がっており、この空はどこまで続いているんだろうと子供みたいなことを考えた。


「――えっ! マジ!? で、でかした! アンタ、たまには使えるのね~! ……はいは~い、あとはチャットアプリで連絡して~」


 すっとんきょうな友人の声に、私の肩がビクッと震える。フンフ~ンと鼻歌交じりに通話を終えた彼女は、今にもスキップを始めそうな程に機嫌が良さそうだ。


「ど、どうしたの? 何かいいことでもあったの?」

「――よくぞ聞いてくれたわね!?」


 真犯人を言い当てるどこぞの名探偵かのごとく、テンションの高い友人は私の目の前にビシッと指を突き出す。


「『パパスラ』の単独ライブのチケット、彼が抽選当てたのよ~! うっひょ~! 今から楽しみ~」


 さっきまで暑い暑いと文句を垂れ流してた彼女はどこへやら、くるくると喜びの舞を舞っている友人とは対照的――、ポカンと口をあけて彼女を見つめる私の頭の上にはクエスチョンマークが舞っている。


「……えっと、『パパスラ』って、何……?」



 ――果たして、『温度差』。

 喜びの舞をはたと中断した友人が、ジトッとした目つきで私のことを訝し気に見やる。


「えっ、『パパスラ』と言えば……、今、中高生の間で絶大な人気を誇っている五十台オーバーのおっさんバンド、『パパイヤ・スラッシャーズ』に決まってるでしょーよ!」

「そ、そうなの……?」

「『そうなの』よ! ……ったく、『パパスラ』知らないとか、アンタ本当に女子高生なの? まぁでも……、モモカって前から流行にうとい方だったよね。『タピオカって何? 外国にある丘の名前?』とか言い出すし」

「そ、それもう言わないでよ……、テレビあんまり見ないし、何が流行ってるとかあんまりわかんないから……」

「どうせ音楽ってものにそもそも興味ないんでしょ、アンタ、脳筋だから」

「……最後の一言、余計だっつの!」


 はぁっと大仰なタメ息を吐いた友人だったが、『パパスラ』のライブがよほど楽しみなのか、すぐにまたテンションのギアを入れ替え、ルンルンと本当にスキップを始めてしまった。ハハッと乾いた笑顔を浮かべた私の心の中、誰に向けてでもない独り言が、ポツンとこぼれて――

 ……音楽、か……、私の、好きな音楽は――



 フワッと夏風が舞って、一瞬だけ世界が止まった気がした。

 目に映る景色が、見えているんだけど、私の頭はそれらを認識できていない。

 ふと耳に流れてきた『旋律』と、心の中に刻み込まれた『メロディ』が、次第に重なって――



「――ゴメン、難波屋、先に行ってて!」

「……えっ? ちょっ、ちょっと――」


 友人の声を置き去りにし、踵を返した私は条件反射で猛ダッシュを始めていた。だだっ広いグラウンドを駆け抜け、校舎の玄関口にたどり着くと慌ただしく上靴に履き替える。そのまま二段飛ばしで階段を駆け上がり、途中でぶつかりそうになった見知らぬ生徒のギョッとした顔が視界に映り――、しかし数秒後にはフェードアウトしていた。



 目的地は、屋上――

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