11話 ルリエの存在に有難みを感じる
あれから、数日が経った。
ルリエの服を買いに行った日、導と同じサークルで後輩の
突然のことに驚く俺だったが、実は暁月の正体は記憶操作を得意とするサキュバスだということが判明する。
暁月は、ルリエとは何もかもが違っていた。暁月は見習いではなく、一人前のサキュバスだと本人は言っていた。それを納得するかのように誘い方は完璧だった。
普通の男なら興奮してしまいそうな下着を着ていて、見た目もルリエに負けないくらいの美少女だ。それに加え、当然のように馬乗りで誘惑をしてくる暁月。
もし最初に出逢ったサキュバスが暁月だったら、俺も他の男たちのように魅了され堕ちていたのかもしれない。
なんでも暁月は、俺に近付くために友人である導の記憶を弄ったらしい。俺は、それに腹を立てて暁月を怒ったが男の人に説教されるのが初めてだとか呟いて、あろうことか暁月は嬉しそうな表情を浮かべていた。
それからずっと見てたとか、俺の好きだから、これからはアタックするだとか言ってきやがった。時々、誰かに見られていたのは俺の気のせいなどではなく、暁月のストーカーが原因というわけだ。
ストーカーだけなら、警察に相談すれば解決するかもしれないが相手はサキュバスだ。お得意の記憶操作でなんとでもなるだろう。
ストーカー気質だけなら、まだ救いようはあったのかもしれない。暁月はそれだけに留まらず、加えてヤンデレ要素がある。いや、あれは要素などではなく、ヤンデレそのものといっても過言ではない。
ただ、なんで俺なんかを好きになったんだ?と、それだけは気になるところだが。導なら好きになるのもわかるが、飛び抜けて何ができる訳でもない平凡な俺に好意を持つ理由がイマイチわからない。
恋は盲目とはよく聞くが、暁月の行動はまさにその言葉通りだな。本当は色々と聞きたいことはあるが、それは暁月との距離や接点を自ら作りにいくようなもの。それをわかってるから、俺はあえて聞かない。
今はルリエの世話、大学に夜はバイトもあるし、誰かと付き合う暇はない。仮に女と交際するなら、デート代やその他諸々の金を出さなくてはならない。
もし、そんなことをすれば今より自分の生活水準を下げなくてはならないし、ルリエを養うことは到底不可能だろう。だからこそ、今の俺には恋人を作る余裕は無い。
もう俺にはないと思っていたモテ期。それがやってきたと思ったらこれだ。俺にとって、暁月は二人目のサキュバスということになる。これは、ラブコメアニメなら喜ぶべきシチュエーションなのかもしれない。しかし、心の底から喜べないのは何故だろう。
どこかの本屋に、ヤンデレ少女の取り扱い説明書らしきものが売ってないだろうかと思う今日この頃。
暁月のことをどう思ってる?と聞かれたら、間違いなく俺はこう答えるだろう。
……ヤンデレ女子はどんなに可愛くても恋愛対象にはならない、と。
俺が今まで見たアニメの中でヤンデレ少女が登場するものはいくつかあった。が、どういうわけだかヤンデレキャラは今に至るまでハマった試しがない。それは多分好かれている気持ちよりも恐怖のほうが強いからだと思う。
とあるアニメで主人公のことを好きすぎるあまり殺してしまった……という内容を見たせいか、それ以来トラウマなのだ。愛ゆえに、だとするなら、二人で一緒に生きた方がロマンチックだと俺は思う。きっとヤンデレの考え方と俺の価値観は根本的に違うらしい。
そのせいか、最初は暁月のことを可愛いと思っていたのが嘘みたいに今は普通である。ただの後輩として会話をするのは平気なんだが。
何日か経っても、暁月からのアクションは何もない。けれど、時々見られているときは恐らく暁月が背後から俺を監視しているに違いない。こんなことに慣れたくはないが、いちいち気にしても仕方がない。俺は出来るだけ気付かないフリをしている。
こういうとき、こちらから何かをしてしまうと逆効果だということを俺は知っている。恋とはそういうものだ。俺が暁月の立場に立ってみれば容易に想像がつく。
ちなみにルリエのことだが、人間界についてそれなりの教養と知識を身につけることができた。さすがに俺だけじゃ限界があるから、そこはネットの力を借りてってやつだ。インターネット様々。まぁ、一人で買い物をさせるにはまだ少し早いけどな。
今は、ルリエとの生活もそれなりに充実している。サキュバスとしては……言うまでもない。まだ一年もあるし、焦ることはないだろう。いや、ルリエの場合、一年しかないと言うべきだろうか。
「……ちゃん、お兄ちゃん」
「う~ん」
幼い少女の声がする。……この声はルリエか?
「……きて、起きて」
「んー」
朝っぱらからなんだ。こっちは眠いってのに……。
「お腹空いた!」
ドンッ!と凄い衝撃が走る。
「っ!」
腹がめちゃくちゃ痛い。
一体、何が起きたんだ?と目を開けると、そこには俺の腹の上に乗っているルリエの姿があった。
腹を空かせて、もう待ちきれない!といった表情で俺を見ていた。
「あ、起きた。おはよう、お兄ちゃん」
「……ああ」
空腹に耐えかねたルリエ。
俺はそんなに寝ていたのか……と、スマホで時間を確認する。
「……って、まだ8時じゃねえか」
思わず呟く。
休日なんだから昼過ぎまで寝たかった。最近は以前よりもシフトを増やしたから疲れが取れにくくなっていた。贅沢は言わない。せめて10時くらいまでは起こさないでほしい。
休日……たしかに大学は休みなんだが、バイトは夜からあるし完全に休みってわけでもねぇんだよな。
朝は、とてつもなく弱い俺。いわゆる低血圧気味で寝起きは機嫌がすこぶる悪い。今までは一人だったからどうにかなった。だが、今はルリエと住んでいる。
こんなに可愛い子を前にして怒るわけにもいかず、俺は自分の身体に鞭を打つようにして起きることにした。が、まだ頭はボーッとしている。そんな中、俺は台所に向かった。
本当は当番制か、家事の分担を分けたいところなんだが……料理をルリエに任せるのは不安だ。前に出されたアレ(ダークマター)を見た時点で無理だと悟った。
「ルリエってさ。サキュバスっていうより怪獣だよな」
さっきの腹の衝撃があまりにも痛すぎて、つい思ったことが口から出てしまう。
食パンをトースターに任せてる間、俺は目玉焼きとウィンナーをフライパンで焼いていた。
「怪獣って……お兄ちゃんひどい。ルリエ、サキュバスだもん!」
プンプンと怒った様子でルリエは胸を張るポーズをして見せた。が、張る胸はない。本人には言えないが、まな板同然である。年頃の女子は胸のことで気にするとマンガやアニメの知識で多少は知っている。
だから、それについてはルリエに言えない。というか本人が一番気にしているかもしれないしな。コンプレックスをいじられるのは誰しも嫌だろう。それがたとえサキュバスだったとしても。
だが、さっきの行動はサキュバスではなく怪獣そのものだ。例えるなら、RPGに登場する口から炎を出すモンスター。うん、まさにそれだな。
……おかしい。普通サキュバスだったら、馬乗りはエロいはずなのに。それに加え、夜は俺より早くベッドに入るし、朝は早い。早寝早起きとか子供かよ。
「ほら、飯できたぞ」
テーブルに並べる俺。最後に野菜ジュースをコップに注ぎ、ルリエの前にコトッと置く。
あれ?俺のほうが主夫してね?と一瞬思ったが、深く考えると負けな気がしたので放棄した。何に負けたのかは俺自身もわからない。
「いただきま~す。……美味しい!」
「そりゃあ良かった」
「お兄ちゃんは料理が上手いんだね」
こんなに簡単なものでも褒めてくれるのか。まぁ、今はルリエが幸せそうにしてるならそれでいいか。満腹になれば、さっきみたいに暴れたりはしないだろうしな。
こうして誰かと一緒に食事するのも悪くないかもしれない……。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「え?なにがだ?」
「笑ってるから」
「いや、なんでもない」
しまった、思わず口角が上がっていた。ルリエがいて嬉しい。その感情が表にも出ていたとはな。言われるまで気付かなかった。
「手料理上手いって褒められて嬉しいの?ルリエも褒められると嬉しいからわかるよ」
「あ、あぁ……そうだな、嬉しい」
当の本人は気づいていないのか。むしろ察されたら驚きだ。ルリエがいなかった時は、一人で食事をしていた。会話などは、もちろんない。でも今はルリエがいる。騒がしいくらいにルリエはひたすら喋る。だけど、それが今は心地良いと感じるくらいになった。
朝は眠たそうに目を擦りながらも俺を見送り、帰ってきたら、おかえりと言ってくれる。家族がいたら普通だと思えることも、一人だとそんな当たり前の日常にも、相手に有難みを感じる。
こんな小っ恥ずかしいことを言葉にする勇気は今の俺にはないけどな。
「そろそろ布団買いにいかねぇとな。さすがにこの時期に床で寝るのは風邪を引く」
そう、もう十一月下旬に突入しようとしている。いくら暖房があるとはいえ、床だとゆっくり身体を休めることはできない。最近、疲れが溜まっている原因はルリエじゃない気がしてきた。
「お買い物行くの?ルリエもついて行っていい?……ごめんね、お兄ちゃん。私がベッドを占領してるからお兄ちゃんがしっかり睡眠とれないんだよね?」
「気にしなくていい」
ルリエが謝る必要なんてないんだ。元はと言えば俺が最初にルリエにベッドを貸したんだから。俺はルリエが体調を崩されるほうが心配だし。
そういえば、サキュバスって風邪とか引くんだろうか。もしも体調不良になったとしたら、病院ってどこに連れていけばいいんだ?おそらく人間の病院じゃ駄目なんだろうな。そのへんを聞くのを忘れた。
あれから、魔界に繋がるスマホは反応がない。ルリエの担任からかかってくると思っていたから、常に持ち歩いてはいるんだけどな。
「買い物のことだが、ルリエも一緒に来ていいぞ。布団だけってのもルリエはつまらないだろうし、何か欲しい物があったら買ってやる」
「わーい!ありがとう、お兄ちゃん」
今は安心して外出できる服もあることだしな。これで俺もルリエと気兼ねなく出掛けることができる。
とはいえ、友人や他の知り合いに見つかる可能性もあるわけだが、そのへんは上手い言い訳を考えておけばなんとかなる……はず。
「あのね、お兄ちゃん。まだ時間あるから、その……」
「ん?どうした、ルリエ」
ルリエがモジモジと恥ずかしそうにしている。
「今からベッドで二度寝したらいいと思うの。……ルリエと一緒に」
「……え?ルリエ。今、なんて言ったんだ」
ルリエの言葉に思わず聞き返してしまう俺。二度寝まではわかった。そりゃあ、こんな早い時間に店は開いてない。食事も終わったし、俺も少し仮眠を取ろうと思っていた。
「私を抱き枕として寝たら、お兄ちゃんもゆっくり眠れないかな?」
「……」
たしかに一般の抱き枕は150cmくらいあるからルリエはちょうどいいサイズかもしれない。が、それはあくまでも動かないから抱き枕というんだ。
ルリエが唐突に変なことを言い出した。サキュバスとしての自覚が出てきたのか?という考えも浮かんだが、これは予想外の展開だ。
……女の子とベッドで寝る。それは今まで俺が体験したことないイベント。暁月のは夢の中だったし、ノーカンだろ。つーか、あれは寝るとは違うし。
しかし、今までのことを思い出すと、これはルリエなりに勇気がいるお誘いなんじゃないのか?
「ル、ルリエが俺と一緒で平気ならいいぞ。だけど、す、少しだけな」
「うん!それで大丈夫!」
俺の今の発言は世界で一番需要のないツンデレだった気がする。が、女が俺と同じようなセリフを言ったら、それを可愛いと思ってしまうのは何故だろうか。
ルリエがいくら小さくても動揺くらいする。だって、異性とベッドだぞ?仮になにも起こらなかったとしても、女子と同じベッドってだけで嬉しいじゃないか。
緊張のせいか、手汗がひどい。それに、朝起きたばかりで匂いは大丈夫だろうかなどと恋する乙女のような思考回路になってきた。
俺はルリエからの誘いで、一緒にベッドで寝ることになった。
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