2話 料理スキルが欠落している?そんな馬鹿な。
……俺は夢を見ているんだろうか。現実を受け入れられず、意識は朦朧としていた。
そうだ。これはきっと夢。
目覚めれば、この悪夢から抜け出せるんだ。
だから、俺はもう一度、この言葉を言い放った。
「ルリエ。これはなんだ」
「何って、朝ごはんだよ。お兄ちゃんには何に見えるの?」
「……」
現実は時に非常である。と、いう文字が俺の頭を駆け巡った。
そう、俺は童貞を卒業するため、昨晩ルリエを召喚した。だが、俺の失敗により未完成なサキュバスを呼んでしまった。
非情だと思う奴もいるかもしれないが、俺はルリエを置いて帰ろうとしていた。しかし、ルリエのワガママと可愛い上目遣いのせいで止むなく一日泊めることなってしまい、今に至る。
不覚にも、あのオネダリはクるものがあった。だが、決して勘違いしないでほしい。俺はロリコンではない。
ルリエにはフワフワベッドを貸してやった。どうせベッドが良いと駄々をこねるのが容易に想像出来たからだ。帰りが夜中で、眠気も限界だったこともあり家に着くや否や俺は床で寝た。
そのせいで体中が痛くて、悪夢を見ていた。が、今の状況こそが悪夢なのではないかと、現実を受け入れられない自分にもう一度問いかけていた。
自分を住まわせれば家事全般をするというルリエの申し出。それに俺は惹かれてしまった。後悔先に立たず。まさにこの言葉が相応しい。
どうして俺は気づかなかったんだろう。こんなに小さい子が料理スキルがあるなんて思っていたのか?いや、もしかしたら、と可能性はあったんだ。
だけど、今はそれを微塵も感じさせない。俺の予想が正しければ、きっと料理だけではなく洗濯や他の家事全般も無理かもしれない。
こんなことなら泊めるんじゃなかった……と、少しの後悔をしつつも、俺が泊めなかったらどうなっていたんだという不安に駆られていた。
そういう意味では、俺がこうして泊めることに意味があったのかもしれない。
幸い、顔だけは美少女なルリエだ。夜中に1人でフラフラ道を歩こうものなら酔っぱらいのサラリーマンやロリコンと呼ばれるオジさんに声をかけられていたかもしれない。そうなればルリエは無事に明日を迎えることが出来なかったはずだ。
召喚したのが俺なんだから多少の罪悪感はある。というか、冷静に考えるとそれしかない。それなのに俺は泊めるだけとか……だから住まわせるのは無理だって。
それよりも今の俺の置かれた状況の方が重要だ。目の前にあるのは、ダークマター。いや、黒焦げの何か。ルリエは朝食だと言っている。それは当然といえば当然かもしれない。
誰がダークマターだと言って、相手に料理を出すだろうか。嫌がらせ行為だとしても、こんな手の込んだイタズラはしない。イタズラは多少可愛さがあって笑い話で済む。が、これはそうはいかない。
見た目からしてもヤバい香りしかしないのだ。
幸い今日の講義は2限からだから時間はまだある。腹も空いてる。
……食えば美味いんだろうか?ふと、そんな疑問が浮かんだ。
「お兄ちゃん、食べないの?
ルリエ、頑張って作ったんだよ」
やめてくれ。そんな捨てられた子犬のような目で見られたら、何か悪いことをしているんじゃないかという感情が沸々と湧いてくる。
「た、食べる。……いただきます」
俺は覚悟を決めた。頑張って作ったなんて言われたら食べなければならない気がしてきた。一人暮らしを始めてから、誰かに手料理を振る舞われるなんて機会はなかった。
よくよく考えてみれば、母親以外の女にこんなふうに優しくされたのも生まれて初めてかもしれない。
目を瞑り、ダークマター(朝食)を口にした。見た目さえ見なければいけると自己暗示をしていた。
モグモグ。……なんだろう。このなんとも言えない味は。薄いわけでも辛いわけでもない。案外いけるのでは?と思った俺が馬鹿だったんだ。
それは前触れもなく襲ってきた。口の中を支配する。苦い、しょっぱい、マズいの三連コンボ。
おそらく起きたばかりで、意識がはっきりとしていなかったせいだろう。
ガツン!と目が覚めるほどの衝撃。正直、誰もいなかったら今すぐトイレに直行なのは間違いないくらいの味だ。
ここまでいえば想像出来るかもしれない。嘔吐しても、他の何かを食べたとしても消えないくらいパンチのある味。
多少の料理下手な女の子は可愛い?そうだな、許せる。が、これはお世辞でも美味いと言えない。むしろ、吐きたくなる料理選手権!なんてものがあれば、ブッチギリの1位を取れるほどにはある。って、そんな料理大会は死んでも参加したくないけどな。
「どう……かな?」
「う、うま……うん、悪くないよ」
やはり言えなかった。ルリエのどうだろうという不安な顔を見たら、マズいとはとてもじゃないが口に出来ないし、かといって美味しいといえばたらふく食わされそうで、それで言葉を選んでの選択がこれだった。
「ルリエもまだ味見してないんだ。食べようかな」
箸を持ち、ダークマター(料理名を聞いてないから何かわからないもの)を掴もうとしていたルリエに俺は待った!と言いながら、テーブルをバンッ!と叩いた。
「!?お、お兄ちゃん?」
「あ、悪い」
ルリエは泣きそうになっていた。料理を食べようとしてテーブルをワケも分からず叩かれたら驚くのも当たり前だよな。でもな、そんなものを口にしてはいけない。
たしかに本人が食べて味を確認するのも今後のことを考えるといいだろう。しかし、ルリエの性格を考えると、俺にこんなものを食べさせた、という罪悪感に駆られ、それがトラウマの原因になってしまう可能性だって十分にある。
だったら、俺の胃袋が悲鳴をあげて、講義どころではなくなる……ほうがマシだ。
ただ、俺は聞き逃してはいかなかった。ルリエが味見をしていないという事実に。
普段から料理をしない俺がいうのも変な話だが、人に出すものなら味くらいは予め見ておこうぜ……と、俺は心のなかでツッコミを入れた。
「ル、ルリエの料理、気にいってさ。
俺が全部、た、食べてもいいか?」
スラスラと言葉は出てこない。体が拒絶しているのがヒシヒシと伝わってくる。SOSを出しているが、それを俺は無視することにした。
妙にたどたどしい俺の態度にルリエは気付く事ができるだろうか。
「ホントに!?わーい!お兄ちゃんに褒められた。じゃあ、ルリエの分も全部あげる、はいっ」
ドォォンと俺の目の前にルリエの分のダークマター。まだ俺の分も残ってるが、全て食いきれるだろうか。
「食い終わったら、俺がルリエの分を作ってやるからな。だから少し待っててくれるか?」
「うん、待つ。お姉ちゃんにもねぇ、ルリエの料理食べさせたことがあるんだぁ。
でも、男の人で食べさせたのはお兄ちゃんが初めて。ルリエの料理を気にいってくれてありがとう!お兄ちゃん大好きっ!」
「お、おう」
お礼を言ったあとすぐにルリエは俺に抱きついてきた。……良かった。トラウマにさせないようにできて。ホッと安堵しつつも、ダークマターのノルマが俺を苦しめているのもまた事実。
だが、大好きと愛の言葉を囁かれては頑張らないわけにはいかない。俺は涙を流しながらガガガッとかき込む。単純でチョロいのは俺も同じだ。
それがルリエにとって、好きという本当の意味を理解していないとわかっていても、俺は女に好きだと言われるだけで勘違いしてしまいそうになるほどの男なんだ。
童貞はこんなやつなんだ。女に優しい言葉をかけられようものなら、これでもかというくらい大袈裟に騒ぐし、最終的には俺に気があるんじゃね?的な自分に都合の良いように解釈することもしばしば。とはいっても、俺にはそんな経験は皆無といっていいほどない。
ルリエには、他の男に不用意に好きだとか言わないように注意しておかないとな。ルリエの何気ない一言で犠牲者(ロリコン)が出ないためにも。
ルリエには、お姉ちゃんがいるのか。途切れる意識の中、俺はルリエの姉を想像していた。きっと、さぞかし綺麗でエロ美人なお姉さんなんだろうな……。
俺が料理を覚えよう。そう決めた瞬間だった。
そうすれば、ルリエも俺も美味しくご飯を食べることができる。
そして俺はダークマターを完食後、意識を失った。
結局、ルリエが作った料理名がなんだったのかは不明のままだった。
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