第12話 Your mind is mine
「落ち着け。落ち着くんだ!僕らは冷静になろう。いいか?今は、リラックスだ!リラックス。」
黒い長袖により際立つ細長い腕をシンバルをもつお猿のように振り回し、鬼気迫る顔で何度も呼びかける。強雨で濡れることはお構いなしのようだ。
「問題が起きた。困っているチームメイトがいる。助けて欲しい。僕も最善をつくす。だから一度、集合してくれ!」
前方を囲うように臙脂を着込んだ選手たちが集まる。
「前半君たちはよくやった。よく耐えたよ。得点を与えてないんだ!相手もきっと焦ってる。ありがとう。感謝してる。…だから、ここからはその鬱憤を解放しよう。好きな事をやるんだ!いいか!?」
「はい。」
濡れる髪をたくし上げる。
「そのためには、まず絶対的な集中が必要だ。なかなか得点ができなくても失点だけは避けなくてはならない。不安か?確かに竹江は怪我をした。後半からは司馬が入る。でも、自信をもつ必要がある。勇敢さをもってプレーする必要がある。…そして君たちは、それに値するチームだ。それを分かった上で、聞いて欲しい。」
長椅子式の適当なベンチに無造作に置かれた戦術ボードを手にとる。
「後半はいつも通り俺たちがボールをもつ。そこで確認しよう。まずしっかり両SBが高い位置をとれ。センターハーフとサイドバックの間に立つんだ。頼むよ。阿部。尾樽部。」
「はい!」
「あ、はい!」
「オーケィ。そしたら臼井と司馬は左にずれろ。そうすると、右下があくよな。そこに寺笛が降りるんだ。相手はこれに連動できない。つまり三枚の内誰かがフリーになるんだ。そいつがゲームをつくれ。分かったな?」
「はい。」
「先輩。返事!」
寺笛が臼井の顔をいたずらに覗き込む。
「…お前もやろ!」
湿り萎んだ奔放な髪。決まり悪そうな臼井を横目に、戸辺は進行する。
「そして当然だけど、これには中盤のサポートがいる。安藤か津上。お前たちの片方が下がってダブルボランチを組み、もう片方は上がってアンカー脇に入れ!いい?」
「了解です。」
色黒のスポーツ刈りは右隣に顔を向ける。
「あ、はい。オッケーです。」
視線を受けた両サイド刈り上げの帰国子女はそう答える。
「じゃあ、もう一つ確認しよう。この判断には規準がある。その規準とは何だ?」
安藤にアイサイン。
「えーと。あれ。」
津上にも振る。
「厚田です。」
「そう、それ!」
安藤は思わず津上に指をさす。
「…。」
津上と厚田。両サイドから睨まれる。
「…すんません。」
シュンと一言。
「で、安藤。誰を見て自分の動きを決めるんだ?」
助け舟。
「厚田…さんです。」
間一髪。
「その通り。厚田の位置で決めるんだ。右に動いたら津上。左に動いたら安藤が下がれ。忘れるなよ。」
「はい!」
「最後に前線。二椛!伊出!お前たちは相手の両SBと勝負するんだ。入れ替わってもいい。必ず内側:CBとの間の最終ラインを陣どれ。そして試合を決めろ。期待してる。」
「はい!」
揃う柔と剛。
「オーケィ。どうだ?一通り大丈夫か?まぁ、今まで充分やってきた形だ。プレスだけの前半より抵抗感は無いと思う。じゃあ、いよいよ本題。後半の守備だ。」
一拍間をおき、切り替えを促す。
「まず半分までプレスを続行しろ!その合図は選手交代で行う。そしたら4-4-2でブロックをつくるんだ!迷ったらサイドは捨てていい。とにかく中を4バック、3センターと安藤で固めろ。二椛と伊出は前に残れ。いい?」
「はい!」
「オーケィ。じゃあ、後半に向けて備えとけ。それからDFはもう少し。解散。」
土砂降りの中、各々コンディションを整える。談笑したり、飲水したり、ストレッチしたり。そんな様子を軽く眺め、戸辺は残したDF陣と再びセッションを始める。
「相手のトップ下。カウンターとロングボールでうちのSBを狙ってくる。リスクがない上に空中戦でも有利だからだ。…どうだ尾樽部。あのビッグマンに競り合って勝てるイメージはあるか?」
「え、えーと。無理、です。」
「正直でよろしい。でも、その通りだ。一応、跳ばせない方法というものもあるんだが、基本的にはどうしようもない。…どうしようもないんだ。」
珍しく肩を落として話す。
「…。」
上手く意図が汲みとれず困惑する選手たち。しかし、その僅か数秒後にはまたいつもの調子に。
「ひっかかるなよ。確かに一人では無理だ。でも、それが二人になり、三人になり、四人になるなら?」
「…。」
「大丈夫。お前らがこのチームを絶対に負けさせやしないことは知っている。だから、しっかり対策をしよう。ちょっとついてこい。」
戸辺はボールを蹴り上げ、腕に抱えた。
少し前、西洋ベンチー
「顔を上げろ。顔を上げるんだ!試合を掴めてないのは分かってる。でも、それも前半だ。そしてお前たちはまだ一点もとられてない。負けてない。いや。それどころか勝利だって見えてる。そのためのチャンスはまだいくらだってある。落ち着いて修正しよう。少し集まれ。」
募る焦燥に駆られた選手を引き戻そうと庭は集合をかける。
「まず、快!俺たちの最大の強みは何だ?」
「前線からの守備です。」
「そうだ。そう。前半、弓川はそれを逆手にとってきたんだ。どういうことだか分かるか?」
「…。」
テンポよく繋がった後の静寂。ただ一点を見つめて。
「ボール保持を捨てたんだ。俺たちの強みを消すために。…いや、それだけじゃない。それは徹底したリスク回避にも繋がったんだ。よく思い出してくれ。俺たちはプレスをかけていたか?」
左、右と首を動かし、タオルで顔を拭いてからもう一度。
「千!朝!DFのお前たちがボールを持ってることが多かったんじゃないか?」
兄:伴田朝(はんだ あさ) 弟:伴田千(はんだ せん)。県屈指の美形兄弟で、右のSB、右のCBを務めている選手だ。
「はい。」
双子の兄が答える。弟は右に頷いた。
「そう。俺たちは相手の思い通りに動いていただけなんだ。だからここまで追い詰められた。確かに追い詰められたんだ。でも、スコアを見てみろ!0対0。この事実は変わらない。まだ、天は僕らに勝てといっているんだ。…冷静にいこう。後半の戦い方はこうだ。
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