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「――――」


 黒色零子くろいろれいこは、私室に置いてあった研究資料を読みながら、真っ白な廊下を歩く。広々とした正方形の、床も壁も天井も平らで人工的に満ちた白一色の廊下を、黒いヒールで歩く。廊下には彼女以外に誰もおらず、コツコツという靴の音だけが響き渡る。


「……ふむ、順調だな。これならば銃器に関してはほぼ無敵と言ってもいい。やっと第一歩、という所か」


 呟き、手を下ろす。資料を片手に、もう片方は白衣のポケットの中に、黒色零子は前を睨みながら歩く。


 きつく鋭く、鷹の其れに似た眼。何かに気分を害している訳ではない。何かに怨恨を抱いている訳でもない。しかしとあるきっかけから身に付いてしまった、常に威嚇の目つき。

 学生時代も、今も、これのお陰で孤独に生きてきた彼女。けれど例外が一人――だけどそれはまた別の話。


 しばらく歩き続けて、角を曲がり、一つの自動ドアに来て、中に入る。

 部屋の中にいた数人の研究員の挨拶をてきとうに返して、誰とも目を合わさずに歩き、黒色玲子は大型モニターの前に立つ。


「何か変わった事は?」


 彼女の問いに部下は何もありません、と答える。それに対して相づちなど返さない。彼女はもう、モニターに映る一人の可憐な少女の事しか考えていなかった。部下達もそれは認識していた。


「書物の残数に問題は?」


 部下は問題ありません、と答える。


 モニターに映っているのは、白色だけで塗り潰された広い部屋の中。装飾も何もなく、またその必要もない空間。

 広さは縦と横に五十メートル、高さ二十メートル、床に壁に天井は全て白一色。対象を隔離する為の部屋であり、閉じ込め研究する為の牢獄である。


 それだけでも気味悪い雰囲気を孕んでいるのに、中心で山積みにされた書物が特に異彩を放つ。それら全て漫画。全国から集めたありとあらゆる漫画を、天井の中心に設けられた開閉式の扉から放り投げた末に形成された本の山。部屋の体積の半分を占めている。

 何故かと問われれば、中毒と云える程に漫画をこよなく愛する彼女を、この場に繋ぎ止める為の物だった。その他諸々、理由はまだあるのだが、それはまた今度の話。


 その山の端で少女は体育座りをして、膝に片手と頭を置いて、傍らで漫画をペラペラとめくり読んでいた。病衣に包まれ、物静かに読書にふける姿は孤独に感じられる。可憐な一輪の花。

 詩乃の妹である詩雄。黒色零子が管理するシンカだ。


「おい殺人鬼。新しく出来そうなものはあるか?」


 マイクを使って呼びかける。白い部屋に届かせているらしく、少女は応えるように頭を上げた。


 顔の大部分を隠す前髪から覗く、切れ長の目。意志の強さを表すかの如く大きな瞳は、端正な顔立ちを尚際立たせる。美人と称されても何らおかしくもない少女は、


「再生とか出来るかも。ゲテモノモンスターとかやるじゃん、ネチョネチョした感じの。見てたら何かそんな気がしてきた」


 不可解な事をモニター越しに言う。綺麗な花には毒がある、とはよく聞く話。


「……もっと効率のよいものは無いのか?」


「んーー、気に入ってるのはあと吸血鬼系とか。でもあまり面白くない。てかあたし吸血鬼じゃないし」


「ゲテモノモンスターでもないだろう」


「まぁねー。いえてる」


「……そうか。もういい、まあ頑張れ」


 呆れて眉間をさする黒色零子。そこに力が入った彼女の目つきは、小動物の心臓を止めかねない。


「ねぇおばさん。次の戦闘試験はまだなの? 他にも色々と試したいんだけど。てか疼くのよ」


「焦るな。候補はお前が思うほど多くは無いんだ。時期を見て計画しておく」


 ふーん、あっそう。と少女は呟いて、再び漫画へと目を向ける。


 黒色零子も、マイクのスイッチを切った。


「――そうだ。吸血鬼で思い出した。奴の情報は出てきているか?」


 全くありません、と部下は答える。


「……必ず捕まえてやる。吸血鬼も、カイムも……」


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