第13話 異世界食材で親子丼!⑦

ルーナは縄に縛ってキッチン一式を先ほどの店の前にドンと置いた。

 ガスコンロ、炊飯器、冷蔵庫、流し台、電子レンジ等々。現世日本ではお世話になった物ばかりがそこにはあった。

 冷蔵庫に付属されている冷凍庫の中には鶏肉が、冷蔵庫の中には十個入りの卵があるが、今回はそれを使わない。折角異世界にも同じ食材があると分かったんだ。今回はふんだんにそれを使わせてもらおう。

 対して、白米はまだ見つけることがない。最初はそんなに量もいらないということで、俺は米を研いで水につけている。親子丼を作るにあたって、飯がないのは致命傷極まりないからな。


「た、タツヤ様……本気ですか?」


 米を研ぎ終わり、タオルで手を拭いた俺たちを通行人がじろじろと見据える中で俺は「あぁ」と自信を持って答えた。

 看板には、どうやらここの国の言葉で『クラウディア』と書かれているらしい。。先ほど450リルでアリゾール龍の尻尾を焼いた肉を振る舞ってくれた店の名だ。


 そんな風に看板を見つめていると、奥から出てきたのは一人の女性だ。


「お次でお待ちのお客さ……あなた方ですか……」


 先ほどの人間族の看板娘だ。頭と胸に簡易的なエプロンをこしらえたその女性は俺たちを見るや否や、「はぁ」と嫌そうに溜息をついた。


「すみません、お客様。先ほどは私の主人の方が無礼なものを振る舞ってしまって……」


 そう、申し訳程度に謝るその姿にルーナは耳と尻尾を震わせていた。

 そんなルーナに変わって俺はその女性の応対をする。


「いやいや、こちらが何か無礼なことを言ってしまったみたいで……。申し訳なく思っているんですよ」


「そうですね……。主人も龍人族ですから……その、龍王グラントヘルムのことを食べるなどと……」


「というと、龍人族はグラントヘルムを信仰しているですか?」


「信仰している、というよりは……先祖を馬鹿にされたから振る舞ったまでだって言ってましたね」


 そう苦笑いを浮かべる女性は、腰まで伸びた黒の髪をふわりと靡かせた。異世界にも大和撫子みたいな女性はいるんだな。


なるほど……グラントヘルムは龍人族の始祖とも考えられている、ってルーナも言ってたな。

 っていうかルーナ、お前はいつまで怯えてるんだよ……。交渉術において弱気になるってことは相手に一歩譲るってことにもなりかねないんだぜ? まぁ、いいか……。


「それで、悪魔の肉と呼ばれる紅鳥グランバレーと、悪の実アグリを食べさせてしまった、と」


 俺のその言葉に驚いたような表情を浮かべるのは看板娘だ。


「あ、あれを食べただけで紅鳥グランバレーだと分かったんですか? 普段お出ししない食材だというのに……」


 そんな女性の言葉の裏で、ルーナは俺の後ろでぽつり、ぽつりと呟き始める。


「以前……幼い頃に紅鳥グランバレと悪のアグリを何も知らずに龍人族に食べさせられたことがあって……それも、二回」


「……うん」


「死にかけました」


「見事なまでに食中毒だな……」


 何だ、ルーナは生卵を食って当たったこともあるのか……。そりゃ、少しは怖いかもしれない。

 といっても、何も知らずに龍人族に二回も食わされたとか……こいつはどれだけ龍人族に失言をしたというんだ。


「とにかく、俺があなたに伝えたいことはたった二つです」


 俺はそう言って、女性の前で二本の指を立てた。


「一つ、俺をその龍人族のご主人に会わせてください。そして二つ――俺に紅鳥グランバレーと悪のアグリを頂きたい」


「……少しだけ、お待ちください」


 そう言って、女性は店の中に入っていった。ルーナが背後でこれ見よがしに俺の手持ちキッチンを見せびらかせていることで、女性の興味も少々だけ引けたようだ。


 しばらくして出てきた女性店員は、列に並ぶ最後の客を入れた後に『営業中』と書かれた看板を『準備中』に直していく。


「……主人があなた方に会うようです」


 こうして、俺は紅鳥グランバレーと悪のアグリを……いや、鶏肉と鶏卵を持つ龍人族に会うことになった。

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