第5話 涙の即席サンドウィッチ!①
「……ふぅ……ふぅ……はぁ……はぁ……」
顔中を疲労の色濃くして地べたに這いつくばるルーナの姿はまるで潰れた虫のようだった。
黄金色をした獣耳と尻尾はぐったりと萎れている。
「こ、こんな……感じ……うくっ……」
きゅるるるるるるる。
「こう、私の――」
くきゅる……こるるるる……。
「体内エ――」
ぐぎゅるるるるるるるるるるるる。
「た――」
きゅるん……………。
「分かった、お前はもうしゃべらなくていい」
ルーナが何かを話そうとする度に喚き散らす腹の虫に俺は自然と大きな溜息をついてしまっていた。
これじゃ埒が明かん。
俺は草原のど真ん中で突っ伏しているルーナは立ち上がる様子もなく、相も変わらず潰れた虫のようだった。
ちょっと不憫すぎる。
「――ったく」
俺は、ルーナの倒れた姿を一瞥してキッチンに向かった。
全く、さっき食ったつけ麺とつけダレはどこに行ったんだ。お前の胃袋はブラックホールか全てを無に帰すブラックホールか。
心の中で突っ込みを入れつつ、冷蔵庫の下収納に収めてあった食パン八枚入りを取り出した。
まぁ、事情は何であれ話が全く進まないのは面倒なものだからな。
俺は冷蔵庫に入れてあったキャベツを四分の一だけ取り出した。芯の部分を抜き、千切りに。
続いて、千切りしたキャベツをボールの中に放り込み、その上からマヨネーズをかけていく。
マヨネーズ独特の卵と油の馴染みあった甘い香りが瑞々しい千切りキャベツと絡み合う。
もっとキャベツにマヨネーズの味と香りが浸透するようにそのまま放置する間に、俺は八枚入りの食パンの内二枚を取り出した。
ウチのレンジは、オーブンの役割も果たしてくれる。片方に若干のうま味の証拠の一つでもある焦げが着いたら裏返していく。
両面がオーブンの熱によってカリカリとした触り心地を形成していく。
「……あっちちち」
俺は素早く焼けた食パン二枚をまな板の上に置いた。
そのうち、一枚の熱々食パンの上に乗っけるのはとろけるチーズ!
食パンの上に置いた瞬間、チーズ独特の甘ったるい匂いが食パンの香ばしさを包み込んで、まるで香りの爆弾と化して俺の嗅覚を猛攻撃し始める。
そういや、さっきも結局ラーメンほとんど食いそびれてしまったからな。
……何で俺はまた出会ってそれほど時間も経っていない少女の為に二回も飯を食わせなきゃならんのだ。
……って、今はそんなこと言ってる場合じゃなかった!
とろけるチーズが熱々食パンと融合し、パンの熱気によりチーズの形が崩れてきている。
いいとろけ具合だ。更にその上に冷たく丸いベーコンを一枚乗せてみる。それを再び電子レンジのオーブントースト機能で一分だけ焼いていく。
ベーコンとパンの間に、糊役としても働いてくれる便利屋チーズがこれでもかと言うほどに存在感を解き放つ!
ここまで来ればあとは一つだ。先ほど、マヨネーズにたっぷり絡みつかせたキャベツを箸で拾い上げ、ベーコンの上に敷き詰めていく。
パンの絶妙な焦げ、黄金色に艶を放つとろけるチーズ、そして皿としても機能する円型ベーコンの上に乗せられたマヨネーズ付きキャベツ。
「あとは……っと」
もう一枚の食パンを乗せ、包丁で丁寧且つ慎重に食パンを二つに割っていく。
すると、上段からマヨネーズ、そして下段のとろけるチーズが液化し、重力に逆らってパンの皿の上から零れ落ちようとしているところを包丁でさっと持ち上げ、白い皿の上に緊急避難させる。
即席、外はカリカリ次はシャキシャキ中はしっとりサンドウィッチの完成だ。
ネーミングセンスの問題は致し方ないところだろう。
俺が急いでルーナの元に二つに割ったサンドウィッチを持ち運ぼうとした、その時だった。
「……はぁ……はぁ……ま、待って……くだ……さ……」
ルーナの腹の虫は一向に収まる気配を見せていなかった。
本人は空腹のせいでロクに力も入らないはずだ。それなのに、草を掻き毟っても前に進もうと、俺のいるキッチンの方へと向かう様は何とも形容しがたい迫力がある。
それほど飯に飢えているのか、と俺が呆れていたのも束の間――ルーナの口から飛び出したのは、信じられない言葉だった。
「私は……立てますから……もう少ししたら……立てます……」
ルーナは、拳をついて、無理矢理にかっと笑みを浮かべた。
だが、それでも身体は正直だったらしい。獣耳も、尻尾も、明らかに元気はない。
「いや、立たなくていいからとりあえず待っとけって。何? あの魔法そんなに力使うのかよ」
「……へへ、タツヤ様……! こ、こんな……感じで……すが、欠点は、克服……出来たんです……!」
「いや、だからお前の弱点とか今どーでも……?」
その瞳は、俺には向いていないようだった。
ふらふらと立ち上がるその姿に、生気は感じられない。
どこか、遠くを見据えているようなその瞳に俺はサンドウィッチを片手に突っ立っていることしか出来なかった。
「ねぇ……私、自分で、弱点、直せた……んです! だから――だから、おそばに……おそばに、いても、いいですか……?」
「……る、ルーナ……?」
「私は、いらない子じゃ……ないですか?」
人は、腹が減りすぎると幻覚さえも見てしまうと言われている。
それは、ある種の防衛本能にも似たようなものだ。空腹が度を過ぎると、脳からは何らかの興奮物質が出てくる、と聞いたことがある。
それが人に幸せな幻覚を見せる――と。そこにいない誰かに縋って、そこにある食べ物すらも見ることもなく。
「私を……私を、捨てないで……いい子に、いい子にしてますから……。私、弱点、克服……したから……おいてかないで……ください……!」
ルーナの瞳から、一粒の涙が零れた。
まさか、こいつは……俺がルーナを放って勝手にどっか行っちまったとでも思ってるのか……!?
何か、俺の中でプツンと糸が千切れる音がした。
俺は、たまらずに持っていたサンドウィッチをルーナの口に押し込んだ。
「……黙って食え。何でもいいから、とにかく黙って食え」
シャクリ。
ふと、ルーナが咀嚼した。
シャク、シャク……。
「ほれ、汚れてない方。右手で持つ、そして食う。今はそれだけ考えろ」
シャクリ。
シャク、カシュ……。
小さな、小さな咀嚼音が。キャベツの瑞々しい音が、ルーナの喉を通って――。
「美味しいです……美味しいです……!」
ルーナは、ふと涙を流して夢中でそのサンドウィッチを頬張っていた――。
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