三章  魔と向き合える者

表と裏

学園長からギルドへの派遣の話を聞いてから10日ほど経ったある日、ナナシ達はギルドから使いの者が来るという知らせを受けていた。



翌日に馬車で移動してギルドに登録し、早ければその日のうちから依頼を受けても構わないという事だった。


それを聞いたナナシ達はその日の授業を早退し、ギルドへ向かう準備をしていた。


「せっかく学園の寮に越してきたと思ったらもう引っ越しかよ……」

「いいじゃないか別に、ナナシもネザー以外に仲のいい人が学園にいるわけじゃないんだし」

「……なんで当たり前みたいに俺の部屋にいる?あと俺はお前と違ってクラスの連中とも話してる」

「僕は予め準備を終わらせてたからね、やる事がないんだよ。友達って思ってるわけじゃないだろうに」

「……お前はガリアとかリーとは仲良くなれたのかフィーナ?」

「………あの2人さ?フィーナ様がいるのに戦術なんて必要ないでしょう!って言ってそれから話してないんだよね……」


フィーナの友人関係は相変わらずのようだ。

ちなみにナナシは黒魔法とディーンの件で恐れられてはいるものの学業に対して非常に真面目な所と砕けた話し方が受け入れられやすいのか、よくクラスの人間からは話しかけられている。



「そりゃ気の毒に、スズとかいう女はどうなんだ?」

「あの子はエルザに付きっきりだよ、女の子同士、気が合うんだろうね」


ナナシはフィーナと話しながらもテキパキと荷造りを進める。

前にも言ったようにナナシもフィーナといるのが嫌なわけではないのだ。


そしてナナシの方がお互いの関係を分かっている。

フィーナを殺す前にも、いつか必ず別れが来る事を。

そしてその時が来た時、自分ですらフィーナとの別れを惜しむであろう事を。



「にしてもギルドってアレだろ?魔物倒して金貰ったりみたいなのだよな?」

「うん。僕もメアリーもエルザも既に登録してあるし、ギルドに着いたらメアリーに聞くといいよ」

「そうか、そりゃありがてえな。なんかアレだろ?ランクによって受けられる依頼が変わるって」

「そうそう、僕達は全員Aランクだから大体受けられると思うけど最初は低ランクで慣れた方がいいよ」



こうして2人が話しているのを見ているとただの友人にしか見えない。

しかしこの2人が本当に心を許し合う事はきっとないのだろう。



善と悪が重なる事などないのだろう。

いや、裏と表という意味ではある意味重なっているのかもしれない。

だがそれが裏と表である以上、彼らが横に並び立つ事はないのかもしれない。



ーーーーー


そしてその裏表の関係なのはナナシとフィーナだけではない。



「ねえメアリー?」

「はぁい?なんですかエルザさん?」

「貴方も気付いているのよね?ナナシの魔力」

「……えぇ、もちろんです。私はあの黒魔法の件の模擬戦もディーン様との決闘も見てますから」

「貴方は怖くないの?ナナシの邪悪な魔力を傍で見てきたんでしょ?」

「怖くないですよ、ナナシさんは私の大事な恋人ですから。彼が間違った道に行こうとしたなら私がちゃんと止めますから」

「……相変わらず優しいわね、まぁ頑張りなさい」


そう言うと2人は再び荷造りを再開した。


もちろんメアリーのいう間違った道とエルザのいう間違った道は真逆である。

メアリーもまだ悪を受け入れきれてはいないものの、それでも自分の立ち位置を弁えている。


それはナナシの為や神のお告げの為などではない。

なによりも自分の為なのだ。

あの黒魔法に敵対したくないという拒絶。


メアリーにとってはあの魔力だと分かっているにも関わらず、まだナナシと敵対しようとしているフィーナやエルザの方が不思議と思うようになっていた。


そういった意味ではある意味メアリーは悪の道を歩き始めているのだ。

ナナシのような相手を貶める道とは違う悪の道。


恐怖に立ち向かわず、自分を守る為だけの逃げ道。

それが悪の道だと分からないまま、メアリーはその道を歩いていく。


その道は本来ならば仲間を救う為の僧侶が決して選ぶはずのない道だった。


その逃げ道には戻る道など存在しない。

一度その道に逃げてしまったら逃げ続けるしかできない暗く昏い悪の道。



学園に入学してからメアリーの1番近くにいたナナシですら、メアリーが悪の道をしっかりと進んでいる事に気付いていないのだ。


一歩一歩を踏み締める事なく、足元も見ず後ろも振り返らず上を見上げる事もない。

気付くとただ前だけを見て逃げ続ける自分。

これが幸か不幸はわからないが、メアリーはまだ自分の道に気付いていない。



しかしその逃げ道で本当に逃げられているかは誰にも分からない。


その道の先で重なるとある道に立ち向かわなければいけない事もメアリーはまだ分かっていない。

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