【閑話】魔王と勇者と一瞬の悪

その日、ナナシが全力の魔力を解放した時、それに気づいたものがネザーとメアリーの他に2人いた。




そのうち1人は禍々しくも美しい玉座に座り、肩肘を付き、目を閉じ、足を組み、意識を鎮めている。


その者の眼前には跪き、面をさげる幾百もの魔人。

魔として生まれ、魔を従えている。


名を【魔王】

人間の様に個の名を持たず、比類なく、故に魔王。


魔王はふと感じた。

ナナシの仰々しく禍々しい魔力を。

ゆっくりと目を薄く開いたかと思えば、再び開いた目を閉じる。


どこかで誰かが何かをした。

理解したというにはあまりに浅く、探りようもないほどの情報に意識するのが無駄だと察したのだ。


魔王はふぅ、と一息つくと再び意識を深く鎮める。

口元を少し緩め、意識を鎮めながら誰にも聞こえない様に呟く。


「お前も気付いているのだろう、フィーナ・アレクサンド」




ーーーーー


また時同じくしてアルメリア王国。

ここにも気づいたものがもう1人。


フィーナはエルザが屋台で美味しそうな食べ物や綺麗な小物を探しているのを眺めていた。

ナナシとメアリーとネザーが3人でいるのを少し羨んではいたものの、エルザと2人の時間も嫌いではないのだ。


そしてその瞬間は訪れた。

どれだけ離れているか分からないほどの距離から感じた悪の魔力。


フィーナは確かにナナシがいる方角を向き、少し寂しそうな顔をするとその方角に背を向ける。

彼とだけは同じ方向に歩けないのかもしれないと思ってしまう。



しかし、自分が勇者であるという事実がそれを許さない。

もしかしたら彼は助けて欲しいのかもしれない。

彼は自分に正しい道を示してほしいのかもしれない。


常にそんな薄く淡い願いのような気持ちを抱きながらフィーナは1番の親友のそばにいるのだ。


彼が自分に対して悪意を抱いているのは知っていた。

殺意と憎悪を抱いているのも知っていた。


初めて森の中の山賊のアジトで錠に繋がれている彼と目を合わせた時からずっと。


彼にとって山賊は家族で、その家族に愛を注がれ育てられた事も察していた。

だがそれを察した所で全ては遅かった。

山賊達は全員殺した。


彼の家族は自分が殺した。

それを知っていたとしても彼に殺されてやるわけにはいかない。


自分は勇者なのだから。

世界に平和をもたらす為に魔王を倒し、魔人から民を守らねばならないのだから。


だがもし全ての魔人を滅ぼし、魔王を倒した後ならば。

自分は彼に殺されてやる事が出来るのだろうか。


魔王が死んだ後だとしても、これだけの悪意を持つ彼が平和を乱す事も十分にあり得る。

その時、彼を殺す事が自分に出来るのだろうか。


フィーナはもう一度ナナシのいる方角に身体を向ける。

まだ諦めるわけにはいかない。

ナナシが自分を友人だと言っているのが騙す為の嘘だとしても。


その瞳に哀しみと寂しさを宿し、フィーナ・アレクサンドは歩き出す。


ナナシの横を歩いていると信じて、彼もまた誰にも聞こえないように呟く。


「僕に君を殺させないでくれよ、ナナシ」


自分が負けるということなど更々思っていない。

もしその時が来たとしたら負けるのはナナシ、つまり自分がナナシを殺さなければならないという覚悟。


そんな時が来ない事を祈りながら、フィーナはまた買い物を楽しむエルザに視線を戻すのだった。

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