地下牢から始まるチュートリアル
なんだ?
どうなったんだ?
ただの視界ではなく脳に直接流し込まれる映像の圧倒的な没入感に、変な戸惑いを浮かべる。
今までやった、どの没入型VRゲームよりも、見える光景には現実味があった。
ポリゴンが見えたり、オブジェクトの違和感も一切気付けない。
すげぇ。
公式の事前説明では、チュートリアルを含めたイベントの自動生成を採用していた筈なので、細かい事は分からないがチュートリアルが始まる筈だ。
「ここは、檻? 牢屋、だよな? 地下牢か? ん? なんの臭いだ……?」
一人だと思って独り言を言っていると、
「……きみ、いつ、から……そこに? 君も、捕まったの?」
いきなり声を掛けられ、オレは恥ずかしいぐらいに驚いて、声の方に振り向いた。
そこには、全身血まみれ、全裸の、まだ多分若い女が部屋の隅に倒れていた。
血で染まった金髪の長い髪、手枷で自由を奪われ、からだ中に生々しい傷がある。
顔は、殴られたのか腫れていて、どういう顔か判別出来ないぐらい潰れているが、人種は白人っぽく見える。
気がする。
どうやら、酷い拷問を受けた後の様で、手足の骨が酷く折れている様だった。
手枷で不自由な腕で、大きな胸と股間が隠れて見えないが、血まみれ痣だらけとは言え、魅惑的な姿態なのは事実だった。
毛穴や汗の一滴一滴まで事細かく見えそうな、あまりのリアルさに、オレは一瞬だが邪な思いに駆られるのを感じた。
これで顔さえ美人ならな、と冷静に残念に思った。
「FRW」は、年齢制限の設定が充実していて、血や欠損描写、性的な描写等のOFF機能がある。
例えば、他のゲームなら血を青くしたり、出なくすると言ったやつだ。
しかし、日本版では「おま国(お前の国オンリー)仕様」で、全ての過激な設定がOFF固定され、設定画面でもいじれず、一部過激なイベントは強制ロックされ、サーバーも独立していて、フラグを立てる事も出来ない。
なので、そういったイベント関連のアイテムは、オンラインゲームにもかかわらず、日本では入手が難しくなる。
だからオレは、わざわざ海外版をDLしてまで、過激表現を機能開放してのプレイをしていた。
改造データも海外版にしか対応していなくて、そういう意味でもちょうどよかった。
と言うか、言語の日本語化が海外版でも出来るのに日本版で始める奴の気が知れない。
そういう意味で、オープニングから制限無しのイベントを体感出来ている事に、オレは小さな優越感を感じていた。
これが日本版なら、血も傷跡も乳首や性器を連想させる表現も一切無い、もっと地味なイベントか、そもそも長閑なフィールドから始まっただろう。
オレのプレイスタイル次第では、このNPCの血まみれの女を、この場でいきなり殺す事や、何の脈絡もなく胸を揉むぐらい、やろうと思えば出来る筈だ。
このゲームは、自由度の高さが売りの一つである。
しかし、このゲームは、あくまでもオンラインゲームである。
NPCは、イベントを持つ重要キャラを含めて自動生成されており、オレの行動は常に周囲のNPCによって判断され、NPC同士が交流までする。
なので、オレの褒められた物ではない行動を完全な口封じをするには、NPC相手の場合は人知れず殺すと言う選択肢が用意されている。
これは、そう言う自由度があるゲームだ。
しかし、NPCが死ねば永遠に失われ、プレイヤーと違って二度とリスポーンしない。
同時に、そんな仕様である事によってバランスを取るために、ゲーム内の自由度とは対照的に、ゲームのプレイルールとして厳しい縛りがある。
端末毎に個人情報と紐づけたアカウントを保存される為、そういうプレイをすると、以降はアカウントのオレのアバターはアンモラルなプレイヤーとしてプレイする事を余儀なくされる事も、十分に予想できる。
さっき少し遊んだゲームみたいに適当な事をすると、オレはこのゲーム世界で以後は犯罪者としてプレイするか、もう一台パソコンを買って、絶対にこのゲームをやらない親の個人情報を拝借しての再スタートの必要に迫られる事になる。
まあ、そういう2アカウントを利用したプレイに興味が全く無いわけではない。
利用規約違反ではあるが、チートを行っている時点でオレには関係ない話だ。
だが、最初はゲームを理解する為にも無難なプレイをしようと決めていた訳で、オレは平凡なロールプレイを試みる事にした。
「だ、大丈夫か? あんたは?」
「わたし? シヴィ……きみは、だれ?」
「オレは、え~っと、ハル。ハルだ。ええ~っと……」
オレは、今回の様に比較的真面目にプレイをする際、プレイヤーネームを【ハル】にしていた。
この名前は、師匠を含めた外国人には受けが良く、某映画に出てくるAIみたいでイケていると言われ、自分でも割と気に入っている。
しかし、今って、どういう設定だ?
同じ檻の仲間とかじゃないのか?
「悪い、わかんないけど、ここは、どこなんだ? あ、待って、いいや、それより……」
どうでもいいNPC相手に会話を合わせるのもダルイ。
怖いぐらいにリアルだなと思いながらも、オレは自分の所持品を調べた。
チート生活をするに当たって、一番大事な事だ。
質素な初期装備のズボン、そのポケットに手を入れると、銀貨1枚と液体入りの小瓶が3つ入っていた。
これは、初期のキャラクター設定を、支援職適性(商人や鍛冶屋に適性がある)にする事で得られる初期固定の所持品だ。
戦士職ならナイフで、魔法職にすると魔法の巻物と、選んだ職業によって他にも様々な基本アイテムがそれぞれ手に入る。
出身設定やステータスも、職適性を反映して自動生成された筈だ。
この回復アイテム「傷薬×3個」だが、オレのは、ただの傷薬ではなくチートで操作して「エリクシール×3個」に変えていた。
だが、見た目にはアイテムの名前が表示されたりせず、本当にエリクシールになっているのかは、分からない。
ちなみに、所持金の方は変更していない。
掲示板で共有されていた解析データによると、このエリクシールと言う回復アイテムが、大量に手に入れる事が出来る消耗品系のアイテムの中で、最も換金率が高く、小さく、重量も軽かった為、チート生活の中心素材として最適だとオレは判断していた。
オレのチート生活プランでは、このエリクシールをチュートリアル終了後に、チートによって無限増殖する事で金に、回復に、困らないと言うプレイを目論んでいた。
いつでも1個はエリクシールがあり、それが事実上無制限に増やせる状況を維持すれば、他の人から見ると普通のプレイヤーに見えると言う訳だ。
エリクシール自体は一般的な消耗品アイテムなので、どのレベルであっても他のキャラクターに譲渡する事が出来る為、オレが持っていても貰ったと言う事にしておけば、状況的にはあり得る範囲だ。
どうやら、師匠のチートデータは、しっかりと反映されている様でオレは安心した。
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アイテムを確認し、オレの意識はチュートリアルに戻る。
チュートリアルでエリクシールを持っている事は、ゲームシステム側からすると間違いなく想定外なので、恐らく本来は、血まみれのNPCに「なけなしの傷薬を与えるか、見捨てるか」みたいなイベントなのだろうとオレは考えた。
傷薬より相当高価とは言え、後で無限増殖が出来るのでエリクシールを使う事は、そんなに難しい事ではない様に思える。
だが、アイテム増殖可能なポイントに到達前に、もしも、使わないと死ぬ様な目に遭ったら?
死亡すると、所持しているアイテムは、一部の貴重品を除いて全ロスするのが、このゲームの仕様だ。
死ねば、アイテムはその場に放置される。
放置されたアイテムを回収出来れば良いが、それが難しい理由がある。
そうなると、自分で使う分は、一つは取っておきたい。
もう一つ、最速でアイテム収納出来る高レベルアイテムを手に入れるには、金が要る。
そうなると、1つのエリクシールは、売る分としても残したい。
そう考えると、増殖のベース、換金用、保険用と3個のエリクシールは、このまま残しておく事がチートプレイでは最適に思えた。
それならば、次に考えるのは、選択のデメリットだ。
目の前の、死にかけのNPCを放置した所で、ステータスで言う「道徳心」やら「カルマ」みたいな隠しステータスが下がるぐらいで、そんなに害は無いだろう。
下がったステータスは、後で善行を積んで許して貰えばいい。
ゲームによっては、教会に寄付をしたり、監獄に入ればリセットされる物もある。
そこまで考え、オレは「悪いな」とNPCの女を見て思った。
今は、無駄遣いが出来ない。
タイミングが悪かった。
本当に残念だ。
その時だった。
「……もしも、生きて、ここを、出られたら……どうか、これを……」
女は、そう言うとオレに髪の毛の束を手渡してきた。
気色悪い。
「うえ、え、なにこれ? 素材?」
「素材? 先に、捕まってた、人に、頼まれたの……それを、どこでも、良いから、木の根元に、植えてあげて……お願い……」
クエスト、と言う事かと思った。
恐らく、外に墓を作ってやれと言う事だ。
「わ、わかった……けど、あんたは良いのか?」
「私?」
「ああ」
先に死んだ誰かの遺言を託すぐらいなら、今にも死にそうな自分の事もお願いしても良いはずに思えた。
それでクエストの報酬が増えたり、カルマが上がればラッキーである。
「一つだけ、お願いして良い?」
オレは、自分のゲーマーとしての勘に鼻が高くなった。
エリクシールを残しつつ、徳も積める選択をしたのだ。
幸先良いのではないか?
「なんだ? なんでも言ってくれ」
しかし、そこでオレは、思わず素になってしまった。
「名前を、呼んで……」
恐らく、もう永くない。
死ぬ直前の人の名を、声を出して呼ばされる事に、オレは良く分からない緊張を感じた。
ゲームとは言え、その行為には、意味がある気がした。
「シ……シヴィ……(だっけ?)これで良いのか?」
「うん……」
なんなんだ?
何の意味がある?
「ありがと……」
オレは、シヴィの潰れた顔から緊張が解れ、ほんの、本当に少しだけ安らいだ事に気付いた。
死の直前に、同じ境遇の人間に頼まれた仕事を引継げた。
責任から解放され、見ず知らずのオレに名前で呼んで貰い、無意味で儚い事だとしても託す側になれて、彼女は安堵したのだろう。
そして、名前を呼ばれた事で、彼女の、シヴィの最期を知っている人間が、この世界に残る事になった。
オレは、シヴィに託されたのだ。
こんなに、控えめな方法で。
「はぁ……」
くそ。
これが、ゲームデザインの妙か?
嘘だろ? と思った。
「殺して」と頼まれると、どこかでオレは予想していた。
苦しみから解放して欲しいと。
だが、彼女は、苦しみから救われる事よりも、別の何かを優先した。
オレは、たったこれだけのやり取りで、シヴィと言うNPCが死んで、このゲームからいなくなる事が、途端に惜しくなり始めていた。
シヴィが、本当は、どんな奴かなんて知らない。
それでも、自身の最期に、こんな選択をする奴がオレの選択で死ぬ事実は、きつ過ぎる。
なまじ助けられるだけに、オレの選択は明確な見殺しに思えてきた。
どうする?
オレは、どうすれば……
「はぁ……すぅ…………シヴィ」
「……」
シヴィは腫れた瞼の下の瞳の光で、聞いていると答えた。
「……これ、飲めるか?」
仕方がない。
今回はチートよりも、このゲーム本来の遊び方を優先せざるを得ない。
何もしない後悔より、やって後悔する事を選ぶ事にし、エリクシールを一瓶、ゆっくりとシヴィに飲ませた。
少しだけ触れたシヴィの身体は、大量失血のせいで冷え切っており、驚くぐらい冷たい。
血の鉄臭さで、少し酔いそうに感じた。
「うぐっ、な……な、に、これ? なに、を、飲ませたの? それより、早く……きみは、逃げ、ないと……」
シヴィの視線が檻の外に向かうと、絶望の色に染まるのが分かった。
視線の先をオレも目で追い、その原因は、すぐに目に留まる事となる。
そこには、天井に届きそうな大きさの背を持つ、巨大なオーク(らしい獣人)の大男が、気が付けば3人も立っていた。
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