リバーシサイドストーリー

会草李苑

スカイパニッシャー

天罰執行 序

何かが産まれる時は、ふたつ産まれる。

海が産まれた時に、地が産まれたように。


何かが産まれる時は、ふたつ産まれる。

裏が産まれた時に、表が産まれたように。


何かが産まれる時は、ふたつ産まれる。

有機物が生まれた時に、無機物が生まれたように。


—―そしてまた、ふたつ産まれる。




“Person of all be a small fish washed up on the beach. So, Worship The Black Sea. ”




どんなものにも表と裏がある。

この綺麗に作られた箱の内側は、機械の内臓が詰まっている。

人も機械も変わらない、壁を壊せば中身が溢れ出る。

だがこのガラスの中身は他とは違う。

ガラスの内側に閉じ込められた黒い金属。何者にも壊せない人の形をした最強の皮。

すべての準備はまだ整ってはいない。だが私はこの皮を被らなければならない。自分ではない、別の何かになるために。

だから私はこの斧を振り下ろす。これは最早防災用具ではない。戦いの火蓋を切って落とす戦斧である。

スカイパニッシャーとハリウッドデビル。両者の戦いの火蓋を。

人間風情が、神に変わって罪と罰を図ることなど出来ない。

私は罰を与えるのではない、私は罪を償わせるのではない、これはただの私怨である。

だがしかし、カッコつけるくらいはいいだろう?

俺が正しい。俺こそ正義。だから貴様は間違っている。イコール、つまり、俺様は、


—―偽りの正義に、鉄槌を下す。




基本的に白一色の機材の数々。光る色はたいてい青か緑。まさしくここはTHE研究所の一言で表せる。しかしその時だけ違った。一瞬にしてすべては赤く染まり、人々の話声と機械が奏でる数々の音は、アラームにかき消される。

理由が分からずとも、とりあえず非常口へと走る白衣と作業着のコントラストが赤いライトに照らされる中、その黒は現れた。

黒い金属に身を包んだ、ひとりのオニ。

警備兵が壁となり、暴徒鎮圧用のゴム弾、捕縛用の弾、電気ショック弾、ありとあらゆる弾を打ち込む。

そんな弾のとっかえひっかえの光景を見た黒きオニの感想はひとつ。

「俺が暴徒に見えるってか? ずいぶんとお優しい人材をそろえた警備会社と契約してるんだな。社長さん?」

そのオニの黒い皮は無傷。洗車したてのスポーツカー並みに汚れすらない。

人類の牙と爪にひるまず、傷つかず、その行進は止まらない。

「その通り、彼は暴徒ではない。それと君たちはいい加減撃つのをやめたまえ。私の作品に傷がつくと思われているのは、少し傷つく。私のハートがね」

(笑い)がついてしまうほど無力と化した警備兵の壁の背後から、そのセリフの主の男は現れた。そして警備兵ウォールの前に立つ。

「社長!危険です!下がってください!」

警備兵たちが社長を下がらせようとしたが、それを社長は片手を振るだけで制する。上下関係ここにあり。

「危険なのは暴徒の場合だ。彼が着ているのは私がスカイパニッシャーのために作り上げたサポートスーツ。TYPE・土蜘蛛:TSUCHIGUMO。それを着ている時点で彼は」

黒いシャツと黒いズボン、それを彩る赤ネクタイを緩め、眼前の黒いオニを逆手で指さす。

「—―彼は、スカイパニッシャーだ。中身が誰であろうとね」

社長の言葉に、スカイパニッシャーは仮面の下で笑みを浮かべた。見えない笑顔。そもそもその笑顔は喜怒哀楽由来ではない。その笑顔に意味などない。

「フッフッフッ。社長。そんなこと言ってよぉ。ホントはわかってんだろ?このスカイパニッシャーの内臓が誰なのかを、よぉ?いますぐ腹ワタかっさばいて、ぶちまけたっていいんだぜ?俺はもう、気にしねぇよ。そんなことは、もうちいせぇ。木っ端だ木っ端」

それの返事で社長は笑みを浮かべる。不敵な笑みを。喜怒哀楽由来ではない笑顔には、喜怒哀楽由来ではない笑顔を。

「それを言うのは野暮。なんだろ?君の世界観では。私だって、空気を読むことくらい学習済みだ」

社長からの意外な返答を聞いたスカイパニッシャーは思わず笑った。それは不意打ち。人間を捨てたハズの者から零れた、本物の喜怒哀楽。

「ハッハッハッ!ああそうだな!野暮だ野暮!わかってきたじゃねぇか社長さん。いっちょハリウッドに行って一本映画でも撮るか?タイトルはそう」

スカイパニッシャーは天を指さす。その指に従い、スカイパニッシャーの背中がうごめく。現れたのは六本の腕。土蜘蛛の名を象徴せし、六本アーム。手足全部足すと10本。クモは八本。だがこの土蜘蛛は10本。足の数が正しいか間違っているかは問題ではない。問題なのは、性能である。

そしてその脅威を知らしめるために、六本の腕から放たれた弾丸が、天を穿ち、風穴を開ける。六本の腕はとても賢く、降り注ぐ瓦礫を勝手に弾いて後ろに投げる。

「スカイパニッシャー、シャバに出る。……んーイマイチ。ネーミングセンスあるやつに頼んどいてくれ。ホラー映画の監督には頼むなよ?にしてもどっちが悪だがわかんねぇな?社長さん。俺を黙って見逃しちまうなんてよ」

その言葉に、小首をかしげる。

「はて?君はこれから正義をなすのだろう?だったら君以外のすべては悪だ。この私も。スカイパニッシャーとは、そういうものだ」

「……ああそうだ。そうだったな!スカイパニッシャー!おてんとうさまに変わって偽りの正義に鉄槌を下す正義のヒーロー!悪を倒してなんぼだぜ!」

六本の腕は周りにある物を器用に足場にし、体を持ち上げ、穿たれた風穴からシャバを目指す。昇っていくその姿はまさに、天に選ばれしもの。両手を掲げ、ポーズをキメろ。

「この世のすべては悪!正義とは!悪が吹聴せし偽りの姿!正義とは!悪が自身を正当化するために生み出した偽物だぁ!」

天から差す見えない光に拳を突き上げ、見えない天を見据える。これからなすことを、これからなさねばならぬことを、必ずやり遂げると、いま見ているこの光に誓う。

「—―だからこそ、そこに真の正義が生まれる」




「さて、緘口令かんこうれいを敷かねばな。あれが我が社製だと知られれば、株価が落ちる。我が社はピンチだ。信用以前にクリーンでなければ、客が寄り付かない」

お気に入りの黒シャツにかかった土ぼこりを払いながら、社長は社員に指示を出し、自分の会社お手製の高性能ロボット掃除機で瓦礫をかたずけ、天井を補修し、ここにあったすべての痕跡をもみ消す。それが社長のお仕事。天宝院続曹テンポウイン ゾクソウのなすべきこと。

「だったら最初から、あんなブツ作らなくてもよかっただろ。スカイパニッシャーと呼ばれる存在は、いつの時代も人間を超越した存在だからな。自分の肌よりもろい、重たいだけの鎧なんざ邪魔だ邪魔。相も変わらずより良い未来を見据えてるのか?シャッチョサンは。それとも本当に人類総出で倒すべき巨悪は、アンタなのかい?」

慌ただしく動き回る社員と機械の間を縫いながら、甚平に下駄、まさにTHE和服に身を包んだ男が続曹の隣に立ち並ぶ。

「私が“悪意の伝導者”だったならば、どれだけ手間がかからないことか。私を倒せばハッピーエンドの大団円だ。いや、そうは問屋が卸さないと付け加えておこう。なにせ私は、倒しても倒さなくてもどっちでもいい悪だからな」

「だよね~」

超ガッカリと、超ガッカリしないでほしいの意を込めて、二人は肩をすくめる。

「んで、どうするよ。あの赤腕せきわんのボウズにでもやらせるか?まだリハビリと慣れと、俺のシゴキが終わってないけどな」

「いや彼には……別の、そうバイトでも頼もうか。もちろん我が社のバイトは最低賃金に遠く及ばず、平均最高賃金をゆうに越していると自負している。彼の仕事の出来に問わずね」

「会社が潤ってるのはいいことで。じゃあなおさら誰を使わせる? このままアイツを野放しってことはないだろ。あのお掃除ロボにでもやらせるか」

何もない後ろを指さし、たまたまそこでお仕事に成就していた円形のロボットは、アームを伸ばし、力こぶを出すかのような動きをする。頼もしい。掃除しろ。

「いや」

天宝院続曹は天を見上げる。そこに空いていた風穴は、正義の象徴は、我が社の最新鋭のロボットの匠の技前によって、すでに閉じかかっていた。

十人十色。

ひとりひとりに正義がある。十人いれば十通りの正義があり、ケンカが始まり、殺し合いに発展する。だがそれは、力が拮抗したらの話。

上下関係に正義はない。上に立つものこそ正義。パワーイズジャスティス。

だからこそ、上でもない、下でもない、同等の正義が必要だ。

「もっと適任がいる」

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