髪を梳く、そして猫になる
いときね そろ(旧:まつか松果)
1.くせっ毛のラプンツェル
「ひぃな、私立行くの?」
柔らかいくせっ毛を梳いていると、「ぬーん」とだけ答えが返る。
「公立?」
「なぁん」
「猫かよ」
「うん、進路:猫。それでいこう」
バカかよ。頭をはたいてやる。
お昼休み、音楽教棟へ続く外階段。ここははいい日陰だ。
クーラーつけても三十度の教室より、ここで風に吹かれてるほうが気分いいに決まってる。話す内容なんてどうだっていい、
「てかここ、すごい癖ついてる。ゆうべお風呂から上がってよく乾かさずに寝たん?」
陽以菜の耳のうしろあたり、くしゅくしゅになった髪のひと房がある。これはスタイリング剤かなんかつけないと、櫛コームくらいじゃどうしようもない。まだ短いけど、無理にでも結んじゃうか。
「わざとだもーん」
「嘘つけぃ」
「ほんと。
「ムリ。私の直毛でそれやっても、昼にはもとに戻っちゃう」
キミのふわふわくせっ毛とは違うのだよ、と呟きながら、ポケットから予備のヘアゴムを出す。なんとか無理くり襟足を一つ結びにしたけど、雀のしっぽだなこりゃ。
でも入学式にベリーショートだったことを思うと、よく伸びたほうかなあ。
小学生の頃、陽以菜の髪は背中まであったんだって。同じクラスだった子が話してくれたことがある。いつもおさげに編んでたって。
ある日の放課後、誰が一番髪が長いか比べっこしようってことになって、陽以菜もほどいてみせたって。女子あるある。
でも、たまたま教室に入ってきた男子がいて。
「うわ、陽以菜キモっ、落ち武者かよっ」て。
当然、そこにいた女子全員で猛反撃した。アホ男子は逃げながら
「落ーち武者、落ーち武者」
ってしつこくからかった。
そのあと、教室でどういうやりとりがあったかは知らない。
でも翌日、陽以菜は長いおさげをばっさり切って登校した。
陽以菜は、呆れたお母さんからも周りからもいっぱい言われたって。
「たったそれだけのことで?」
「男子はそういうもの」
「もしかして陽以菜に気があったんじゃない?」
だから?
だから何?
自分の部屋で、家庭科の裁縫箱にあったでっかい鋏で、自分ひとりで髪を切った時の陽以菜がどんな顔してたか、私は想像する。
そして二度と髪は伸ばさないって周りに宣言して、それからはずっとベリーショートで過ごした間、どんな笑い方してたか、何度も考えてみる。
――なんてね。私は違う小学校だったから、詳しくは知らないんだ。
知らないから、本人には聞かない。聞きたいとも思わない。
陽以菜は、中学の入学式で最初に見た時から可愛いと思ってた。
このコのふわふわしたくせっ毛は、伸ばしたらきっと素敵になるんだって、勝手に思った。
だから誉めた。
もうね、ホメホメの誉め。
くしゃっ毛も、丸いおでこも、かわいい可愛い言い続けた。
さすがにキメぇよ! とか笑われたりしたけど、その変顔もついでに誉めた。いいじゃん、可愛いのは本当なんだから。
柔らかくて細くて癖もつきやすい陽以菜の髪は、指に巻き付けただけでカールしてしまうから、梳きながらつい遊んじゃう。
くるくる。くるくる。
小学校で三つ編みおさげにしてた頃は、ほどいたらきっと綺麗にウェーブがかかってたに違いないんだ。落ち武者なもんか。アホ男子め。
髪、伸ばそうね陽以菜。
誰にも文句つけられないほど、うんとうんとうーんと伸ばしたらいいよ。ラプンツェルみたいに。
「終わらなきゃいいのに」
とーとつに陽以菜が言う。
「なんて?」
「この、ゆるいー感じ」
「ああ。午後の授業だりぃもんね」
「それもだけど、咲来に髪を梳いてもらうの好き。眠くなっちゃう」
こんなこと言うんだ。私、ちょっと固まっちゃった。このコはもうー。もう!
またとーとつに、陽以菜がクルっと振り向いて、猫みたいに下から見上げた。
「咲来もうしろ向いてみ? 編み直したげる」
茶色い瞳が近い近い。キャラメルシロップみたいな色してる。
「う、うん。まあ頼むわ」
私はドキドキしてることを悟られないように、渋々みたいにうしろ向いて、なるべくそっけない感じで、自分の髪ヘアゴムをスポンと外した。
階段の隙間から、プランターの赤い花が見える。
ここに吹く風は、アスターの薫りを含んでる、気がする。
陽以菜の手、やさしい。
ほんとに終わらなきゃいいのに、ね。
(2話に続きます)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます