第555話 変身

 時は少し戻る。


 明日から冒険者ギルドへ聞き込みに行くと決めた稜真達は、宿で作戦会議をしていた。


 稜真はAランク冒険者装備を身につけてノワールになる。アリアも認識阻害ブレスレットを付けて同行する。

 問題は従魔だ。


 大分人慣れして来たちょこだが、そのものズバリな冒険者達が揃っているギルドに入るのは荷が重いのではなかろうか。稜真があやせば別だが、イメージ的にノワールには出来ない。


「私がちょこを抱いて行きますわ。私だって、お兄ちゃんのお下がりの装備を持っていますもの」

 そう言うと瑠璃は、レースや石の飾り付きのカチューシャを頭に付けた。


「……お下がりじゃない」と稜真がつぶやくが、当然無視される。


 稜真がちょこを抱く時に使うスリングなら隠れていられるが、Aランク冒険者装備ではどうしても違和感が出てしまう。ここは瑠璃に預けるが最適だろう。稜真は瑠璃にスリングを渡して付けてやる。


「ちょこ。ギルドでは、私と一緒にいましょうね」

「キュキュイ!」

 ちょこは稜真の肩から、瑠璃の胸に飛んでスリングに潜り込んだ。そして頭を出すと、大丈夫!とばかりに「キュイ!」っと鳴いて右手を挙げた。


 ももはいつもの場所に入っていれば問題ない。


「そらも私と一緒にいましょう?」

『そらは、あるじといるのー』


 知らない場所に行くのだから、自分も稜真のボディガードをやるつもりでいるのだ。


「う~ん、稜真が心を許した人は結構多いから、この辺りに来てないとは言い切れないし〜」


 認識阻害効果は、稜真が心を許している者には効果がない。それは持ち物や従魔も同じだ。もしも稜真が心を許していた人に会っても、ノワールの演技をしていれば見破られない。だが、そらがいれば別だ。学園ではそらが稜真の従魔だと広く知られているのである。


「そんなに心を許していないと思うけどなぁ」

「え?」とアリアが真顔になる。

「えって…」

「クラスメイトとロジャー先生、アルフレッド先生にフェリクス先生は私もだけど、稜真は他にもいるでしょ? 魔獣科の先輩とか、フリオ先生とか、ジヴェルダン先生とか、食堂の職員さん達とか、養護の先生とか、フォーテスキュー侯爵家の使用人さん達とか。他にも心当たりない~?」

「……」


 料理関係で話をした人や、市場などで食材を買う時に親しくなった人、冒険者ギルドでも稜真として話す冒険者が何人かいる。アリアに言われて思い返してみると、気を許してしまった気がした。

 平和な国で暮らし、仲の良い友人も多かった稜真にとっては、心を許さず常に気を張っている方が難しいのだ。


 冒険者や市場で仲良くなった人などは、依頼や仕入れ等で出かける事もあるだろう。ここで出くわさないとは言い切れない。とは言え、張り切っているそらに駄目だとも言いづらい。


「となると~」

 にへら、っとアリアが笑った。




 ベッドやテーブルの上に所狭しと並べられたのは、稜真が封印していた認識阻害装備のあれこれである。


「おお~、並べると壮観~」


 蜘蛛をモチーフにしたアメリカンヒーローの全身スーツ、各種変身ヒーローの全身スーツ。変身ベルトやブレスレット。マントやモノクル、シルクハット、仮面、魔女っ子ヒロイン衣装に小物。

 貰った時に入っていたカチューシャを瑠璃が使えるのだから、そらが付けられる物があれば効果があるのでは?とアリアは考えたのだ。


 そらが心を許している人間は限られるから、付けられる物があれば効果に問題ないだろう。


 1度全部出した稜真は、不満そうにするアリアをよそ目に、そらが付けられそうにない物は早々に片付けた。例え付けられるサイズでも、明らかにこちらの世界に存在しない物は駄目だろう。

 残ったのは、魔女っ子グッズだけだった。


 リボン、ブローチ、ポーチなど、小さくて軽い物ならそらでも付けられそうだ。アリアは金色のブローチを手に取って、そらが首に付けているリボンに付けた。これなら違和感もないし、そらの邪魔にもならないだろう。


「うん、ぴったりだね!」

「似合っていますわ」

 アリアと瑠璃が褒める。

『あるじー。そら、にあう?』

「ああ。似合っているよ」


「そ~ら。シャインクリスタルラブリーチェンジ!って、言ってみて?」

『しゃいん…くりすたーる。らぶりー、ちぇんじー?』


 シャインクリスタルラブリーチェンジ。それは仲間内でもひときわ幼い、金色のブローチの持ち主である魔女っ子が変身する時に言う言葉である。


 キラキラした光のリボンがそらを包んだかと思うと、現われたのは全身がひよこ色に変わったそらだ。色が変わっただけでなく、羽毛が伸びてふんわりとカールしている。ラブリーチェンジの言葉通り、きゅるんと可愛らしく変身していた。


「………は?」

 言葉をなくした稜真とは反対に、アリアは浮かれている。

「おお~ まさか変身出来るなんて、さっすが女神様!! よおっし! 私もやってみよ」


 他のグッズを手にしたアリアが、ノリノリで変身を試すが出来なかった。アリアに無理矢理やらされた瑠璃も駄目だった。恥ずかしさの余りに赤面した瑠璃が、ポカポカとアリアを叩く。

 アリア姿になったももが変身ポーズをしてから魔女っ子衣装に変わったが、そもそもももはグッズを身につけていない。


 そらの変身は、明らかにルクレーシアか遊戯の神の仕業だ。


(──ひよこ色で良かった)


 もし、黒ずくめのノワールの肩にピンク色に変身したそらがいたら、きっと悪目立ちしただろう。黒にひよこ色も目立つが、稜真的にはピンクよりはましなのだ。

「そ~っと」と口にしながら、稜真の手に変身グッズを握らせようとする阿呆なお嬢様に拳骨を入れながら、稜真はため息をついた。



 そして翌日。変身したそらを連れ、Aランク冒険者装備を身につけた稜真は冒険者ギルドにやって来た。

 昼を回り、ギルドが忙しくない時間を見計らっている。


 ちょこを抱いた瑠璃は、人目に付かないようにひっそり稜真の近くにいる。稜真は壁にもたれ、考え深げにたたずんでいた。「話を聞くのは私がやるから、稜真はその辺でにらみをきかせてて~」とアリアに言われたからだ。

 かかし扱いには不満だが、無口設定のノワールが話を聞くよりも、アリアが聞いた方がいいだろう。そのアリアは、効果アップした金のブレスレットではなく、最初に貰ったパステルカラーのブレスレットをしている。稜真と違って、アリアが気を許した人はこの辺りにいないから。もう1つの訳は、こちらの方がアリアの好みだからだ。


 稜真のただ者ならぬ雰囲気に、近づいてくる者はいない。ちらちらと視線を投げられるばかりである。稜真に注意が行っているので、アリアは気楽に受付へ向かった。




(……長いな)


 アリアが受付に行ってから時間が経っている。グレゴリーの目撃情報があったのか、受付嬢と話し込んでいるのだ。


『お兄ちゃん。私が様子を見に行きましょうか?』

『頼めるかな? どうにも侯爵の話を聞いているように見えないから…っと、遅かったか』

 念話で相談していたら、アリアが戻って来た。微妙に目が泳いでいるのが怪しい。


「あのね…目撃情報はなかったんだけど…そのぉ」

 アリアは稜真と目を合わせようとしない。そこへ、アリアと話していた受付嬢がやって来た。


「失礼します。Aランク冒険者であるノワール様に、是非とも引き受けていただきたい依頼がありまして。別室に来ていただいてもよろしいでしょうか?」


「…どういう事だ」

「それはね、その~」


 アリアはしどろもどろになって説明した。


 ノワールの噂は王都にとどまっている。

 それは大々的に依頼を受けていないからでもあり、ノーマンとネヴィルの存在が目立っているからでもあった。

 アリアが冒険者登録をしているとクラスメイトに知られたので、2人で依頼を受ける時にわざわざノワールにならなくても良くなった。だから稜真がノワールになる事はめっきり減っていたのである。ところが、アリアと話していた受付嬢はノワールを知っていた。



 ノワールの正体を探ろうとしてしつこく話しかけてくる男に苛立ち、「黙れ」と冷たく一喝した事があった。

 その時その場に、ギルドのお使いで王都ギルドに来た彼女がいたのだ。

 自分に言われてないのに声の余波を食らった受付嬢は腰砕けになり、ついでにノワールのファンと化したのだった。


 ノワールであろうと、心を許さない者には認識阻害効果が働く筈だが、その辺りの効果は何故か薄れている。この時も話しかけて来た知らない冒険者は「ノワールさん」と呼んだのだ。──どう考えても、神のちょっかいが働いている。

 ちなみに稜真のギルドカードは、名前を『リョウマ』と『ノワール』で切り替え表示出来るようになっていた。


「つまり稜真ファンの同志だもん。それでね。高ランク冒険者がいなくて困ってるって言われたから…」

「依頼の内容は?」

「まだ聞いてないです…」

「内容も聞かないで引き受けたのか?」

「話を聞くだけで、受けるかどうかはノワールが決めるって言ってあります!」


 困っている内容を聞いてしまったら、断れる気がしない稜真である。だが、この状況で話も聞かずに立ち去れる訳もない。

 とりあえず話を聞かねば、と受付嬢を探すと、2階へ上がる階段口でこちらを見て待っていた。


「アリアさん、ノワール様、こちらです」

 受付嬢が手招きをした。


 ぎりり、と歯噛みをした稜真がアリアの頭に手を乗せた。


「……あの人は…どうしてアリアの名前を認識している?」

「つ、ついうっかり意気投合しました!」

 アリアはビシッと敬礼した。


 指に力を入れてお仕置きしたいと思っても、ここで悪目立ちしたくない。今夜たっぷりとお仕置きしてくれる、と稜真は心に刻むのだった。



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